この手を伸ばすことが許されるなら


記憶が戻った。
今の姿より、ずっとずっと未来の記憶。

大人になった、自分の記憶。

僕には守りたいと思う人がいた。

大切な仲間たち。
背中は守ると、勇気をくれた人。

そして…どんな事があっても手を放したくないと…強く強く、願った人。





「ナマエさん」

「ん…?」





名前を呼べば、彼女は振り返った。

懐かしい、懐かしい姿の彼女。

でもそれを見て実感する。
ああ、傍にいる。視線が交わる。声が届く。

それは、焦がれて焦がれてやまなかった感情。





「どうしたの?」

「頬、なにか汚れが。さっきの戦闘ですかね」

「え!嘘!どっち?」

「こっちです」





指で自分の頬を軽く叩いて位置を教えれば、ナマエさんはぐいっと手の甲で教えた方の頬を拭った。

けど、なかなか上手く取れない。
僕が苦笑いするのを見て何度も何度も試すけど、頬の汚れは未だそこに残ったまま。





「とれた?」

「うーん…」

「うう…」

「はは、僕が取りましょうか?」

「えっ?」





このままじゃ埒が明かなそうだ。

だからそう言って彼女の頬にそっと手を伸ばした。
傷つけないように優しく触れてグローブの指先で汚れを拭う。

するとその瞬間、ちょっとだけ彼女の体が強張った気がした。

それを見て、また少し実感した。

もう、何度も何度も触れた頬。
だけど、彼女にとってそれは違うのだ。

まだ、ナマエさんの記憶は戻っていない。
旅をした時の、あの幼い記憶で止まったまま。





「…ホープ…?」

「少し、待ってくださいね」





気持ち、長く触れる。

そして少し、自惚れた。

この姿の頃…旅をしていた時から、僕は貴女が好きだった。
ナマエさんも、その手を握り返してくれた。

…でも、曖昧で、奥底ではどこか自信が無かった。

だけど、今は知っている。
この頃の貴女も、こうして触れることを…許してくれる事。

少しの名残惜しさを残し、僕はそっと指先を離した。





「はい、どうぞ。バッチリです」

「そ…?ありがと」





僕が頷けば、彼女はそっと笑った。

旅が終わって、僕の願いはひとつ叶った。
ナマエさんに無条件に頼って貰える場所を手に入れた。
それは、好きだって気持ちを伝えること。

溢れる気持ちを伝えたら、貴女も同じように返してくれた。
最高に幸せで、あたたかな大切な記憶。

だけど、今のナマエさんにはその記憶が無いのだ。

貴女を見て僕が微笑む理由を、今の貴女は知らない。

それは少しだけ、寂しいかもしれない。

でも、その心の中は満たされている。
寂しさよりも、嬉しいと言う感情の方が勝っている気がした。

その理由は至ってシンプル。
一緒にいられるから。





「あれ、ナマエさん…?」





ふと振り返る。
戦闘を終え戻ってきた人たちの回復を頼みたいとそこに手を貸していた時、気が付けば彼女の姿が見えなかった。





「ホープ、どうした」

「あ、ライトさん…いや、ナマエさんが」

「ナマエ?ん?いないな、どこに行ったんだ?」





辺りを見渡す僕に気が付き声を掛けてくれたライトさんに話す。

本当についさっきまで歩きながら話をしていたのだから、そう遠くにいるわけではないのはわかる。
…何かに気を取られて、足を止めたとかかな…。

ふう、と僕はひとつ息をついて来た道に振り返った。





「ホープ?」

「すみません、ライトさん…ちょっと僕、探してきます」

「ひとりでか?なら私も」

「いえ。さっきまで話してたのでそんなに遠くでは無いはずですから。ふふっ、それに僕、こう見えて大人ですから。心配しないでください」





そう言えばライトさんは何とも言えない顔をした。

ライトさんもナマエさんと同じでまだ記憶は戻っていない。
一緒に旅をしていた、14歳の姿の僕にこんな風に言われてもしっくりは来ないのだろう。





「大丈夫ですよ!ライトさんは皆さんに話しておいてください!」





僕はライトさんにそう告げると、軽く手を振って来た道を走って戻り始めた。

大丈夫、なんて笑ってでも本当はいてもたっても居られなかった。
ひとりで良いって言ったのも、皆に探してくると伝える時間さえ惜しいと思ったから。

早く早く。とにかく走る。





「ナマエさん…」





足を止めることなく、気付けば呟いた名前。

僕は今、14歳の子供の姿をしている。
それはこの世界に来る時、僕が望んだから。

これはライトさんや、ナマエさんの傍にいられた時の、守りたいと思う人に手が届いた時の姿。

大人の僕は、どうやったって大切なものに手を伸ばすことが出来なかった。
どんなに望んでいても、僕のいる時間に大切なものは無かったから。

走りながら、必死になっていると我ながら思う。

でも、必死にだってなる。

だってこの世界なら、今なら手を伸ばせば手が届く。
走って探せば見つけられる。





「あっ…」





しばらく走れば、見慣れた佇む背中を見つけた。

ホッとする。
そして、嬉しさがこみあげて溢れてくる。





「ナマエさん!」





叫べば振り返った。





「あ…」





僕に気が付いた彼女の声が漏れる。
視線がしっかりと交わる。

僕は勢いを止めることなく駈け寄って、その手にグッと手を伸ばした。

その感覚が、なによりも嬉しい。

この手が届くなら…伸ばすことが許されるなら、それが叶うなら。
僕は貴女を、いくらだって探す。



END


『傍にいられた姿』『子供でも大人でも出来ないこと』あたりのホープ視点です。
片方に記憶があって片方に記憶なしってオイシイと思うんですよ。(笑)
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