君への恩返し
「やっと見つけた」
夜の飛空艇の甲板。
風に当たって空を見上げていると声がした。
振り返る。
するとそこにいた、ひとりの子供のシルエット。
あたしは彼に怒っていた。
でも、今そこにいた彼。
月明かりに照らされてみたその表情は、ずっと焦って思いつめていたものとは違う…すっきりと、穏やかなものをしていた。
「…なんか、吹っ切れた?」
「あはは…わかるかな」
声を掛けると、彼…ホープは小さく笑いながら近づいてきた。
甲板の端。
手を置いて、景色を見渡せる場所。
ホープはあたしの隣に立った。
「風、結構冷たいね。ナマエ、寒くない?大丈夫?」
「全然。ちょっと寒いくらいがちょうどいいよ」
「そっか」
少しだけ、冷えていたかな。
でも、それも心地いい。
軽く笑えば、ホープはその顔をじっと見てる。
何、と軽く首を傾けると、ホープは「いや…」と緩やかに首を横に振った。
「…言われた通りだなって思って」
「言われた?」
「…うん。ナマエも、ライトさんも…前を向いて進むときの方が、ずっと笑ってくれるんだよね」
「…もしかして、マキナ?」
マキナ。
その名前を出すと、ホープは頷いた。
あたしやライト、セラは何かと無茶をするホープとスノウに困り果てていた。
そのことを通りかかったマキナに相談すると、彼は話を聞けないかちょっとやってみるよと言ってくれた。
そして今、ホープの表情は穏やかになっている。
つまり、マキナが上手く話を聞いてくれたんだろうなと。
「一緒に探索しながら、色々と話をして…気持ちの整理、ちょっと出来た気がするんだ」
「うん」
「そしたら…ナマエと話したくなった」
「……。」
「だから、付き合ってくれる?」
だから探してたんだ、って。
そう真っ直ぐに見つめられた。
まあ、そう言われて断る理由はあたしにはない。
「いいですよー」
だからあたしは笑って頷いた。
するとホープも柔らかく顔を綻ばせる。
そしてこの夜、あたしはホープと、色んな胸の内を話した。
「皆の信じる自分を信じればいい…そうありたいって、マキナくんは言ってたんだ」
「ふうん…それは、あたしたちの話と似てるね」
「うん。信じたことを本当にしていけばいい…僕たちはそう思って戦ってきた。けど、そう信じてくれたナマエたちを裏切ったから…どう償えばいいかわからなくて」
「まずその償うってのが違うんだけどね」
「はは…うん、わかってる。贖罪は、誰も望んではいない。でも、返したいっていう気持ちはあるんだ。それで、良い考え方を教えてもらったんだよ」
「良い考え方?」
「うん。恩返しって、考え方」
そう言ってホープはにこりと笑った。
…恩返し。
そのワードは発想になくて、少しきょとんとする。
そんなあたしを見てホープは軽く笑いつつ、話を続けた。
「ライトさんもヴァニラさんも…勿論、ナマエも。謝ったところで全然喜んではくれないよね。世界のために戦った人には、世界を守ることが恩返しになる。僕もかつては、そう考えて行動したことがあった」
「アカデミーのこと?」
「うん。とはいえ、あの時は贖罪のつもりだったんだけど…。ライトさん、ヴァニラさん、ファングさん…3人を失った償いをしたくて。でも3人とも、そんな想いなんて望んでなかったよね」
「まあ、そうだろうね。でも、ファルシに頼らず科学の力でっていうのは、良い考えだったと思うよ。その考え方は、支えたいって心から思ってたから」
「…うん」
「迷ったっていい、悩んだっていい。でも、ちゃんとこっちを見て」
そう言いながら、ホープの肩に手を置く。
…今は、自分よりも低い、彼の肩。
だけど想いは、何ひとつ変わらない。
出会った頃…この背丈の時も。
つま先立ちして近づいた、大人の時も。
