大切なものを守れる自分


カイアスはあらゆる世界の理を取り込み、己の世界の現実を変えようとしていた。

死者の記憶を忘れる世界。
時を遡る事の出来る世界。

きっと、使える手段は何でも使う。

次元を歪ませ、世界を蝕む神竜…次元喰い。
まだ小さな竜が成体へと育ったとき、その願いは叶ってしまう。

そんなことをさせるわけにはいかない。
だからたあたしたちは次元喰いを倒した。





「消えたか…私がここで戦う理由は無くなったな」





消え去った竜の姿にカイアスはそう零した。

だけど、なんだか変。
まだ何かあるような…。

その予感が当たっている事は直後に思い知ることになる。





「だが…」





カイアスはそう呟きながらあたしたちに背を向けた。
いや、正確には自分の背後で起きる大きな変化に目を向けたのだ。

その瞬間、カイアスの目の先で強大な歪みが渦巻き始めた。





「何をする気だ!?」





そんなカイアスにライトは声を張り上げた。
カイアスは落ち着いたままの声色で答える。





「この歪み、見た目は違えど…実に似ているだろう?我々の世界の混沌に。理を歪ませ…命をまどろませる…。生きとし世界を隔離し、無へと誘った…」





この世界の歪みが、ライト達の元の世界の混沌と似ている…。

それを聞いた時、確かに…と納得してしまう部分もあった。

あの世界の混沌は、世界に溢れて時を歪ませた。
あらゆる時代が絡み合い、矛盾…パラドクスを起こした。





「その混沌が世界に何をもたらしたか、今の君には知る由も無いだろうが…それと同等の歪みを溢れさせたとしても世界の理を書き換えられるのではないか?私の本当の償いは傍されるのかもしれない…」





記憶のないライトを憐れむようにそう言うカイアス。

カイアスの心理はわからない。
けど、他の世界の理をあの世界に持っていくなんて絶対に正しい事じゃない。

それなら、それならあたしは…カイアスを止めなくちゃ…。
思わずぎゅっと手に力がこもった。





「聞くな、ライトニング。奴の戯言だ」





セブンがライトを気遣うように声を掛けた。
するとライトは言われるまでも無いと言うかのようにカイアスに向かって強く言い返した。





「そんな償いなどいらない!お前の思い通りにはさせない!」

「そうか…ならばこの歪みの主と共に君をこの混沌へと誘おう」





ライトの言葉にカイアスは何を言ってもこちらの意思が曲がら無い事を察したのだろうか。

そうしてカイアスが目を閉じれば、歪みの様子がどこか変化したのを感じた。

何が起こる…?そう思わず息を飲む。
するとその瞬間、歪みの中から巨大なベヒーモスが現れた。





「混沌に沈め、女神の騎士よ。私がこの戦い…幾度と繰り返す絶望に終止符を打とう!」





背にベヒーモスを従え、カイアスはそう剣を構えた。
その視線が向けられているのは、女神エトロの騎士たるライト。

オーファンを倒したあの戦いの後、確かに皆が笑う未来があった。
けどそれは、あたしとセラ以外の記憶からは失われてしまった。

歴史は歪んだ。
その歪みにライトはひとり、落ちてしまった。

そして女神の騎士となり、時のないヴァルハラで終わりのない戦いを強いられた。

覚えてる、あの時に皆で笑ったはずの未来をもう一度見たい。

ライトだって、普通の人間なのに。
だから、ひとりだけに戦いを強いるなんてそんな話ない。

それにあたしにも、カイアスは宿敵だ。
ノエルとセラと、一緒に戦うって決めた相手。

だからライトを守る様に前に踏み出した。
でもその時、ほぼ同時に同じように前に出た男の子がひとり。

その手に握られているのは、しなやかなブーメラン。





「ライトさんだけに背負わせない…僕も戦うんだ!」

「ホープ…」





共に前に出たホープの姿。
思わず名前を呟けば、ホープはこちらを見上げて頷いた。





「ナマエさん。貴女も、そんなに気負わないで」

「えっ…」





そして、ブーメランを持つ方とは逆の手でぎゅっと手を握られた。
それは君があたしにくれた居場所のぬくもりだ。

気負ってた、かな…?

でも、誰よりもあたしやセラが止めなきゃって…そんな焦りはあったのかもしれない。
それが自分達の役目だって、そんな気持ちはあったから。

だけど、そう…今ならば、色んな皆の力を借りて、一緒に戦うことが出来るんだ。
凄く、今更な事。でも、そうやって気が付いた。





「ホープ…ナマエ…」





すると、自分を守る様に前に出たあたしとホープの姿を見てライトが小さくそう名前を零す。
そんな彼女に、あたしたちは振り向いた。





「ライト、一緒に戦おう!また、皆で一緒に!」

「守るんです!僕らの世界の未来も、自分たちの過去もすべてを無かったことになんかしたくない!」





ふたりでライトに呼びかける。

そう声にしたら、なんだか胸が熱くなった。

同じものは見ていた。
ヒストリアクロスの旅の中だって、同じ目的の為に戦っていた。

だけど、どうしても手が届かなかった。

あたしは知っているのだ。
失うということを。

時から外れた不可視の世界で、たったひとりで戦っていたライトの姿を見た。
そしてパラドクスだったとはいえ、ホープが殺される世界を見た。

手が届かない、悔しさを知ってる。

たとえちっぽけな力だとしても、大切な人を自分の手で守りたいって…何度も何度も願った。

だから、傍にいられる。
一緒に戦って、守ることが出来る。

それってやっぱり、なんだか凄くホッとする。





「出来るんだ…今の僕なら…。ライトさんを…ナマエさんを…未来を自分の手で守る事が!」





ホープも同じような想いを感じているのだろうか。

いや、ホープの場合は…自分が前線で戦う役割で無かったをもどかしそうに思っている節があった。

ホープが支援してくれたから、あたしたちは前だけ見て戦うことが出来た。
でも、ホープの中にはきっと、自分も自分の手で戦いたいって気持ちがずっとどこかにあったのかもしれない。

見ているだけなのは、こんなにも悔しかったんだって…。

今の言葉には、そんな気持ちが凄く感じられた。





「だからライトさん!」

「…ああ!カイアスを倒すぞ!」





再び、そうホープが呼びかければ、ライトは頷きデュアルウェポンを剣の姿へと変えて構えた。

この世界に来て、散々一緒に戦ってきた。
だけどなんだか…今、この瞬間が凄く懐かしい。





「過去を否定できないのは未来を正しく認識できていないだけのこと。憐れだな。女神の騎士たちよ、神の手の上でもがき続けるか…。我が剣を持ってその認識を改めさせよう。君たちが抱く希望の未来に絶望が降り注ぐことを!」





カイアスは前を見たあたしたちの瞳を憐れむような目をする。

だけど、負けない。
ちゃんと前だけ見られる。

ライトとホープと、皆と。
今ならちゃんと、自分の手で…大好きな人達に手が伸ばせる。

並べた肩は、こんなにも心強かった。



END
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