ずるいこころ
光のクリスタルコア。
あたしたちが旅していた異世界の大地は、その力によって保たれるいわば光の世界だった。
しかし旅を続けた末に、光のクリスタルコアは砕け散ってしまった。
世界は崩壊してしまう。
そう思われたその時、あたしたちは女神マーテリアから対となる闇のクリスタルの存在を教えられた。
光と闇のクリスタルコア。
それはこの世界のふたつの柱であり、ともにある事でこの世界の均衡を保つ。
光のクリスタルコアが壊れた今、闇のクリスタルコアひとつだけでこの世界を支えている。
そしてマーテリアは言った。
貴方たちは光のクリスタルコアの輝きを自らに取り込むことが出来る。
それは失ったものを取り戻す力も秘めている。
例えば記憶、経験、意志…。
そんな輝きを多くの者が身に宿せば、光のクリスタルコアを復元することが出来るかもしれないと。
だからあたしたちは散らばってしまったその輝きを集めるために新たなる闇の世界へと赴くことになった。
「闇の世界に、輝きかあ…」
ひゅん…と風に揺れた落ち葉。
見上げた空は青い。光の世界と変わらない。
あたしは辿りついた闇の世界の景色を眺め、ぽつりと声を漏らした。
「不安ですか?」
すると、その顔を覗くように隣からそう聞かれる。
あたしは視線を落とし、声を掛けてくれたホープに向かい頷いた。
「そりゃまあ、どんなとこかわかんないし。飛空艇壊れるしモグ倒れちゃうし…」
「…こう言葉で並べてみると、確かに幸先は良くないですよね…」
ふたりでなんとなくため息をついた。
闇の世界に入った時、突然、飛空艇が大きな衝撃に襲われた。
落下は免れなくて、でもそんな状況の中でモーグリがあたしたちを地上へとワープさせて守ってくれた。おかげで全員、無傷で脱出成功。
ただその代わりに、モーグリはひとりだけ墜落した飛空艇の残骸の中に放り出されて…幸いだったのは気を失っているだけで命はあったことだろう。
だけどモーグリが気を失っている今、あたしたちは自分たちで考えこの見知らぬ世界歩かねばならなかった。
「んー…でも、なんだっけ。ダークイミテーション?」
「はい。闇のクリスタルコアが生んだ戦士って言ってましたね。僕たちの姿を映した、いわば鏡像だって」
「それが輝きを譲ってくれるんでしょ?」
「全員が全員もってるわけじゃないみたいですけどね」
この世界に来てまだそう時間は経っていないけど、辿りついてすぐ少しの進展はあった。
それはダークイミテーションという存在。
ダークイミテーションとは光と闇の均衡が崩れた異変を察した闇のクリスタルコアが生んだ闇の世界の戦士。あたしたちの姿を模した、声も姿も同じ鏡に映した様な存在。
彼らの中にはあたしたちの探す輝きを宿したものもいるのだとか。
ただ、彼らは虚ろな存在だから、悪しき心にも染まりやすい。
場合によっては突然襲い掛かってくるような事もあるかも。
だから各地のダークイミテーションたちに会い、話をし、場合によっては戦ったりして輝きを譲ってもらうこと、それが今のあたしたちの当面の目標だった。
「輝き、か…。手に入れたら、色々思い出すのかな」
己の掌を見つめ、ぽつっと呟く。
輝きには、失われたものが秘められている。
だから手に入れたら、何かの記憶が蘇るのかもしれない。
「思い出したいですか?」
そんなあたしを見て、ホープは首を傾げてくる。
あたしはホープに視線を向けると、うーん…と軽く唸った。
「どうかなあ。だって失ってるって言われても、よくわかんないし。実感ないもん。記憶が虫食いになってるってわけじゃないし。矛盾とかも無いからね」
「まあ、そうですよね。話した限りナマエさんと僕はそんなに記憶に差異も無さそうですし。というか僕らの世界ではセラさんだけ未来を知っているって感じですかね」
