君がいれば幸せ
「あちらは道が途切れていた。迂回した方がいいだろう」
「では、そのように記録しておきます」
背中の翼を使い、先の様子を見てきてくれたリュド。
彼の報告を聞き、それを記録してくれるシェルク。
このふたりの連携はこの旅においてかなり有益なものとなっている。
あたしたちにとってはもうすっかり見慣れた光景ではあるけれど…。
光の戦士の彼は、そんなふたりの様子をじっと見ていた。
「何か気になってることでも?」
「こちらへ渡ってきて驚いた…皆、それぞれに役割があるのだな」
エナ・クロが尋ねると彼はそう答えた。
「エドガーだけでなくギルバートやケット・シーが作戦を立てていたり、リュドやシェルクは偵察部隊として動いていると聞いた」
「仲間が多いからな。効率よく動くため、リーダーが考えたようだ。私は世界の事をいち早く知れたり、翼をいかすことのできるこの役割が好きだ」
「私も皆さんを助けることが出来るなら…データの処理は得意分野ですし」
リュドやシェルクも今の自分の役割を気に入っているという。
それぞれに得意な分野がある。
オニオンナイトくんは、そういう人の能力を見て、それをどう活かすか、そういうのを見極めるのにとても秀でた子だと思う。
よく人を見て、適材適所を上手く見つける。
それは人をまとめるリーダーとして、相応しい能力だろう。
でも、それを聞いて光の彼は?
「新しいリーダーが決まったのだから、私も新たな役割を得られないだろうか」
「「「!」」」
そんな彼の言葉に、あたしとホープ、エースはビクリと反応した。
今の面子で、彼がリーダーだった時のことを知っているのはあたしたち3人だけだ。
そして3人とも、同じことを思ったはず。
新しいリーダーっていうか…それは。
「ふ、ふたりいてもいいと思いますけど…!ひとりで纏めるのは大変ですから」
「う、うん、そーだよ!別に新しいとか、ひとりじゃなくてもいいと思うけどな」
だから、ホープと一緒にふたりでそう言葉を挟んだ。
うん、ふたりいたっていいじゃない、リーダー。
ていうかそれがベストな気があたしはするんだけど…。
だってふたりとも、リーダーの器だと思うし。
だけど、彼は首を横に振った。
「仲間の特性を見抜くことについては彼の方が優れている。それに…皆と再会して、多くの言葉を受け取った。だから今後はその信頼に応えたい」
「…そんな風に考えていたんだな」
エースが少し納得したように頷く。
つまり、彼の方が適しているからリーダーの役目を譲る…と言うわけではなく、自分が最も活かせる役割を探してみたいて感じなのかな…?
オニオンナイトくんがまとめ役にいる今、そういう選択肢もあるということ…。
「以前と異なる選択肢が生まれると、戸惑ってしまうものなのに…前向きなんですね」
「いいじゃない!ガーランドって人と違って戦うだけが趣味なんじゃないんだもの。世界も変化しちゃったことだし、好きなことを探してみたら?」
シェルクやエナ・クロはいいんじゃないかと賛成を示す。
というより、その想いを聞いて反対などするわけがなかった。
そうすると、彼に適した事、彼がやってみたいと感じる事ってなんだろう?
