子供でも大人でも出来ないこと


「あたしだ…」





思わず目を見開いた。

目の前にあるのは鏡だろうか。
いや、正確には鏡に写したような存在…か。





「そうだね、あたしは貴女のダークイミテーションだよ」





微笑むその顔に、あたしってあんなふうに笑うのかとか多分ちょっと的外れなことを思い浮かべる。
あたしは今、遂に自分のダークイミテーションと対峙をしていた。

ホープが記憶を取り戻したのを皮切りに、ヴァニラ、スノウ、サッズも自分のダークイミテーションから輝きを得て未来の記憶をと戻した。

つまりは記憶が無いのはあたしとライトだけって話になってしまった。

最初は記憶を取り戻すことにそこまで関心を持っていなかったあたしも、今じゃ結構意欲的だ。
あたしとライト以外は色々と話が噛み合っているところを見ると、なんだか少し寂しい気もして関心はさらに高まった。

そこに来てこの対面は、願ったり叶ったりの展開…なのかもしれない。

ただ、しいて言うのであれば問題は、今あたしはひとりきりであったこと…だろう。





「他の人は一緒じゃないの?」

「…あたしにだってたまにはひとりになりたいこともあるよ」

「あー…逸れたわけか」

「…無視…!」





すごいさらっとスルーされた!
いや、あたしを模してるのだとしたらあたしの考えなんてお見通しなのかもしれないけども!

でもなんかもうちょっとこう…ない!?みたいな…。

まあ正直に言えばそれは正解だけど…。
ちょっと考え事してたら皆の背中が無くなってた。

とはいってもそう距離は離れてないとは思うけど。
多分走って行けばすぐに追いつける…はず。

まあとりあえず今は目の前にいるこいつをどうするか…だよね。

闇の世界に初めて来たときにあったWOLのダークイミテーションは味方だった。
そのあとのホープ、ライト、セラのはカイアスサイドで…サッズ、スノウ、ヴァニラのはカイアス側じゃなかった。

となると、あたしのはどうなのだろう…。
とりあえず話は通じるみたいだし、回りくどいことはせずにあたしはストレートに尋ねてみることにした。





「ねえ、あなたはカイアスの味方?」

「ううん。カイアスの味方じゃ無いよ」

「そっか…」





自分と会話してる…。
なんだか凄く変なカンジ。

でもどうやらカイアスが側では無いみたい。

それを聞けば一安心だ。

さてと、じゃあどうしよう…輝きは、持ってるのかな。
そう考えていると、後ろの方から駆けてくる足音が聞こえた。





「ナマエさん!!」

「あ…」





聞き慣れた声。
振り向けば走ってくるその声の主。

彼は傍に来るなりガシッとあたしの腕を掴んだ。





「はあ…やっと見つけました。何してたんですか…」

「ごめん…いやちょっと取り込み中で」

「は…?って、あっ…」





探しに来てくれたらしいホープ。
そんな彼に教える様にちらりと視線を向ければ、ホープもその視線を追って今目の前にいる存在に気が付いて目を見開いていた。





「ナマエさんの、ダークイミテーション…!?」





驚いた声を上げるホープ。
するとダークイミテーションはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

少し、あたしとホープは緊張する。

ダークイミテーションはこう問いかけた。





「輝き、探してるの?」

「え…」

「欲しいんでしょ?ならあげるよ」

「え、そんな簡単に…?」





なんだか拍子抜けな事を言われた。
ダークイミテーションの性格は個体によるとは聞いているけど、なんだかあっけらかんとしてるっていうか…。





「これは、あたしじゃなくて光ある貴女に必要なものだから。貴女が必要とするなら、渡すだけだよ」

「え…」





それを聞いた時、ハッとした。

もしかして、あたしがそんなに未来に関して意欲的じゃなかったから…。
渡すのを待ってくれていた、とか…?





