▼ 強がりの君
「あ、強がりのホープくん」
見張り番の中、背後に聞こえた足音に振り返るとそこにいた男の子。
あたしがそんな風に口にすれば、彼は小さく苦笑いを浮かべた。
「なんですか、それ」
ゆっくり、こちらに歩み寄ってくる。
あたしはパシパシと自分の座る隣を軽く叩いた。
多分向かい側にでも行こうとしていたのだろう。
だからそれを見て彼は目を丸くする。
だけどあたしがニッコリ微笑んで見せれば、素直にそのままあたしの隣へ、彼、ホープは腰を下ろした。
「どした。眠れない?」
「うーん…寝てたんですけど、目が覚めて」
「そう。まあ今日は色々あったしゆっくりしときな。疲れたでしょ?」
「はい。少ししたら戻ります」
ホープは頷いた。
今日、ホープは食料集めをしている時に急に倒れてしまった。
グラン=パルスを歩いてもうどれくらいになったのか。それなのに一向に見つかる事のないルシの手掛かり。そこからくるストレスに烙印が反応してしまったのだ。
そして揺れた心に召喚獣アレキサンダーが現れて…ホープに襲い掛かってきた。
しかし彼は見事にそれに応えて従えてみせた。
思い出すだけでホープにとってはハードな一日だった事だろう。
「まあ、今日は本当良く頑張ったよ。えらいえらい。お姉ちゃんが褒めてあげるわ」
「え、ちょっ、わっ…」
ホープの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃとその柔らかい髪を撫でまわす。
ふざけて雑にやるもんだから「ちょ、やめてくださいっ」なんてすぐさま逃げられてしまったけど。
「もう…なにするんですか」
「なでなで」
「いや、そうじゃなくて…。はあ、もういいです」
「ふふっ。でもあんたさ、本当逞しくなったよね。出会った頃なんてとんだ甘えん坊がいると思ったけど」
「…それ、褒められてると受け取っていいんですかね」
「うん。さっきからずーっとあたしは君を褒めてるよー」
正直情けないという言葉がしっくりきてしまうあの頃の姿思い出し、あたしはケラケラと笑う。
ホープはぼさぼさにされた髪を直しながら何とも言えない顔をしていたけれど。
だけど、褒めているというか、感心しているのは事実だった。
「でも本当さ、強くなったよ」
「え?」
「あんたの言葉とかに、結構励まされてること多いもん。ここ最近さ」
「……。」
急に真面目に褒められたからか、ホープは軽くあたしから視線を外して目の前の焚き火に向けた。
そしてそのまま、揺らめく炎を見つめたままに小さく言った。
「なんか、意外です。ナマエさんが僕のことをそんな風に言うなんて」
「そう?」
「だって、烙印の進行も…そんなに進んでないでしょう?」
「ん〜?まあホープよりは…でも今日ちょっと進んだよ」
「えっ、今日?」
今日ルシの烙印が進んだと言えば、ホープは驚いた顔をした。
だから「ほれ」なんて烙印のある腕を差し出してみせてみれば、彼は目を見開いた。
あたしはそんな彼の反応を見て小さく笑い、そしてぽつりと語りかけた。
「今日さ、結構ビックリしたのね」
「え?」
「ホープが倒れた事。で、ルシの烙印が結構進行しちゃってたこと」
「え…」
それを聞いたホープは烙印からぱっとあたしの顔を見上げた。
あたしはホープを見て話してたから、すると視線がぶつかり合う。
あたしはふっと笑みを浮かべた。
「言ったでしょ。結構励まされてんの。頼りにしてんのよ、あんたのこと。…って実はホープが倒れてそこで初めて色々自覚したんだけどね」
「……。」
「だから、無理に強がらなくていいよ。甘えたい時は甘えとけ。無理に背伸びなんてしなくていいから」
そう、別に無理して虚勢を張る必要はないのだ。
一番年下だし、焦る気持ちもあるのだろうけど…。
だけどここ最近、ホープの言葉には皆ハッとさせられているのだ。
そして、勇気づけられている。
あたしも。
…ルシの烙印が進行してしまうくらいには。
「あんたにいなくなられるとあたしが困る。ホープが無理をしなければあたしの烙印の進行確実に遅れるわけ。だから頼むよ〜、ね!」
「…わかりました」
「よし。ふふ、こりゃ安泰だね〜。まあ、この烙印がなんとかなるまで傍にいてちょーだいな」
ホープが頷いたのを見て、あたしはまたへらっと笑った。
さて。
そろそろあたしの見張りの時間は終わりだろうか。
そう思いながら腕時計に目をやる。
あれだけハードな旅の中で未だちゃんと動いてくれているこの時計には感謝である。
そんなことを思い時間を読もうとすると、時計のすぐ下あたりをきゅっと人の手に掴まれた。
誰の手だってそんなことは考えるまでも無くわかる。ホープだ。
あたしは急に腕を掴んできた彼の顔に目を向けた。
「ホー、」
「ルシの間だけですか」
「…へ?」
名前を呼ぼうとしたら遮られた。
そしてその顔を見てみれば…なんだか赤みを帯びているような。
そんな顔は予想外で、つい困惑して頭が回ってなかった。
だけどそんなあたしを置いたまま、ホープは言葉を続けた。
「…ルシじゃなくなっても…。そうしたら、僕…またちょっと頑張れる気がします…」
「!」
だんだん弱々しくなる声。
だけどちゃんと聞き取れた。
そして、その言葉の意味がわかった。
ぶっちゃけそんなに鈍感ではないつもりです、あたし。
ずいっと顔を覗きこんで見れば、ホープはビクリとちょっと肩を跳ねさせた。
「なーにそれ」
目の前で、首を傾げて笑ってみる。
するとホープは顔を赤らめたまま、ぽそっと小さく呟いた。
「甘えていいと言われたので…」
「…ほー。あんた言うね」
なるほど。そうくるか。
なるほどなるほど。
やるじゃんなんて意味を込めて、ちょんっと額を人差し指で小突く。
するとホープは「うっ」なんて小さな声を上げた。
でもそのままなんてしてやらない。
その余韻を残して油断させたまま、あたしはホープにがばっと抱き着いた。
当然、ホープはまたビクリと肩を跳ね上がらせる。
まあ、正直ホープが倒れたあの瞬間に…色々答えは出てた気がする。
それだけ、あたしにとってこの子がどれだけの存在であるのかという事。
彼はあたふたと驚きの声を上げた。
「へ!えっ…!?ナマエさん…!?」
「いいよ」
「…へ?」
「好きなだけ甘えればいい。ずーっとね」
慌てるホープに、あたしは抱き着いたままそう伝えた。
すると、ゆっくりちょっと控え目に背中に回される手があった。
ちょっとビックリする。
でも、振り払う理由は無い。
大人しくしてその意思が伝われば、回された手に力がぎゅっとこもっていく。
「…はい」
そして聞こえた小さな声。
その声と共に、ぎゅっとしたぬくもりを感じた。
END