神の器
「あー、もう!!多いな!ホープ、これじゃキリないよ!」
「うん、ここは一度引いた方がいいかもしれない」
近づいてきたモンスターを魔法で撃退する。
そうしながらあたしはうんざりと息をついた。
ホープとふたりで歩いていた時、モンスターの大群に当たった。
一体一体はそこまで強いわけじゃないから、ふたりで協力しながら片付けていたけど…やっぱりちょっと数が多い。
これは一度引いて仲間に協力を仰いだほうがいいかもしれない。
ふたりでそう意見が一致したそんな時、事は起きた。
「そんな雑魚相手に何してるんだい?」
背後からした声。
それを聞いてぞくりとした。
だってそれは、会いたくもない敵の声。
バッと振り返る。
幼い容姿。
しかしそれに似つかわしくない表情、言動。
こんな時に…!
そこにいたのは、エルドナーシュだった。
「ど、どうして!」
「何?」
一体何をしに!
ホープがそう睨むと、エルドナーシュも冷たい視線を返してくる。
エルドナーシュは、共感できるところが何一つない相手だ。
それにエルドナーシュは、以前ホープの中にある異形の力に目を付けた。
だからホープとは絶対関わらせたくない奴なのに…。
余計に、この場から早く離れなければという気持ちが強くなる。
そんな時、エルドナーシュはにやりと笑みを浮かべた。
「こんなの、お前の中にある力を使えば楽勝じゃないか」
「何を…」
「ちょっとだけ遊ぼっか」
「うっ…」
「ッ、ホープ!!」
エルドナーシュはホープに向かい、何か禍々しい力を放った。
その瞬間、ホープの身体からバチバチと激しく強い力が溢れ出し、圧倒されて近づけなくなってしまう。
「ホープ…っ!!」
「この…力は…」
頭を押さえたホープ。
まるで溢れ出しそうな力に耐えるみたいに。
これ…この力は…!
それは知っている力。
でも呼び起こしたくない、そんな力。
これ…ブーニベルゼの…!
「ははは!委ねちゃいなよ!」
高らかにエルドナーシュの笑い声が響く。
その瞬間、ホープの手かずるりと、ブーニベルゼの武器…双神儀が現れる。
「こいつめ…っ」
ホープは溢れ出る力を抑えられず、そのまま双神儀を目の前のモンスターの大群にぶつけた。
抑えの利かぬ神の技は伊達じゃない。
その力は一瞬にして、モンスターたちを一掃してしまった。
「ふざけるなっ…!」
そして、解放したことにより少し力が収まったのだろう。
ホープはその力を一気に振り払った。
その隙を見て、あたしは急いでホープの傍に駆け寄った。
そしてもうこれ以上手出しをさせないために、エルドナーシュの頬すれすれにファイガを放った。
「次は当てるから」
「フン」
敵意をむき出し、じっと睨む。
当たってはいないけど、熱は感じただろう。
エルドナーシュはその頬にそっと指先で触れた。
そして、あたしを見て「ふうん…」と何か考えるような仕草を見せた。
「へえ…お前も、なかなかの魔力を持ってるんだね」
「……。」
あたしは何も答えなかった。
あたしの中にある魔力。
その力の由来は…ふたつある。
ひとつは、女神エトロの力。
もうひとつは、解放者が集めた輝力を聖樹を通して得た力。
あたしは、女神の恩恵を受けた。
そして、あたしかライトか、世界を循環させる為の女神をして据えさせるために…創造神に力を高められた。
記憶を取り戻したことにより、あたしの魔力も高まった。
エルドナーシュは、今それに気が付いたのだろう。
するとその時、小さな背中が視界に映った。
それはホープの背中だった。
あたしを守るように前に出た彼に、思わず驚いて小さく「えっ…」と声が出る。
「彼女に手を出すなら、容赦しない」
強く、どこか怒りも滲んだ声だった。
今、無理矢理力を引き出されて辛いはずなのに…。
あたしはそっと、ホープの肩に触れる。
するとホープもその手に手を重ねてくれた。
エルドナーシュはふっと笑った。
「別に、今お前たちをどうこうするつもりはないよ。今のはちょっとした冷やかしさ。じゃあね」
それだけ言い残すと、エルドナーシュはフッとその場から消えた。
気配は完全になくなった。
もう大丈夫だろう。
そう感じた瞬間、ホープは「うっ…」と、また頭を押さえた。
「ホープ、大丈夫…!?」
「平気…ごめん…。ナマエこそ大丈夫…?」
「あたしは何にもされてないじゃん!」
「うん…そっか、よかった」
支えた手の中で、ホープはそう微笑んだ。
そして「もう大丈夫だから」と体制を整えてそっと手を離した。
「…あはは、それにしても、ナマエ格好よかったね。次は当てるって。あんなスレスレに炎撃って牽制するなんて」
「お褒めいただきどーも。あー…でも本当びっくりした…」
「うん、ごめん」
「別にホープが謝る事じゃないでしょ。君は何も悪くないんだから。でも、早く戻ろう。で、ゆっくり休んで」
「別に平気だよ。でも、そうだね。戻ろう。エルドナーシュがいたこと、皆にも報告したいし」
幸か不幸か、辺りのモンスターも一掃出来た。
あれだけいたけど、もう湧いて出てくる気配も無いし…。
ふたりで意見一致。
あたしたちは早々に飛空艇に戻ることにした。
「はーあ…なんかとんだ散歩になっちゃったね」
「はは…そうだね」
最初はちょっと景色も綺麗だし、のんびり散歩しようよって感じだったんだけど。
のんびりとはかけ離れたドエライ騒ぎになってしまったわ…。
それに…。
あたしはちらっと、隣を歩くホープを見る。
別にホープには何の非もない。
でも、ブーニベルゼの力をエルドナーシュの思惑通りに無理矢理引き出されて…。
そんなもの気分がいいわけないし、どこか少し気落ちしているようにも見えた。
「ホープ」
「えっ?」
あたしはホープの肩に触れ、引き留めるように足を止めた。
何、とホープは振り向こうとする。
でもその前にあたしの方から距離を詰めて、そっと耳元でささやく。
「彼女に手を出すなら…って、嬉しかったよ」
「え…」
さっき、あたしのこと格好良かったって言ってくれたし、お返し。
でも、本当に思ったこと。
あの時前に出てくれて、庇ってくれた。
今苦しいのはホープなんだから、守られてくれてていいのに…って思った。
だけど、嬉しかったのも本当だから。
「はは…改めて思い出すと、ちょっと恥ずかしいな」
自分の言った言葉なのに、ホープは照れくさそうに笑う。
でもその顔は、どことなく嬉しそうだった。
END