記憶と心のズレ
「ヴィンセント」
探していた赤いマントの背中。
見つけて声を掛ければ振り返ってくれる。
その拍子に、小さな女の子の姿も見えた。
「ナマエ、どうした?」
「あ、ううん。シェルクと話し中だった?ごめん、それなら出直すよー」
「いえ、大した話はしていません。用があるなら、むしろ私の方が外します」
「え!いやいや全然!というか、シェルクさえよければ…シェルクも一緒に聞いてもらえると嬉しいんだけど」
「私も、ですか…?」
「何か相談でもあるのか」
「あ、あはは…ぴんぽーん。じゃあ改めてふたりにお願いするよ。ヴィンセント、シェルク。ちょっとお話、聞いてもらってもいいですか?」
頼めばふたりは快く了承してくれる。
ヴィンセントはあの旅の仲間の中で、唯一未来の記憶を持っている。
シェルクも、未来の事を知っているから。
こうしてあたしはヴィンセントとシェルクに話を聞いてもらうことになった。
「それで、話とは?」
「うん…あのさ、わりとずっと…この世界に来たばかりの時から感じてたことなんだけど…心と頭の中、ちぐはぐだなって感じることがあって…」
「ちぐはぐ、ですか?」
「うん…、なんて言えばいいのかなー?頭の方が心に追いついてないって感じかな。どうしてこんな気持ちになるんだろうって、頭ではわからない感じ」
「フム…記憶が無いからだろうな」
ヴィンセントの言葉に、まあそうだよね…と頷く。
やはり、行きつく答えは記憶を失っているから、か。
本当に、はじめの頃。
この世界に来て、すぐ。
きっと思い返せば…あの、この旅がはじまった島にいた時から感じていたこと。
あの頃は記憶を失っているなんて知らなかったから、小さな違和感だった。
でも時間が経つにつれて、その違和感が確信に変わった。
「心の中に、凄く大切にしてる気持ちがあって…。それって元の世界にいたときからずっと持ってるものなんだけど…。でも、あたしが覚えてる記憶より、その気持ちがもっともっと堅固になっていると言うか…そんな感じがしてさ」
「つまり、その気持ちが強くなった理由が失っている記憶の中にあるという事ですね」
「うん…多分」
シェルクに言われ、確信に変わる。
うん、とふたりで頷くと、ヴィンセントが小さく笑った。
「フッ…クラウドを信じたいと思う気持ちか」
「うえっ!?」
声が裏返った。
だって、それはまさにピンポイントの図星。
あたし今核心には触れてないのに!
な、なぜにバレている!?
「ああ、なるほど…そういう話ですか」
「そういう話とは!?なんでシェルクまで納得してるの!?」
「なんでと言われても…いえ、それを言うのは野暮ですかね」
「野暮とは!?」
「フッ…隠さなくていい。少なくとも私たちは、お前の気持ちを知っている」
「し、知っている…とは?」
「みなまで言おうか」
「っいい!言わなくていいっ!!」
ぶんぶん首と振った。
し、知ってるって…つまり、あたしがクラウドのこと好きってヴィンセントたちは知ってるってことだよね…?
な、なんで…!
なんでバレてんの!?
も、猛烈に恥ずかしいんですけど…!
でも誤魔化しても無駄そうな感じだし…。
未来のあたしはヴィンセントに恋愛相談でもしてんのか…!?
「ううう…なんだこれ…こっぱずかしい…」
「私たちにとっては今更な話だ」
「…どういうことなのそれ…」
好きなんじゃないの?とか。
そういう風に、人から聞かれたことはある。
でもその度に、否定して、隠してたから…。
こんな風にバレてるとか…違和感と恥ずかしさが凄い…!!
だって…それは不毛な恋だから。
叶うはずなんかない。
……でも、そう…思ってたけど…。
「うう…バレてるならもういっそ開き直った方が早いの…?変な説明省けて確かに話は早いのかもだけど…。あの、でも恥ずかしいから皆には秘密にしておいてもらえると…」
「フッ…ああ、わかった」
「もともと言う気なんてありませんよ。今までだってそうです」
「…そっか」
誤魔化そうとしても無駄。
それならもういっそ、話が早いと開き直った方がいいのかもしれない…。
もともとヴィンセントやシェルクはそういうことをペラペラ話すタイプじゃないけど、でもやっぱり広がるのは恥ずかしいからとりあえず秘密にはしといてくださいとお願いして、あたしは相談を続けることにした。
「ん…まあ、なんでこんな風になってるんだろうってのを相談したかったんだけど…。だって普通は記憶が無かったらその時の感情も忘れちゃってるよね?でも、なんか記憶は失ってるのに心はそのままって感じで。ふたりは未来の事も知ってるし…話せないことは全然言わなくてもいいんだけど、ちょっと照らし合わせながら話聞いてもらえたらなって…」
「どうしてそうなっているかは私にもわからん。だが、ナマエがクラウドを信じるという気持ちを大切にしていることは知っている。お前にとってそれが大切な気持ちなら、それを手放したくなかったのではないか?」
「手放したくない…って、それだけでどうにかなる問題なの?マーテリア…ってか、神様相手にさ」
「さあな」
「この世界には意思の力があります。それほどの想いだったという事では?」
「うーん…まあ、大切にしてるものではあるけれど…」
結局、聞きたかったのはそこなのだ。