「だから、意志を見せて。渡すには、意志と意志のぶつかり合いが必要だから」

「意志…」





輝きを手にするには、自分のダークイミテーションと戦わなくちゃいけない。
意志と意志をぶつけなければ。

…正直、不安はある。

でも思い出したいという気持ちも膨らんでいる。
大丈夫。今はきっと、あたし前向きだ。





「ホープ」





あたしは傍にいるホープに声を掛けた。
ゆっくりと向き合えば、ホープもまたこっちを見てくれている。

その時、あたしは思い出していた。
はじめてディアボロスに会った時のこと。

あの時、あたしはホープと一緒に戦った。
ディアボロスに、自分の意思を示すために。

そう、あの時と一緒だよ。だからあの時と同じようにホープに尋ねた。





「ホープ。あたし、記憶取り戻すよ。手伝ってくれる?」





するとどうだろう。
彼はふっとあたしに微笑んだ。

そして手にしてくれたブーメラン。
軽く投げ、回りながら落ちてきたそれをギュッと握りしめ、彼はこう言ってくれるのだ。





「当たり前です!」





あの時と同じ言葉。
その言葉に心がじわりとあたたまる。





「ありがとう」






あたしはお礼を一つ口にし、自らのダークイミテーションに向き合った。

そして…ふたりで戦った。
戦って、意志を見せつけた。

すると、ぱっと目の前に光が満ちた。

思わず目を閉じれば、次に目を開けた時にはもうダークイミテーションの姿は無かった。





「消えちゃいました…ね」

「……。」





辺りを見渡し困惑したようにあたしを見上げたホープ。

その視線に気が付いてはいたけど、あたし今自分の中に満ちた何かを感じることに一杯だった。

自分の掌を見つめる。
満ちていく、蘇っていく、どんどん鮮明になる。

そうだ…忘れていた。
記憶が、想いが、一気に思い出されていく。

そこであたしはやっと自分を気遣うように見つめてくれているホープの視線に向き合った。





「ナマエさん…?」

「ホープ…」





忘れていた記憶、時間…。
うん、わかる。思い出した。

カイアスのこと。女神の騎士のこと。
セラと、それに…ノエルと一緒に旅したこと。

…大人になった、ホープのことも。





「ナマエさん…もしかして」





おずっと尋ねてきたホープ。
あたしはそんな彼に応えるようにこくんと頷いた。

するとホープはハッと目を開き、あたしも笑みを浮かべた。





「うん…思い出せる…思い出した!ヒストリアクロスのことも、大人のホープのことも、うん…ちゃんとわかるよ!」

「ナマエさん…」





蘇ったさまざまな記憶。

あたしが選んだ選択も…思い出した。
あの世界で、ホープの傍でずっと生きる選択をしたことも。

そう、あたしはこの手を二度と放さないと、そう固く誓ったのだ。
そしてその決意を、ホープも笑って受けとめてくれた。

未来のあたしは答えを出していた。

なんだか、さっきまで未来に抱いていた不安が嘘みたいに軽くなった。

なんだろう…蓋を開けてしまえば、案外なんてことなくて。
あたし…ちゃんと気持ちに整理、つけられてたんだよね。





「…あはは、なんだか杞憂だったかな」

「え?」

「あー…いやライトのこととかカイアスのこと考えたらやっぱ色々あるけど、でもあたし自身の事というか、あたし自分が未来でどうしてるのか…ちょっと色々心配だった。忘れてたからね。でも思い出してみたら、ちゃんと自分で納得して、選びたいものを決めてた」

「ナマエさん…」




そう話しながら、彼の手に取ってきゅっと握りしめる。
ちゃんと、繋げる距離にいる。この手を取る事に迷いも無い。

そうして笑って見せれば、ホープもこちらを見て微笑んでくれた。

ああ、お互い、本当に思い出したんだ。
多分そんな感覚だった。





「思い出したのは良かったです…けど、ナマエさんはどうしてその姿を?セラさんみたいに未来の姿では無かったんですね」

「あー…えっと、うん…あたしもちょっと思い出した。この世界に来た時のこと。ホープと一緒。あたしも自分でこの姿を選んだよ」

「どうしてですか?」





ルシの旅をしていた時とヒストリアクロスの旅をしていた時。
多分戦闘能力的にそこまでの差は無いんだろうけど、でも場数を踏んでるだけ未来の方が出来ることは増えてるかな。

それでもこの姿を選んだ理由。
それは、あたしもホープと似たようなものだった。





「いや…あたしも、ライトを助けにいけないの…結構もどかしくて。あの背中、少しでも支えられたらって思ってたのに。それに…ホープのことも、ね」

「僕…?」

「うん…あー…ここまで言ってあれですが、言わなきゃダメですかねえ」

「自分でここまで言ってあれって思うなら言いましょうよ…」

「うう…うーん…やっぱちょっと後ろめたい部分、あったのかな。待っててくれてるの、知ってたし…。伸ばして、手を握れる距離にいたい気持ちもあって…懐かしかったのかもね」





へへへ…とちょっと誤魔化す様に笑い交じりに言った。

いや、なかなかこっ恥ずかしいこと言ってるじゃないかと。

セラたちと旅に出たことを後悔してるわけじゃない。でも、離れてみてやっぱり思う事ってあった。
手を伸ばして、握る事が叶うのって…特別な、やっぱりすごく意味のある事だったなあ…って。