異世界にいる、今だって。
するとホープは、自分の肩に置かれたあたしの手に上から触れた。
「そうだよね、僕はちゃんと…知ってたんだ。前を向いて進もうとするとき、ナマエは絶対に味方でいてくれる…。僕のこと、信じてくれるって」
そう言いながら、そっとあたしの手を肩から外す。
そして、掴んだまま互いの目の前まで持ってきて、そして今度はぎゅっと…その手を両手で包まれた。
「だから、恩返しをさせて。僕は貴女に沢山守られて、助けられたから」
「…別にそれ、一方通行じゃないんでしょ?あたしだってホープに沢山守られて、助けられてるよ」
「ふふ…、そうだけど、でも、少しはさせてよ。ブーニベルゼを感じた時、もっとナマエに話せばよかったって、反省してるんだ。ひとりで抱え込まないで、貴女に打ち明ければよかった」
「……。」
「僕は手を離してしまったのに、ナマエはずっと…手を伸ばし続けてくれただろ。その恩返し」
「ふうん…」
今、ホープの両手に包まれている手を見つめる。
恩返し…。
なんだかくすぐったい言葉だ。
「世界の闇の消え残りを見つけて…マキナくんやスノウ、皆と払った。今より良くしていける事、出来ることをやりたかったから、皆さんの守った世界を守りたいって。それが僕たちの出来る恩返しだって、スノウと話してた」
「真面目だねえ…」
「はは…そうかな。でも、ナマエには特別。もう少し何か、僕だけが出来る事、考えたくて」
別に、そんなこといいのにって思う。
でも、焦ってた時とは違う。
今のホープは、穏やかな顔で…そんな風に言うから。
「…じゃあ、わがままひとつ聞いてくれる?」
「わがまま?うん、僕に出来ることなら聞くよ」
「…じゃ、抱きしめてください」
「えっ?」
手を広げてそう言うと、ホープは目を丸くした。
…あたし自身、何言ってるのかなとは…思う。
いや、でも真面目に。
だって今、そうして欲しいって思ってしまったから。
「ちゃんと傍にいるって教えて」
「…ナマエ」
「傍にいてくれるって」
ブーニベルゼから解放された時、傍に戻れたことが嬉しいって、ホープは言ってくれた。
だけどそれはあたしだって、思ってたこと。
あの瞬間、きつく抱きしめた。
傍にいる。
それを何度だって確かめたかったから。
「ねえ、いつかホープ、あたしのことひとりにしないって…抱きしめてくれたの覚えてる?」
「えっ?」
「あたしが望むなら、傍を離れないって」
「…ナマエがはじめて、ディアボロスを召喚した時…」
遠い過去。
まだルシだった時の話。
初めてディアボロスと出会った日、ホープはあたしの不安に寄り添って、抱きしめてくれた。
「…あれ、実は結構、特別な思い出なんだ。…すごく、ほっとした。抱きしめてくれた時、ああ…あたし、ひとりじゃないんだなって、本当に実感したの」
「…ナマエ」
「だからまた、教えて」
もっともっと…今、また。
それを実感したいって。
「…そんなこと、いくらだって」
ホープは包み込んでいた手を離す。
そしてその手を今度はあたしの背に回し、きゅっと抱きしめてくれた。
「…あの時は、背中からだったけど…そっちの方がよかった?」
「ううん…こっちでいい。ふふ…あっちも好きだけどね」
「…思い出すと、物凄く恥ずかしいけど。あの時は本当にいっぱいいっぱいだったし」
「うん、それはなんとなくわかったよ」
「…忘れて欲しいんだけど」
「絶対嫌」
くすくすと笑うと耳元でため息が聞こえた。
確かにあの時は、いっぱいいっぱいそうだった。
でも、そんな必死さが…嬉しかったなって。
「…ナマエ」
「…うん?」
「ありがとう」
そして、耳元で聞こえた囁き。
それを聞いて、あたしも、同じように抱きしめ返した。
END