ふたりでいられる時間


「うん…思い出せる…思い出した!ヒストリアクロスのことも、大人のホープのことも、うん…ちゃんとわかるよ!」





そう言って、彼女は僕に笑い掛けた。

元の世界の、大人の記憶を失っていた僕たち。
ダークイミテーションの有する輝きを手にすることで、その記憶は蘇る。

ナマエさんのダークイミテーションは、ナマエさんにそれを手渡した。

そして、彼女は取り戻す。

先に記憶を取り戻した僕と同じ時間。
時代を超え、パラドクスを解く旅をしていたその記憶を。





「ホープのこと見下ろすの、なんだか懐かしい気分!」





記憶を取り戻した彼女は、背の低い僕を見下ろして楽しそうに笑ってた。

記憶を取り戻しても、僕らの姿は子供のままだ。
見た目と中身が噛み合ってなくて、ちぐはぐだと貴女は言う。

小さな僕の頭を撫でて、その不思議な事実を楽しんでいるみたいだった。





「僕も、ナマエさんを見上げるの懐かしいです…」





頭を撫でられて、少し苦笑いする。
だけど、楽しんでいたのは僕も同じなのかもしれない。

今、目の前にいるのは出会った時の姿のナマエさん。
それは、僕が恋をして…でもそれを伝える勇気と力が足りなかったあの時の姿。

凄く、凄く懐かしい。

あの時は、ルシ、ナマエさんの世界のこと、色んな壁があった。
そしてその壁を乗り越えるための力が、守られる子供の僕じゃどうしようもなかった。

だけど今は、それが関係ない。

それを思ったら、なんだか心が疼いた。





「えっ…ホープ…!?」





僕は、貴女の首に手を伸ばして…ぎゅっと引き寄せる様に抱きしめた。

突然の出来事。
ナマエさんは驚いたように声を上げた。

まあ無理も無いだろう。
でも僕はその声をそのままに、近づいた彼女の耳元にそっと囁いた。





「…好きです、ナマエさん」





その言葉に、彼女はぴくりと反応した。
やっぱり驚いただろう。

でも、すぐに緊張は解けていく。
抱きしめた手の中で、それは感じた。





「…どうしたの、急に」

「ふふ…そうですね。でも、ちょっと夢見てたのかもなあって」

「夢?」





どうしたと尋ねてくる貴女に、僕は小さく笑った。

大人しく、抱きしめられたままでいてくれる。
振りほどかれないその手もなんだか嬉しくて…。

多分声にも、少なからずその気持ちが滲んでいたかも。

僕はナマエさんに手を伸ばした理由を話した。





「あの頃の僕は、この一言が言えなかったから。絡まる問題がいくつもあって、それを解決するにも子供じゃどうしようもなくて…」

「うん…」





そこまで言うと、彼女も頷いた。

きっと、貴女も思い出したのだろう。

非力だったあの頃…。
心は、きっと…凄く近いところにあった。

だけど、ひとつだけ足りなかった。
ひとつだけ、大切な想いを言葉にすることが出来ないままだった。

曖昧を選んだのは、自分だ。

でも本当は、伝えてみたいって気持ちが無いわけじゃなかったから。





「力も勇気も無かったけど…この姿の頃、何度も何度もこうやって抱きしめて、好きだって言えたらなって気持ちは、どこかにはあったから」

「そ…」





ナマエさんは抱きしめられたまま、静かに聞いてくれていた。

でもその時、ゆっくりと彼女の腕が動いた。
その手は僕の背中へと回り、きゅっとナマエさんからも抱きしめ返される。

え、なんて思ったのもつかの間。
耳元で、柔らかに囁かれた。





「あたしも好きだよ、ホープのことが大好き」





どきっ、と心臓が鳴った。

その音に一瞬気を取られると、耳元でくすっという小さな笑う音がした。

それは楽しそうだとわかる声。
きっと、僕がそうだったようにナマエさんも楽しんでいるのかもしれない。

あの時、言えなかった言葉を…あの時の姿で口にする。
出来なかったことのやり直しをするみたいに。

でも、ああ…もう。
なんだか、たまらなく愛しいと思った。