ちょっとしたヒント、考えのきっかけになればいいと、少し考えてみる。
すると、アーシュラがおずっと口を開いた。
「あ…戦いに繋がることはいけませんか?実は以前より手合わせをお願いしたかったのですが…」
「あ、なるほど。鍛錬かあ。そういうのもいいよね」
「ええ。後進の育成は重要ですよね。経験豊富な戦士の助けが必要だと思います」
あたしとホープはそのアーシュラの意見に頷いた。
…ていうか、ホープの言葉選び凄いな。
後進の育成。意見に肉付けして、もうそれでばっちり役割になったというか。
「ああ、ヤンを驚かそう」
彼はそう言ってアーシュラに微笑む。
するとアーシュラも嬉しそうに笑った。
でも別に、やりたいことってひとつである必要はないよね。
「私からもいいだろうか?元の世界での旅について聞きたいんだ。見聞きしたもの、経験したこと、食べてきたもの…なんだって構わない」
「そういう事なら僕だけじゃなく、0組の皆も興味を持つと思う。僕たちもみんなと出会って、生きてきた世界の狭さを知ったんだ。だからこれからはあなたと一緒にやりたいことを探してみたい」
「同じ目標の同志がいるとは、心強いな」
リュドが話を聞きたいと頼めば、エースも頷く。
そして彼もまた、求める。
「君たちも…聞かせてくれないか。世界のことや、夢のことを」
それを聞き、何か意味深に「ふうん…」と微笑むエナ・クロ。
気付いた彼は不思議そうにエナ・クロを見る。
「あのふたりの想いがわかったような気がするの。世界を察する力を託したのは…貴女を通して、皆の本当の願いを知りたかったのかもしれないわね」
あのふたり…。
それはすなわち、マーテリアとスピリタスのこと。
同じ神様たるエナ・クロがそう思うのなら、ふたりはそう願ったのだろうか。
そうして、また歩みは続く。
あたしはホープと並んで歩き、少し続きを話していた。
「本当の願い、かあ。まあ最初は記憶を消すとかだったわけだもんね」
「悲しみを何もかも忘れて、良い記憶だけ残す…それは人の望む幸せではないからね。その道を歩んだからこそいる今の自分っていうのもあるから」
「うん、今のマーテリアとスピリタスはもうわかってくれてるけど」
「そうだね。だからこそ、ちゃんと理解しようとしてくれてる」
「…ブーニベルゼに爪の垢煎じて飲ませたいわー」
「ははは…」
ホープが乾いたように笑った。
神様がそれを考えて、理解してくれようとする。
ブーニベルゼのことがあるから余計にかもだけど、いや、相手が人であっても自分のことを考えてくれるというのは嬉しいものだろう。
でも、願い…かあ。
「ホープはさ、願いってある?」
「えっ、急に言われると難しいなそれ…」
「だよね。あたしもそう思う」
今、願うこと。
考えてみると、あえていうのは難しい。
「うーん、どうだろう。まあ、パッと思いつくのだと、ナマエやライトさん、皆が無事でいてくれること、かな」
「わあお。いい子ちゃん回答だ」
「ええ…。じゃあ、そういうナマエは?」
「うーん、…幸せになれますように?」
「それ、花火に願ったやつだろ」
「へへへ!」
へらっと笑う。
遠い昔、ボーダムの願いの叶う伝説の花火に願ったこと。
まあ願ったって言うか、せっかくなら何かって考えた結果、思いつかなくて適当に言ったやつ。
でも、それって真理だよね。
「でも結局、世界が終わったあの日も願ったことだから、間違ったこと言ってないよ」
「ああ…女神エトロの褒美、ひとつだけ願いを叶えること…ナマエはそう願ったんだっけ」
「うん」
女神エトロ。
あの世界にあたしを呼んだ女神は、あたしの心が満たされた時、ひとつの願いを叶えることを約束していた。
本来それは、元の世界に帰るための手段としてだった。
でも、あたしはそれを選ばなかった。
「まあ、君がいてくれたら、あたしは何でもいいのかもね」
「え…」
ホープが目を丸くした。
あたしはそれを見てくすっと笑う。
するとホープは頭を抱えるように目元を押さえ、はあ…と息をついた。
「え、何その反応」
「…ちょっと、不意打ち喰らった…」
「え?」
「…あんまり可愛いこと言わないでよ、もう」
「へ」
か、可愛い…?
それは予想外の反応。
いやだって、なんとなく言ってみただけだったから…。
って言ってもそりゃ本心だけどさ…。
ホープはまた、はあ、と息を吐く。
そして顔を上げた。
「…ナマエを、幸せにする」
「え?」
「神様じゃなくて、それは僕の役目だって…そう思ってるよ」
「……。」
ホープはそう言うと、話を変えるように「行こう」と歩き出した。
あたしも「うん」と頷き、歩みを再開する。
…照れ臭いこと言ってるのはお互い様だと思うけど。
大きいこと、小さいこと。
願いというのは、きっといくつもあるものだ。
だけど、ホープがいてくれることが自分の幸せ。
それは紛れもない、あたしの本音だ。
END