描いていた未来
「私がジェクトを恨んでいるって…なぜ、そんなことを?」
ブラスカさんは不思議そうに聞き返した。
ジェクトさんが口にした…ブラスカさんが自分を恨んでいるのではないかという不安。
「決まってるじゃねえか…お前からユウナちゃんを奪ったからだよ…!それに俺がシンになっちまったこともだ…。俺が弱かったせいで、繰り返しちまった…究極召喚のあとシンにならないよう踏ん張っときゃ、あいつらに迷惑かけることも…」
ひとつ零したことによって、どんどんと押し出されるように言葉にされる。
ブラスカさんからユウナを奪ったって…究極召喚を止めて、帰っていたらってこと?
それに、シンになったこと…。
そこはやっぱりジェクトさんにとって大きな後悔なのだろう。
でも、ティーダもユウナも、それを迷惑だなんて思ってない。
「少し待つんだ」
ブラスカさんはジェクトさんの溢れ出る後悔を一度止めるように言葉をはさんだ。
そしてやれやれと小さく首を振る。
「まったく…ジェクトは不器用だな。なんでもかんでも自分で抱え込もうとする」
「なっ…!おめえだってそうじゃねえか!一度決めたら譲らねえ頑固者のくせに!」
「その通りだ。だが、みな守りたいものがあったから決心したんじゃないか」
言い返したジェクトさん。
でもブラスカさんは、それを認めて、受け止める。
そう…。確かに、そう思う。
皆、ここにいる人たちは不器用で、頑固だ。
こうと決めたら、絶対に譲らない…。
でもそれは同時に、貫き通す強さでもある。
守りたいものの為に突き進むことが出来る、そういう人たちなんだよね。
そしてブラスカさんは、諭すようにジェクトさんに語りかけた。
「…なあ、ジェクト。昔の自分を否定してやるな。過去なくして未来はないんだ…我々はやりきったじゃないか。ナマエの笑顔と想いを抱いて、お前とアーロン、私以外では成せなかった。誰が欠けても、ユウナたちに繋げることは出来なかったんだ」
エボン=ドームで見た過去…。
そこでブラスカさんは、言ってくれていた。
《ナマエはいつも笑っていただろう。ナマエの様に皆が笑える世界。そんなスピラを作るんだ》って。
それを聞いたとき、そんな風に思ってくれていたんだなって…そう思った。
あたしがスピラの人間じゃないと信じてくれたブラスカさんは、シンがいない世界の事…いっぱい聞いてくれた。
シンを知らない笑顔…そう、笑えるようにって。
あたしのこと、覚えて進んでくれたんだ…って、そう感じた。
「ジェクト…未来に未練があるんじゃないのか」
そして、アーロンがジェクトさんに尋ねた。
未来に未練…。
ジェクトさんは祈り子になる直前、夢を語っていた。
ザナルカンドにいる息子に、てっぺんからの眺めを見せてやりたい。
そんな夢を聞けば、わかる。
ジェクトさんの中には、思い描く未来の形があったんだろうって。
「ジェクトさん…聞かせてください。聞いてみたいです。ジェクトさんの見た未来」
「言ってみるんだ。あの時、どんな未来を描いていたのか。今なら、叶えられるのだから」
あたしも聞きたいと頼んだ。
そしてブラスカさんも頷いてくれて、皆でジェクトさんを見る。
するとジェクトさんは、ぽつりぽつりと、思い描いた未来について教えてくれた。
「…俺は、ただ…今までみたいにやりたかった。人助けして、くらだねえこと話して、女房や息子の事だって紹介したかった。ナマエちゃんのことも探してよ…、そして叶うならお前らと…旅の続きをしていたかった…!」
紡がれる言葉に、思い起こされる。
勿論、大変なこともたくさんあった。
だけどそれ以上に、心に残るのはあたたかい思い出だ。
思い出すあの時間は、尊い。
夢にも、見たよ。
振り返って、また触れたいって…素直にそう感じることが出来る時間。
「ジェクトさん…」
「そうだな…俺もそうだった」
あたしがジェクトさんの名前を口にすると、隣でアーロンが頷いた。
あの旅の続き…。
それはここにいる誰もが夢見た物語。
全員そう思ってるって、わかった。
「ああ。あの時は叶えられなかったな。だがもう望んでも構わないはずだ。私とて同じ思いさ…だからこれからは旅の続きをしよう。あの時出来なかったことを全て、この旅で叶えていくんだ」
ブラスカさんはそうジェクトさんの肩を叩いた。
誰も何も恨んでいない。
もう、縛るものもない。
今ここにあるのは、再会出来た喜びだけだ。
「へへっ…すげえな。さっきからずっと、夢よりとんでもねえことばっか起こりやがる」
吐き出したことで、やっとジェクトさんの表情にも柔らかさが戻った。
夢よりとんでもないこと…。
うん、そうだ。
目の前にある現実は、夢見た以上に凄いことばかり。
「今更馬鹿げたことを…ずっと前からそう思っていただろう」
アーロンがふっと笑った。
確かに、今更と言えば今更かな。
この世界に来てからは、もう何度も奇跡のような体験をしている。
そしてアーロンはポンとあたしの頭に触れた。
見上げるとそこにはサングラスの奥に優しい瞳があった。
「いつだったか、この世界に来てから、こいつが言ってな」
「アーロン?」
「どうせだったら全力で、目一杯楽しむ、だったな?」
「うん!」
いつか、言ったこと。
この世界では色んな事が起こる。
先の事はわからないけれど、でも、それを不安がるより、今を楽しむ方がきっといい。
その方が、ずっとずっと有意義だと思うから。
話したこと、アーロンはちゃんと覚えてくれている。
そして、その考え方は今も変わっていない。
「ったく、前向きなお嬢さんだぜ」
「ははは、そうだな。あの旅をしていた頃から、感心していたよ」
ジェクトさんとブラスカさんも笑みを零す。
それを見て、共感してくれているのはわかる。
それに、空気が軽くなったのを感じた。
「君たちには、ずっと背負わせてしまったな。けれど、もういいんだ。夢ではない…本当のこれからが始まるのだから」
ブラスカさんの言葉にアーロンもジェクトさんも頷く。
夢じゃない。
これから、あの日の続きがはじまっていく。
笑って旅がしたい。
今、改めて、それを強く思っていた。
END