君を忘れたいなんて思わない


ダークイミテーションは光の意思を持つあたしたちを自分たちにとっても希望であると言った。
個体には寄るものの、基本的には力を貸し、手助けをしてくれる存在。

だけど、心が無い…鏡映しの虚ろな存在ゆえ、悪しき心にも染まりやすいと言う。





「見て!あれ、ダークイミテーションじゃ?」





いくつかの足音が聞こえ、レムが指をさし声を上げる。
振り向きその先を見てみれば、そこにいた誰もが目を丸くした。

歩いてきたのは、とても見慣れた姿を模した存在。
そう、本当に…本当によく知ってる姿が3つ。





「…今度は私の格好か。気にいらないな」





傍にいたライトが息をついた。
あたしも見つめて、ちょっと心臓がドキリとした。

歩いてきた3つのダークイミテーションは、ライト、セラ、そしてホープの姿を映した姿をしたものだった。





「…それはどうだろうな」





ライトのダークイミテーションが答える。
でもその声は少し低いと言うか、暗い感じがする。





「様子がおかしいですね。前に会ったのより雰囲気が暗いと言うか…」

「うん…前に会ってるのは、もっと本物に雰囲気近かった気がする」

「…そうかもね。だって私たちはカイアスの味方だから」





あたしとホープが顔を合わせると、セラのダークイミテーションがそう答えた。

カイアスの味方…。
そうか、前に会ったダークイミテーションが教えてくれた。ダークイミテーションは虚ろな存在だから闇の心にも染まりやすいと。

成る程。恐らくこのライト、セラ、ホープのダークイミテーションがその例なのだろう。





「ふん…セラの顔をしているくせに中身はまったく違うようだな」




ライトは嫌悪を隠さずにそう言った。





「…でもきっと、僕たちの方が幸せですよ、ライトさん」





すると今度はホープのダークイミテーションがそう言った。

それを聞いた時、あたしはうわっ…と思った。

本当に同じ声。
勿論、ライトやセラの時も思った。
でもやっぱりこの声は少し…ね。

加えて今回はライトさん、ときた。

馴染んだ声の、馴染んだ呼び方。
それにはライトも嫌悪感が増したようだ。




「…虫唾が走る」





冷めた声で吐き捨てるライト。
すると今度はセラのダークイミテーションが言った。





「話を聞いてよ、お姉ちゃん」

「くだらないな。放っておいて先に進むぞ」





気分が悪いとライトはこのダークイミテーション達の言葉に耳を貸すのをやめた。

無視をして、戦うこともなくそれで済むならそれでいい。
けど実際は、そう簡単にいかないのも事実だった。





「あっ、待って!ライト」

「カイアスに影響されているとしても、彼ら輝きを持っているかも…」




あたしが呼び止めると、同じ考えを抱いていたらしいレムも一緒にライトを諭した。

出来るならこれ以上関わりたくないのは事実だ。
だってロクな気がしないもん。

だけどあたし達が輝きを集めることで光のクリスタルコアが修復できるかもとマーテリアは言っていた。

それならやっぱり嫌だろうが何だろうがダークイミテーションは避けては通らないものなのだ。

ライトは顔をしかめ再びダークイミテーションに目を向けた。
するとそれを見たライトダークイミテーションはライトに向かい語りかけてきた。





「光の世界の私…ライトニング。お前はカイアスに協力すべきだ。覚えていないから知らないんだ。私がどんな戦いを強いられたか、どんなに過酷な旅路だったか」

「カイアスは全部書き換えようとしている。私がしてしまったことも…私自身のこと、全部無かった事になる」





姉のダークイミテーションに合わせるようにセラのダークイミテーションも言う。

確かにあたしもわからない。
どんなに過酷か、辛いものか。

カイアスに従えば、過去が無くなる…?

セラがしたこと…セラ自身のことって…。





「黙れ!甘いことを言うな。…虚な偽物に何がわかる」





ライトは少し声を荒げた。

やっぱり何だかロクな事じゃなさそう…とは思う。
けど、記憶が無いから引っかかるのもまた事実。

確かに、ライトはこの世界セラが来たときセラを戦わせたがらなかった。いや、実際は今だって戦わせたくはないのだろう。
出来るなら武器など取らず、平穏で、穏やかに暮らして欲しい。

それはセラに対するライトの確かな願いだろう。

そして、セラ自身のこと…。
彼女の過ちとは。

ホープのダークイミテーションが言う。





「セラさんの過ちがなければ人々の混乱も無かった…。パージも…ルシも…」





セラの過ち…。それは、ルシになってしまったこと…?

