記憶の中に帰る


イーファの樹。ジタン達の世界で聖域とされているその場所に瓜二つ…いや、その者と言っても過言でも無いこの場所。

自分の存在に迷いが生じたクジャはビビを攫い、ビビの偽物をあたしたちの側に使わせてその様子を眺めていた。





「クジャ…。たくさんいる仲間の中で僕を攫ったのには意味があったんだね」





あたしたちはクジャの元へ赴き、ふたりと再会を果たした。

ビビとクジャは、少し…置かれている状況が似ている。
ふたりは、定められた命で…。

あたしはその知識を、あたしの本当の元の世界の記憶として知っている部分がある。
でもそれはまた別の話だから、今は置いておこうと思う。

需要なのは、ビビの考え方とクジャの考え方の話だ。

死という事実をすぐ傍に感じた時。
それが逃れようのないものだったとしたら。





「僕も…怖いよ…凄く…寂しいよ…」

「…ビビ、お前」





俯くビビの背を見たジタンはたまらずに声を掛けた。
でもそんなジタンを止める声がひとつ。





「…聞いていてやれ」





それはアーロンだった。

あたしはそんなアーロンの横顔をチラッと見た。
隣にいるアーロン。アーロンは懸命に自分の気持ちを言葉にしようとするビビをじっと見守っていた。

…アーロンも、何か思うことがあるのかな。

あたしも、その言葉に従うように黙ったままビビを見守った。





「だけどね…この世界に来て…たくさんの人が、僕と出会って覚えていてくれる…。皆が…忘れないでくれたら…その思い出が…僕のいつか帰るところだって…そう思うんだ。だから、この世界の旅は怖くない…。皆に会えて、よかった…」

「……。」

「ねえ…クジャ…。帰るところは…いのちだけじゃないよ…」

「…理想論だ。悲劇は…悲劇のまま変わらない」





ビビの話を聞いたクジャはひずみを開いた。
そして、その先へとひとり消えて行ってしまう。

だけど、ビビの言葉はクジャの胸にもきっと残ったと思えた。





「記憶の中に帰る…。フッ…そういう考え方もあるな」





そして、その言葉に感じるものがあったのはきっとクジャだけじゃない。

ビビの言葉を繰り返し、そう小さく笑ったアーロン。
アーロンはそれを聞いて何を思ったのかな。

少し、空を見てみる。

あたしも、思う事はあったのかもしれない。






「あんな小さな体で、ビビは強いね」





ずっと攫われていたビビ。
心配されて、無事を喜ばれて、彼は皆に囲まれている。

その姿を少しだけ離れた場所で眺めながらあたしはそう呟いた。





「何か言いたげだな」





隣にいるアーロンに問われる。
あたしは皆から視線をアーロンへと向けた。





「うーん…いや、ビビの言葉、色々ね…。思う事あったなって」

「…そうだな」

「あのさ、身近な人が死んでしまっても、あなたの心の中で生きてるって、よく言ったりするでしょ?よく聞く話。でもその言葉も、人の心に居場所が…誰かが忘れずにいれば、大切な人の帰る場所になれるのかなって」

「………。」





そこまで言って、あたしはちょっと姿勢を正した。
そしてきちんと向き合うようにアーロンを見上げた。





「あたし、アーロンのこと忘れないよ。ずっとずっと、覚えてる」

「…ことさらに意識するようなことはしなくていいが」

「ううん…。そんなんじゃないの。勿論、忘れたくないって気持ちもあるけど、でも縋るとか、後ろ向きな気持ちじゃないんだ」





無理に、そのことに縛られる必要は無いと…アーロンはそう言う。

でも、そういうことじゃないのだ。

あたしはきっと、アーロンと出会って過ごした日々を忘れる事など無い。
だってそれはあたしにとって、一生の宝だから。





「これからどんな風に生きていくのかとか…正直具体的なことはわからないけど、でもちゃんと前を見て歩けたらって思う。そうやって思えるのは過去があるからで…」




相応しい、言葉を探す。
けどこういうのってやっぱ苦手だ。

ただ、ビビのように…出来るだけ伝えたいと思う。

だって、伝えたい気持ちはあるのだ。
知ってて欲しいなって、そんな気持ち。

特に、今は….そんな気分だ。




「…アーロンはあたしに背を伸ばせって教えてくれた。あたしはそうやって見えた世界が好き。だから、忘れることは無い。それを大切にして生きていく」





そっと胸に手を当てて、大切な記憶の愛おしさを確かめる。

そう言えば、ユウナが言っていた。

《いなくなってしまった人達の事、時々でいいから…思い出して下さい》

うん。思い出すよ。
だってそれは、未来へ続く糧だ。

すると、アーロンは小さく笑った。





「フッ…お前の記憶に帰る、か」

「うん…?」

「…悪くは無いかもな」





アーロンはそう言った。
その声音は、穏やかなものに感じる。

表情も、柔らかい。

サングラスの奥にある確かな優しさ。
それを感じて、あたしはふっと胸に何かが溢れるのを感じた。





「そっか」





だからあたしもそう言って自然と微笑んだ。



END
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