さっきの心臓の波が、じわっと広がっていくようだった。

僕はゆっくりと腕を解き、少しだけ距離を開けて彼女の顔を見た。
目が合って、するとやっぱり楽しそうに笑ってた。

そんな顔に、僕は軽く息を飲んだ。





「ナマエさん…」





そっと、貴女の名前を口にした。
そのまま手を取って、指を絡めるようにきゅっと結ぶ。

きょとんと、そんな瞳が見えた。

でもすぐに見えなくなる。
それは僕が瞼を落としたから。

少しだけ背伸びして、くっと近づく。
僕はナマエさんの唇に、自分の唇を押し当てた。

その瞬間、絡めたナマエさんの指に力がこもったのを感じた。

触れていたのは、ほんの数秒。

名残惜しむようにゆっくりと離れ、瞼を開けば少しだけ赤みの帯びた貴女の顔が見える。
それを見た僕は多分、悪戯が成功したみたいに笑った。





「へへへ…またひとつ、あの頃出来なかったこと、ですね」

「…そりゃあねえ」





気持ちを伝えることが出来なかったのだから、こうして触れることだって勿論出来なかったことだ。

だけど、まあ…想像くらいはしたことがある。
触れたいなって、そんな風に思うことはそりゃ、ね。





「ふふ…ちょっと、考えてたんですよね。もしするなら、背伸びしたりするのかな…とか」

「…そんなこと考えてたんデスカ」

「えへへ…まあ想像するだけで、そんな勇気無かったですけどね」





あの日の姿の僕で、あの日の姿のナマエさんとキスをする。
ああ、本当に…凄く不思議な気分だ。

なんだか甘ったるい。
けど、心地よいと思う。





「ホープ…皆待ってるよね…?」

「そうですね…」





その時、ナマエさんが元来た道を振り返った。

確かに、他の皆は待っているだろう。
ナマエさんがひとり逸れて、僕はそれを探しに来て…。

僕は頷いた、けど…そこで僕の心には小さなワガママが顔を覗かせた。





「…戻らないの?折角探しに来てくれたのに」

「…そう、なんですけどね」





その場から動く気配を見せない僕にナマエさんは首を傾げる。

いや、わかってる。
勿論そろそろ戻らなくちゃいけない。

ライトさんにもすぐ戻るからナマエさんが逸れた事を皆に伝えてほしいて頼んだのもちゃんと覚えてる。

…そう。ちゃんと覚えてて、実際は少しだけ目を瞑っていたのかもしれない。





「…あはは、ごめんなさい。…なんかちょっと名残惜しくて」





僕は眉を下げ、そう軽く苦笑いした。

でも、ねえ…ナマエさん。
僕がこの姿を望んだのは、貴女の傍にいることが出来たから。

…僕は、時を超えて旅をすると言った貴女の背中を押した。

だけど、だけどね…本当は傍にいたかった。

離れている間、何度も何度も夢に見た。
会いたくてたまらなくて、声が聴きたくて、抱きしめたくて…。

だから今、ふたりきりでいられるこの時間が酷く愛おしい。





「…ライトに怒られそう」





すると、ナマエさんはそう言った。

それを聞いた僕は心が跳ね上がったのを感じた。
だって、嫌だとは言われなかったから。

そうですね。きっとライトさんには怒られる。

ちょっと怖いけど、僕は笑った。





「じゃあ、一緒に怒られましょうか」

「まじか…」

「あはは!…でも、もう少しだけふたりでいませんか?」





そっと、尋ねてみる。
するとナマエさんはコクリ…と小さく頷いてくれた。

それを見た僕は、多分満足気に笑ってしまった。

ああ、本当に愛しい。
たまらなく、たまらなく僕はこの人に弱い。

ちなみに、戻ったらやっぱりライトさんには怒られてしまったけれど…。





「はは、やっぱり怒られちゃいましたね…」

「ホープのせいだし!」

「ふっ、あははは!」





その後のそんなやり取りも悪くなかった…なんて、ね。



END
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