ボーダムのあの異跡。
全て、全てのはじまりは…セラがルシになった事からはじまる。

そこからパージが始まって、ルシになって…。

そして、ホープのダークイミテーションはズンと重い一言を呟いた。





「…母さんも死なずにすんだんだ」





ホープと同じ声。
それを聞いた時、どくんと心臓が波打った。

ホープの、お母さん…それは…。

思わず息を飲んだ。
だってそれは…、それを今…ここで触れるなんて…。

脳裏に思い起こされた、あの日の…パージの光景。
響く銃声と人々の悲鳴の中、崩れる足場に落ちていく女性の姿。

あたしはホープにおずっと目を向けた。





「……お前!」





するとやっぱり、ホープの顔色は険しいものに変わっていた。





「ホープ?」





ホープらしからぬ乱暴な口調にライトが振り向く。





「ホープ…」





あたしは声を掛けて、手を伸ばそうとして…でも触れる前に引っ込めてしまった。

だって、事ノラさんに関しては、なんて声をかければいいのかわからなかったから。

旅の間だってずっとそうだった。
スノウに復讐しようとするホープに、あたしは言葉が見つからなかった。

もしも今あの時に戻ったとしても、相応しい言葉なんてわからない。

ホープは自分のダークイミテーションを睨み、強く言い返した。





「母さんのこと…お前なんかに言われたくない!」

「どこかで思ってるんだろ?過去のどこかで…ひとつでも…変わっていれば…って。あの時の母さんの顔…母さんがどうなったいったか…覚えているんだろ?辛かったんだろ!今から変えられるんだ…変えられなくても忘れられる。…苦しまずに済む」





ダークイミテーションは同調させようと、引きずり込もうと声を掛けてくる。

ホープは俯いた。
だって、辛く無かったわけなどないのだから。

その姿に胸が痛くなる。

俯いたまま、ホープは呟いた。





「……変えたいと願ったことはある。数え切れないくらい後悔した。お前の言う通り辛かった…」





あの時の、ホープの悲鳴はずっと耳に残ってる。
遠くて届くはずもない、落ちて行く母親の姿に手を伸ばして叫ぶ声。

ホープの頭にも今その光景か浮かんでいるのだろう。
苦しそうなホープの声。
ぎゅっと小さな手が握り締められる。

でも、震えたその手は絶望じゃなかった。





「…でも!それでも!忘れたいなんて、思ったことなんかない!」





ホープは顔を上げた。
そして強く、強く強くそう言い切った。

あたしは、ちょっと目を見開いた。

だってその背中には、あまりに迷いがないかったから。
思わず見惚れてしまうくらいに。





「子供だった僕は仲間に…ライトさんに、そしてナマエさんに会った。辛くても、大切な記憶だ」





忘れたくない、大切な記憶…。

仲間に会った。ライトに会った。
…あたしに、会った…。

その言葉を聞いた時、心の中に言い表わせない感情が広がった。

なんて、なんて真っ直ぐに言い切ってくれるんだろう。
こちらが苦しくなるくらいに、本当に真っ直ぐ。

けど、ホープのダークイミテーションはそれも否定する。





「出会わなければ苦しみもなかった」

「どんな状況でもこれから起きる事には必ず希望がある。起きなかった事に意味なんてない!未来に希望を繋いでみんな必死に生きてるんだ!僕自身の気持ちを踏みにじった僕の紛い物…お前を絶対に許さない!」





しかし、ホープが屈することは無い。

絶望なんかしない。諦めなどしない。
ちゃんと顔を上げて、前を見て、その目に希望を映してる。

その姿は、レムにもライトにも、あたしにも…その場にいる皆の目に眩しく映った。





「っ!希望…未来の…」

「ホープ…お前…」

「ホープ…」

「戦いましょう!ライトさん!ナマエさん!こいつらの空っぽの言葉を…これ以上聞く必要なんかありません!」





前だけ見てる、ホープの言葉。
それを聞いたら、みんなが自然と前を向く。





「ホープ…」

「ナマエさん」





肩に触れようと手を伸ばしたら、逆にその手を取られた。
いつものように握りしめる、いつもと同じぬくもりだ。





「この手のあたたかさを忘れるなんて、僕は絶対に嫌だ」

「…うん」





目を見てそう言ってくれたホープに頷く。

希望…。
本当に、この子にはこの名前がぴったりだ。

そうだね。
あたしも絶対嫌。





「うん、あたしも絶対忘れたくない」





笑みを浮かべて頷く。
するとホープも同じように強気の笑みで頷いてくれた。

うん、忘れるなんて御免。
絶対に忘れたくない。

心の底から、そう思った。



END
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