「ナマエ、もう少しゆっくり」

「…こう?」

「ああ、良い感じだ」





甘い匂い。
顔をしかめながらチョコレートに向かうあたしと、それを横から見守るイグニス。





「っ、よし!」

「うん、良い出来じゃないか」

「ほんと?」

「ああ」





捲くった袖でぐいっと額を拭う。
無事に事を終えたあたしに、彼は笑ってくれた。

今年も、この季節がやってくる。
年に一度のバレンタイン。

そう。
あたしは今、バレンタインの準備の真っ最中だった。





「今年はプロンプトの分もか?」

「そう」





例年よりひとつ多いチョコレートをイグニスに尋ねられ、あたしは頷いた。

バレンタインの時期になるとお城のキッチンを借りて、イグニスに手伝ってもらいながら準備をする。
いつからだったろうか。でも結構昔から。それがあたしの毎年の恒例になっていた。

用意するのはノクト、グラディオ、イグニス、今年からはプロンプトの分も。

まああたしも女の子の端くれですし、一応やっておきますか…みたいなもんである。

とは言え、日頃の感謝もあるにはあるし。
それを伝えられる数少ない日であるのは確かだろう。





「年々上達してるんじゃないか?」

「え、そう?これは先生が良いからかなあ?」

「煽てても何も出ないぞ」

「ふふっ」





イグニスと交わすたわいない会話に笑みが零れる。
それに…あたし的には、こんな風にイグニスが手伝ってくれるっていうのもなかなかおいしい話ではあるしね。





「あ、そうだ。今年のイグニスの分はティラミスにしようと思ってるんだ。一応作り方とか調べたんだけど」





ところでだが…あたしは毎年、イグニスにだけはみんなとは別に他の物を作る事にしている。
なんというか、ちょっとひと手間かけたものを。

今年も勿論そうするつもりだ。

それを伝えると、イグニスは小さく首を横に振った。





「…別に気を遣わなくていいぞ」

「いやいや、手伝ってもらってるし。毎年言うけど、これじゃイグニス、自分で自分のチョコ作る事になっちゃってるでしょ」




あたしは毎年、イグニスにチョコ作りを手伝ってもらっている。
まあ…ひとりで作れない事も無いのだけれど、彼が傍にいるだけで安心感が違う。
初めて作るものやちょっと凝ったものだとしても、失敗の心配をする必要が全くないのだ。

折角なら美味しいものを…とも思うしね。





「俺は少し手伝っているだけだ。殆どナマエが作っているのだから、そんな事は無いと思うが」

「でも手伝ってもらってるのは事実だから。今年も、イグニスだけは特別で」

「律儀な奴だ」





イグニスはそう言って小さく笑った。





「感謝してるんだから、そこは素直に受け取っとけばいいのよ」

「そうだな」





…なんて。
そんなやり取りの中に、隠した本音がひとつある。

勿論、手伝ってもらっているのに他と一緒じゃ申し訳ないっていうのも紛れもなく本当だ。

でも、その裏。
その特別扱いに隠してる、本命の気持ち。

誰も知らない、自分だけの秘密。

実はそれがちょっと何だか楽しくて。
あたしは毎年、こっそりほくそ笑んでいる。



END
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