今はちゃんと知っている
頑丈な鎧をまとった騎士。
とんがり帽子の魔法使いの子。
朱いマントを身に着けた学生の少女。
目の前にいる彼らの服装はそれぞれで、それは文化の違いを思わせる。
…いや、実際は文化ではなく世界という意味で違うのだが。
「何を凝視してるんだ」
話をしている彼らを見ていたら、声を掛けられた。
見ずともわかる、よく知る声。
振り向けばそこにいたのは案の定、思った通りの人物。
「あ、クラウド」
クラウド。声を掛けてきた彼の名前。
あたしがその名を口にすれば、彼はこちらに歩み寄り、何をそんなに真剣に…とあたしと同じように彼らに目を向けた。
「あいつらがどうかしたのか」
「ううん、どうってわけじゃないんだけど」
見えるのは行動を共にする、仲間たちの他愛ない姿。
あたしは首を横に振った。
だって別に皆がどうしたとか、そういう話じゃないから。
まあ、思う事が何もないとは言わないけれど…。
「…しいて言うなら、クラウドと初めて会った時と同じようなこと思ってた、かな」
「は?」
ぽつっと零せばクラウドはきょとんとした顔をしていた。
クラウド。
彼はあたしにとって、物語の中の登場人物だった。
大好きな物語で、大好きだったキャラクター。
ただ、それだけの話だった。
でもある日、あたしはその彼のいる物語の世界に入り込んでしまった。
つまりそれは異世界に迷いこんでしまったということ。
なんてぶっとんだ話をしているんだろう。
そう、それだけでも随分とおかしな話だ。
でも、ここから更にもう一段ぶっとんだ話。
それは今、立っているこの世界のことだ。
ここは、クラウド達を出会った世界とはまた別の、違う次元にある、また別の異世界だった。
「オペラ…オムニア…」
「ナマエ?」
ぽつっと呟いた言葉。
それは、この世界を表す物語のタイトルだ。
あたしの大好きな物語はシリーズものだ。
それぞれでまったく違う世界観とお話を持つシリーズ。
クラウドと出会った世界も、そのうちのひとつ。
そしてこの世界は、そのシリーズが集約し、交差する…そんな特異な世界だった。
「あのさ、あたし、クラウド達の世界のこと、あたしの本当の世界では物語だって言ったじゃない?」
「ああ」
こそっと、そう尋ねればクラウドは頷いた。
あたしはクラウドに自分の世界の事や、自分の世界でクラウドの世界がどういうものかは話してある。
そして彼はその途方もない話を信じてくれている。
だからこそ、話はスムーズに進んだ。
「あのね、この世界で出会った人達…ウォーリア・オブ・ライト…ビビにレムに、それにホープやサッズ、ヤ・シュトラ…皆の世界もね、あたしの世界だとそれぞれ物語なんだ」
「!」
そう伝えれば、クラウドは目を丸くした。
つまり、頑丈な鎧をまとった騎士…ウォーリア・オブ・ライト。
とんがり帽子の魔法使いの子…ビビ。
朱いマントを身に着けた学生の少女…レム。
他の皆も、ここで出会った人たちを、あたしは物語の登場人物として知っている…と言う事だ。
「…だから俺と初めて会った時と同じ、か」
「ふふ、うん…そういうこと」
納得した様子を見せたクラウドに、あたしは小さく笑った。
すると彼は何か考える様にちょっと難しい顔をする。
そしてあたしに尋ねてきた。
「その話、他の誰かにしたか?」
「ううん。クラウドにだけ。言っていい事か、ちょっと悩むしね」
ちょっと、苦笑った。
最初、クラウドたちの世界でもあたしはその事実を口にしなかった。
記憶の無い振りをして、隠していたのだ。
打ち明けたのは、ずっとずっと後の話。
だって信じてもらえるかもわからないし、信じて貰えたところで気分のいい話じゃないのわかってたからね。
「…そうか」
それを聞いたクラウドは、ふいっと軽く目を逸らした。
なんだか変な反応。
あたしは首を傾げた。
「クラウド?どうかしたの?」
「…いや」
クラウドは首を横に振った。
そんな大したことじゃない、と。
そして少し気恥ずかしそうな顔をし、小さな声で教えてくれた。
「…俺に最初に話してくれたっていうのが、嬉しかっただけだ」
そう言われ、今度はこっちがきょとんとした。
照れている。
そして本当に嬉しそうな顔をしている。
そんな反応を見れば、ちょっと笑ってしまった。
でも、ぽっと浮かぶ柔らかい感情。
彼はこんなことで喜ぶのかと。
なんだか少し可愛らしくも思う。
「ふふ、だって一番信頼してますから」
あたしは微笑みながら、そう伝えた。
まず、誰かに相談するとしたら…。
打ち明けることを考えて、一番に浮かぶのはクラウド。それは絶対だ。
誰より信じている。なにより大切な人。
彼は味方でいてくれる。
あたしも味方でありたいと願う、そんな人だから。
「…そうか」
「うん!そうだよ」
照れながら笑みを零すクラウド。
それを見てあたしも笑みを浮かべ、お互いに穏やかに微笑んだ。
此処は、わからない事も多い異世界だ。
あたしはまったく知らないって言うわけじゃないけれど、不安な場所には変わりない。
だけど大丈夫。
何だか強気。
でも本当に、今はそう思うのです。
END