「うん。あとはみんなどっこいどっこいって感じ?ああ、でも…スコールたち見てるとやっぱ不安に感じることなのかなって。スコールやアーヴァインはわりと未来のことを覚えてて、でもゼルはあまり記憶がないみたいで。同じ世界から来た人が覚えてるのに自分だけ忘れてたとしたら、それは寂しく思うのかもね」
記憶に関しては、元の世界の仲間が記憶を持っていて自分が無いと言う事実に不安を覚えてる人たちもちらほらといる。
なにかとても大切な事を忘れてしまってるんじゃないか、ってね。
あたしの場合は、今ホープに話したことが本音だ。
…いや実際は、知ることに不安を覚えないと言ったら、嘘になるかもしれない…。
わからない不安じゃなくて、知る事に対しての不安。
ホープたちと出会ったあの世界は、あたしの世界じゃない。
あの世界に居場所のないあたしは旅の末に自分がどうなるのかという不安に駆られた。
でも、そんなあたしにホープは言ってくれた。
僕は自分からナマエさんの傍を離れていくことは無い、って。
その言葉はあたたかくて、優しくて。
それはあたしにとても穏やかな安心をくれた。
あたしは、ホープのことが好き。
でもね、それを言葉にすることはためらうんだ。
あたしたちはルシで、周りに頼らなきゃならない子供で…。
未来を自分達だけで掴むには、あまりに力が乏しい。
あたしは、どちらかの世界を選べるのかな。
いや、選択権なんて無いのかな。でもきっとそれを知る方法もなくて。
ホープと離れるのは?それは、考えただけで凄く寂しい。
もっともっと一緒にいたいって…それは心から思う。
けど、そんなに単純なものじゃない。
一緒にいたいだけじゃ、ダメなんだよね。
「…ナマエさん?」
顔を覗きこまれる。
優しい声で名前を呼んでくれる。
あたしより小さい、男の子。
この小さな背中に、あたしは何を背負わせるのだろう…。
「ううん…。色々、頑張らなきゃだなって」
あたしは笑みを浮かべた。
元の世界か、あの世界か。
ホープに向けた自分の気持ちは。
未来のあたしは、そのことに答えを出しているんだろうか。
知りたいようで、知るのが怖い。
自分勝手だなあ…なんて、ちょっと心で笑う。
何だか凄くモヤモヤする…。
もしかしたらそれは、あたしが記憶を失ってるから…なのかな。
「ナマエさん」
その時、そっと手を触れられた。
ハッと見れば、ホープが手を取ってくれていた。
「ホープ…」
「やっぱり、不安ですか?」
「うーん…そうだね。やっぱ色々思う事あるかも」
「そうですね…。でも、見知らぬ世界だって、僕はこの手を放しませんから」
「……ホープ」
優しい笑顔で、きゅっと握ってくれる小さな手。
手を離さない。
それはふたりの、おまじないのようなもの。
…曖昧、そんな言葉が心地いい。
ずるい。本当にずるい心。
でも、繋いだ手に強く思う。
放したくないなあ…って。
「あの…ナマエ、さん…?」
思わずぎゅっと握り返して、しばらくそのぬくもりに浸る。
なんだかいくらでも浸れる気がして、いや、感じていたくて。
何も言わずにずっと握りしめてたら、ホープが戸惑ったようにあたしのことを呼んだ。
その顔は、少し照れたようにちょっとだけ赤みを帯びてる。
それをみてあたしはふっと笑った。
「ふふ、ううん。そうだね!んじゃ、また一緒に頑張りますか!」
笑顔の中で、考える。
放したくないな。
浮かんだそれは、紛れもない本心だろう。
ねえ、あたしはこの手を掴んでいいのかな?
ずっと掴んでいられる?
未来のあたしは、どんな未来を選んだの?
そんな心を抱えながら、あたしは君と、闇の世界を歩く。
END