「それにしてもちぐはぐだよねえ…あたしたち」

「え?」

「見た目と中身噛み合ってないでしょ。ま、あたしはそこまででもないけど、君は偉い騒ぎだよね〜」

「あはは…まあ、確かにそうですね」





ぽふぽふ、とホープの頭に手を置いて撫でてみる。
ホープはそれを振りほどくことはしなかったけど苦笑いしてた。

ヒストリアクロスを通しているから27歳になったホープを知っているけど、あの旅から3年一緒にいて本当のあたしの時代のホープは17歳。

その間に背も抜かされたから、14歳のホープはなんだか懐かしい。
この世界に来てからずっとこの姿で旅していたけど、記憶が蘇ってみたらそんな感覚も覚えた。





「ホープのこと見下ろすの、なんだか懐かしい気分!」

「僕も、ナマエさんを見上げるの懐かしいです…」





なんだか面白くてあたしはへらっと笑ってた。
するとそれを見たホープもふっと笑い、いや笑ったかと思えば彼はあたしの首に手を伸ばして、突然、ぐっと引き寄せる様に抱きしめられた。





「えっ…ホープ…!?」

「…好きです、ナマエさん」





突然のことに驚いた声をあげれば、そのままの状態でそう囁かれた。
それにもビックリした。でもなんだかその声で少し落ち着いたあたしはホープに尋ねた。





「…どうしたの、急に」

「ふふ…そうですね。でも、ちょっと夢見てたのかもなあって」

「夢?」





聞き返せば、ホープはちょっと楽しそうだった。
よくわからないけど振りほどく理由も無く、そのまま。

するとホープはやっぱり楽しそうな声で話してくれた。





「あの頃の僕は、この一言が言えなかったから。絡まる問題がいくつもあって、それを解決するにも子供じゃどうしようもなくて…」

「うん…」





そう言われればすぐに蘇る記憶。
ルシで、元の世界のことがあって、子供で。

ひとつ、たりない。
大切な最後の一言は言えないまま…ずっと歩いていた。





「力も勇気も無かったけど…この姿の頃、何度も何度もこうやって抱きしめて、好きだって言えたらなって気持ちは、どこかにはあったから」

「そ…」





なんだか照れくさくなった。

そう言えば、ホープ…やっぱり少し声も変わったよね。
大人の、落ち着きのある音に変わった。

だからちょっと幼い、今の声で好きと言われるのは不思議な気持ち。

…きっと、あの時はどうやったってお互いにあれ以上近づくことは出来なかっただろう。
互いに同じ気持ちだとわかっていても、自分たちの非力さをわかっていたから。

でも、あたしも想像はしたことある。
もしも言えたら、って。

だからあたしも、そっと手をホープの小さな背中に回して抱き着いた。





「あたしも好きだよ、ホープのことが大好き」





きゅ、っと少し力を込めながらあの頃の姿でそう伝える。

小さな君にそう言うのは、あたしもちょっと楽しかったかも。
あの日、あの時、出来なかったものをやり直すみたいに。

そこで少しだけ距離を作って顔を見れば、ホープは嬉しそうに笑っていた。





「ナマエさん…」





すると、先ほどまで背に回していた手をホープに取られた。
そのまま指が絡みあう。

そして、ホープはほんの少しだけ背伸びをした。

あ…なんて思ったのは一瞬。
思わず目を閉じれば、唇に柔らかなものが押し当てられた。

思わず、絡んだ指に力がこもる。

数秒…触れただけ。
ぬくもりが離れて瞼を開けば、ホープは悪戯っ子みたいに笑っていた。





「へへへ…またひとつ、あの頃出来なかったこと、ですね」

「…そりゃあねえ」

「ふふ…ちょっと、考えてたんですよね。もしするなら、背伸びしたりするのかな…とか」

「…そんなこと考えてたんデスカ」

「えへへ…まあ想像するだけで、そんな勇気無かったですけどね」





子供の自分で、子供のホープとキスをする。
ああ、なんだか本当…不思議な感じ…。

でも、…触れられたら、って…あたしも思ったことある…か。うん…。
思い出したら、くすぐったくて…だから口にはしないけども。

なんだか甘ったるい。
けど、いつまでもそうしていられないよね。





「ホープ…皆待ってるよね…?」

「そうですね…」





あたしが逸れて、ホープが探しに来てくれた。
となれば皆のことも気になるわけで。

そろろそ流石に戻らないと…?

だけど、それを言ってもホープはなんだかその場から動こうとする気配がない。
あたしは首を傾げた。





「…戻らないの?折角探しに来てくれたのに」

「…そう、なんですけどね」

「……けど?」

「…あはは、ごめんなさい。…なんかちょっと名残惜しくて」

「…ライトに怒られそう」

「じゃあ、一緒に怒られましょうか」

「まじか…」

「あはは!…でも、もう少しだけふたりでいませんか?」





こいつはわかっているんだろうか。
あたしは結構、君に弱い。

つまりは、嫌だなんて言えるわけもなく…。

なんというか、甘やかしてるなあと思う。
ホープのことも、自分のことも。

小さく頷けば、ホープも嬉しそうに笑みを見せた。

名残惜しさが勝つ。
だからしばらく、この柔らかい時間に浸っていた。

ちなみに、戻ったらやっぱりライトに怒られた。
けど、そんな時間も…なんだか少し、懐かしかった。



END
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