気持ちと記憶がちぐはぐなのは、記憶が無いからだろうと予想が付く。
でもなんで記憶は忘れて心はそのままなのさって。
旅の記憶。
覚えてないこと、きっとたくさんある。
でも、あたしがクラウドの事…。
この人の事を信じてようと、そう思った時の事は…ちゃんと覚えてる。
「…ケット・シーがスパイだったってわかった時さ、まあ…仲間の裏切りってのに直面して、何を信じていいんだろうってやるせなくなったことがあって…。その時、クラウドが俺のことを信じてくれればいいって言ってくれたんだよね」
ぽつりぽつりと話し出す、ひとつの切っ掛けの話。
ゴールドソーサーをふたりで回った、あの夜。
何を信じたらいいか分からなくなりそう。
そう零したあたしの手を取り、クラウドは言ってくれた。
自分はナマエを信じてるから、ナマエも自分を信じてくれって。
「それ、結構嬉しくて…。自分は裏切らないから、信じてくれって事でしょ?もともとクラウドの事は信頼してたけど、でも改めて、ああ、自分もこの人に同じように返したい。もし、クラウドが迷うことがあったら、支えになって、裏切らない存在でいたいって、その時からすごく思うようになったんだ」
そう。もともとクラウドに信頼はおいていた。
ミッドガルからずっと一緒にいて、少しずつ、色々知って。
大好きになって、心を許してた。
でも多分、あの時の事は…またちょっと、あたしの中できっかけになった。
だけど…。
あたしは何故か、その気持ちが揺れた想いを、今抱えている。
「でも、そんな風に大事にした気持ち…それが一度揺れた…そんな不安な感情を知ってるの。そんな記憶、1ミリも無いのに…」
「揺れた感情、ですか?」
「……。」
シェルクには聞き返される。
ヴィンセントは、黙ってた。
どんな時でも、クラウドの事を信じる。
そう決めて、大事にしていた。
でもあたしは一瞬、信じきれなくなった。
そんな記憶はないのに。心だけが知っている。
だけどそれだけじゃないのだ。
「でもね、揺らいだけど…その上で、もし揺らいだって、自分が見てたクラウドを信じればいいって、より改めて強くなった気持ちも知ってる。ただ、それも記憶が無い。そこにに至る記憶だけがない。だから、変だなって思ってて」
不安は知ってるけど、でも、怖くはなかった。
だってそれを上回る、強い気持ちを知っている。
それが、さっき話した、記憶より堅固になっている気持ち。
「そうか…。確かに私は、お前が抱いた不安も、思い直したことも知ってはいる」
「そっか」
さっき黙っていたヴィンセントはそう口を開いた。
旅の記憶をすべて取り戻したヴィンセントは、全部知っているのだろう。
あたしの気持ちが揺らいだことも、その上で更に強くなったことも。
「今のお前たちに私が言えることは少ない。ただ、その気持ちを大切に思うのなら、そのまま大切にしていたらいい」
「うん…そうだね、うん、そうする」
「ええ。きっと、記憶をなくしても忘れたくないほどの気持ちだったのでしょう。それなら大事にしていたらいいと思います」
「うん、ありがと。ふたりに話してよかったよ」
お礼を言えば、ふたりは頷いてくれた。
あたしは、クラウドの事が大好きだ。
そして、誰より信じてる。
空虚じゃない。誰に何を言われたとしても。
あたしは、あたしの見てる、目の前にいるクラウドを信じてる。
多分それは…あたしの中で、一番大切にしている気持ちなのかもしれない。
クラウドの支えになりたいと思う一方で。
その気持ちのおかげで、自分自身が前を向ける気がするから。
大好きな人、信じられる人がいるのは、凄く自分の力になる。
だからあたしはそれを手放さなかったのかな。
「ナマエ?」
その時、後ろから足音と、声を掛けられた。
それは絶対間違えない声。
「クラウド」
「ヴィンセントたちも…何か話してたのか?」
「うん、ちょっと暇してたから」
「そうか?」
振り向くと、そこにいたのはやっぱりクラウド。
流石に何を話してたかは言えない…。
適当に、雑談だよーって誤魔化した。
ヴィンセントとシェルクも合わせてくれる。ああ、ふたりともありがとう。
…でも、最近、思う。
今みたいに…こうやって、気に掛けてくれること。
振り返ってみても、色々…。
前に、ザックスとレノとたまたま食事をしてた時。
ザックスだけ先に外して、レノとふたりでいたら…間に入るように机に手を置いたこと。
もしかしたら、ああいうの…嫉妬とかって…思っていいのかな、とか。
クラウドの光の羅針盤がセフィロスに奪われた時も。
他の羅針盤も狙われていると聞いて…必ず守るから傍にいてくれと言ってくれたこと。
光の羅針盤を持ってる人なんて、いっぱいいるのに…とか。
なんとなく…あれ…?もしかして、特別に思ってくれてたり、するのかな…なんて。
そんな風に、のぼせてること、増えて。
いやいやそんなの勘違いでしょ、って。
でもそう思いながらクラウドの顔を見ると、視線に気づいてくれた瞬間、いつも「どうした?」って優しい顔してくれるから…。
もしかしたら、気持ち…おんなじなのかなって…。
「ヴィンセント!ヴィンセント!どうしよう、クラウドがカッコいい…!」
「……。」
その後、バレて開き直ったあたしはヴィンセントとシェルク相手に恋愛トークをぶちかますようになったのは…また別の話である。
END