拭いきれない後悔
散策していたビサイド村の地形。
しばらくすると、ふとジェクトさんがその足を止める。
少し前を歩いていたあたしとアーロンもそれに気が付いて振り向いた。
「ジェクトさん?」
「どうした、何かあったか」
「いや、こうしてお前らと歩いてたらよ、昔の事を思い出しちまった」
そう言って小さく笑うジェクトさん。
その笑みにあたしとアーロンは顔を合わせた。
そしてその記憶は、あの旅のはじまりの日にまで遡った。
「アーロンよお、確かべベルの牢屋で会ったとき、すげえ威嚇してきたよな」
「ああ、そういえばジェクトさん、ベベルで捕まったって言ってましたよね。アーロン、ガードになるの反対したんでしょ?」
「こいつが手の付けられない不審人物だったからだ。そんなのをブラスカに近づけるわけにはいかない」
あたしが旅に加えてもらったのは、ベベルを出発して少し経ってから。
だからその辺りの話はあたしは知りえないところなんだけど。
でも、アーロンからもジェクトさんからも、それにブラスカさんからも聞いた事があるから何があったかは知ってる。
三者三様。
三人の視点から色々教えてもらったのはちょっと面白かったな。
アーロンとジェクトさんからはほとんど互いの愚痴だったけどね。
《あいつは最初から失礼極まりなくてな…。第一声が誰だおめえだぞ?まったくブラスカ様に向かって…そんな奴があるか?》
《ナマエちゃん、聞いてくれよ。あいつよ、俺の事こんな奴って言いやがったんだぜ?どういう意味だってんだよなあ、ったく》
思い出されたそれぞれの愚痴。
あたしはその両方に笑って…。
思い出したら、今もふっと笑ってしまった。
「何を笑ってるんだ」
「ううん、ちょっと思い出し笑い」
アーロンに指摘されて、軽く首を振った。
そしてそんな話をしていれば、自然と思い出される人物がいる…。
「へへっ、ブラスカか…あいつには本当に世話になったよな。スピラに迷い込んで、ベベルでとっ捕まってた俺を助けて…認めてくれたんだ。一番に向き合ってくれたのは、あいつだったもんな」
「ああ…それ、凄くわかります。あたしがスピラの人間じゃないって一番最初に信じてくれたのも、ブラスカさんだったなあ…」
ジェクトさんの話を聞いて、あたしもはじめてスピラに来てしまった日の事を思い出した。
状況がわからなくて戸惑うあたしに誰より優しく声を掛けてくれて、うんうんって頷きながら話をしっかり聞いてくれて…。
そして嘘をついているようには見えないって、一番に信じてくれた。
自分でも到底信じられないような話をしてる自覚はあったから、信じてもらえてビックリしたのは覚えてる。
でも、嘘じゃなかったから、凄く安心して、嬉しくて。
そんなことを零すと「そっか」とジェクトさんも頷いてくれる。
「出世の道を外れた俺をガードに選ぶ。…そういう奴だ」
そして、会話を聞いていたアーロンもそう言った。
うん。皆が触れて、知っている。
ブラスカさんと言う人が、どんなに優しく、あたたかい人か。
「ははっ、あれはつらい旅だったけどよ、ブラスカに会えたことだけは幸運だったな」
ジェクトさんは懐かしみ、その出会いを噛み占めた。
でもそうすると同時に、またひとつ…悔いがしみてくる。
「ブラスカに…ありがとうって言や良かったな。あの時はそこまで頭が回らなくてよ。馬鹿だぜ、本当に…」
今だからこそ、染みて来る後悔。
…ザナルカンドの、あの瞬間。
ジェクトさんは俯いた。
すると、それを見たアーロンもまた、ジェクトさんに詫びる。
「お前たちを犠牲にして、すまなかった…」
「あ?なんだよ、いきなり」
「アーロン…?」
ジェクトさんは顔を上げる。
あたしも隣からアーロンを見上げた。
「それだけじゃない。究極召喚に賭けたのに、俺は…何も解決できなかった。許してくれ…!」
アーロンは頭を下げた。
声も、本当に申し訳なさそうで、辛そうで…。
そんな風にされれば、ジェクトさんも狼狽える。
「へっ、やめろって!そんなこと言ったら俺も…究極召喚のあとでシンになっちまったことを謝らなきゃならねえだろうが」
「馬鹿言うな。それはティーダもユウナもすでに受け入れていることだろう」
謝り合って、否定し合う。
どちらとも、ううん。誰も責めるような気持ちなんて持っていない。
でも、後悔が強すぎて、己の気が済まない。
アーロン…ぐっと、痛いくらいに手を握りしめてる。
あたしはそっと、アーロンの腕に手を伸ばした。
「アーロン…」
「ナマエ…すまん」
「えっ…?」
なんで、謝って…。
そう思った時、触れた手に手を重ねられた。
そしてそのまま強く握られる。
その顔を見ると、アーロンもこちらを見ていた。
「お前には俯くなと言うのにな…」
「アーロン…」
「いや…お前と話して、少し考え方を変えられたのは確かなんだ」
アーロンは緩やかに首を振った。
ザナルカンドで気落ちしていたアーロンに、あたしはたくさん気持ちを伝えた。
傍にいたいこと、力になりたいこと。
未来を託した人たちは、ちゃんと自分の足で立っていること。
そんな未来が拓けたのは、アーロンたちの選択があったから。
だからあの過去は、絶対に無駄なんかじゃない。
懸命に駆け抜けた貴方は、強くて格好いいんだよって。
簡単には割り切れないって言ってたけど、でも、アーロンだって…無駄じゃなかったって、わかったはずなんだ。
握った手から、その気持ちをもう一度思い起こすよう。
そうしてアーロンはジェクトさんに言った。
「…ようやく、考えられるようになってきたんだ。お前たちは決して、無駄死にじゃなかったと…!」
それを聞き、ジェクトさんは目を伏せる。
…ジェクトさんだって、同じだ。
ジェクトさんがシンになったからこそ、掴めた可能性があった。
あの選択は無駄じゃなかったって、ちゃんと。
でも、ジェクトさんは首を横に振った。
「…俺だってそう思ってたさ。けどな、この村が現れちまった。未練に向き合うってのは、やらかしたことを直視することだろうが」
「それは…!その通りだ…」
「ブラスカがいりゃ、なんて言ったろうな。もう一度だけ、あいつに会えたら…」
「ああ…。だが、考えたところで…」
ふたりの空気が重くなる。
そんなふたりに、あたしはなんて声を掛けていいかわからなくなってしまった。
そんなに自分の事を責めないで欲しいのに…。
ブラスカさんの、気持ちは…。
そうして、しばらく沈黙が流れる。
でも、そんな中でふと、ジェクトさんがはっとしたように遠くを見た。
「ジェクトさん?」
「どうした?」
「今、そこにブラスカがいたような…」
尋ねたあたしたちにそう答えたジェクトさん。
え、ブラスカさん…!?
驚いた。
でも、こちらが反応するより先に、ジェクトさんは駆け出して行ってしまう。
「あっ、ジェクトさん!」
「おい!待て、ジェクト!」
あたしとアーロンも慌てて追いかけた。
そうして走りながら、考えた。
ブラスカさんがここに?
まさか、本当に?
追いかけるジェクトさんの先には、誰も見えない。
でも、本当にいたとしたら…。
ブラスカさんと話せたらなら…。
叶う事なのか、わからない。
だけど、辛い顔してるのは…見たくないよ。
何か、手伝いたい。
そう願う心は本当だった。
END