リビングのソファ。
僕はそこに腰掛け、ひとり本を読んでいた。

今、家には僕しかいない。

だけど、そんな時間ももうすぐ終わるだろう。
時計の針は彼女が帰ってくるであろう予定の時間を示していた。





「…駄目だな」





僕はそう呟くと、開いていた本をパタンと閉じた。
しおりは必要ない。なぜって、まったく内容が頭に入って来ていないから。

そうして、また僕は時計を見上げた。

何分おき?いや、下手をしたら何秒おきかもしれない…。
それくらい、今日僕は彼女…ナマエさんが帰ってくる時間を気にしていた。

ナマエさんは今日、騎兵隊だったリグティさんに会いに行っている。
聖府に代わる新しい組織を作るのにナマエさん元の世界の知識を借りたいという事と、その代わりにナマエさんの身分を保証することなどの話し合いだ。

話し合い、上手くいってるのかな。そんな心配も勿論ある。
だけど僕がこんなにも彼女の帰りにそわそわしている理由は、もっと利己的な理由だったと思う。





「はー…」





僕は本を脇に置き、ボスンとそのままソファに倒れ込んだ。

そしてそのまま今度目を向けたのはカレンダー。
全ての問題は今日の日付だ。

なんの記念日とか、誰かの誕生日とかそんなんじゃないけれど…今日は少し特別。
…今日は、バレンタインデーだった。





「ナマエさん…チョコ、くれるかな…」





ぼそっと零した声。
そう、要はそういう事だった。

ナマエさんの帰りにそわそわしているのも、本の内容がまったく頭に入ってこないのも、完全に思考がそのことでいっぱいになってしまっているからだ。

…だってやっぱり欲しいじゃないか。好きな人からのチョコレート。

実際は今日だけの話じゃなくて、数日前からずっと気になっていた。

いや、でも昨日まではただ純粋に楽しみなだけだったかもしれない。
自惚れもいいところだけれど、きっと貰えるだろうなって思ってしまっていたから。

僕とナマエさんの関係は…あの旅の頃からずっと、ちょっと曖昧のまま。

一緒にいるとホッとする。
そんな風に、互いに手を握り合った。

でも、肝心な言葉は言えていなくて…。
それを伝えるにはまだ、色んな力や勇気が足りなくて…。

そうしていろいろ考えてみると、やっぱりはっきりしてないしなあ…とか、そもそも話題になった事もないしなあ…とか。





「ただいま〜!」

「…!」





そんな時、ガチャリとドアの開く音がしてそれと同時に大好きな声がした。
僕は咄嗟にガバッと起き上がり、そして扉の方を見た。

どんどん足音が近づいてくる。

そしてリビングへと入った瞬間、僕は彼女と目があった。





「あ…おかえりなさい、ナマエさん」

「うん」





ナマエさんはにこっといつもの笑顔を僕に向けてくれた。

ああ…もう、やっぱり好きです…。
その笑顔にそんなことを思う僕は相当来てると自分でも思う。





「なにしてたの?」

「あ、読書ですよ」

「ふーん」





鞄を置き、上着を脱ぐナマエさんに聞かれて交わすそんな何気ないやりとり。
いや…本の内容は全然頭に入ってないんですけど、とは言えるわけも無く。

するとナマエさんは「荷物と上着置いてくる〜」と一度自分の部屋へ戻っていった。

そんな姿を見送り、僕は脱力したように深くソファに体を沈める。
ああ…もう、なんだか物凄く体力使ったみたいだ。何もしてないのに。

程なく、ナマエさんがリビングへと戻ってきた。





「ホープ」

「は、はい」





戻ってきたナマエさんに名前を飛ばれ、思わずドキリとした。

ああ、もうこんなひとつひとつに何を反応してるのだろうか。

だけど、そんな僕にまるで追い打ち。僕の名を呼んだナマエさんはこちらに歩み寄ってきた。
そして本当に近く。彼女はソファの前までやって来て、僕の目の前にしゃがんだ。





「………。」

「ナマエ、さん…?」





何を言うわけでも無く、じっと僕を見つめるナマエさん。その表情はどことなく真剣だ。
でも、そんなにただじっと見つめられると僕の方が落ち着かなくて、だから僕は思わず声を掛けた。

するとナマエさんは軽く視線を逸らし、少し困ったような表情を見せた。





「あー…ゴメン。色々考えてたんだけど、良い台詞とか思いつかなかったんだよね…。だから、まあ…とりあえず一番伝えたい事だけ」

「え…」





その時僕はナマエさんの言葉を意味を理解出来ていなかった。

良い台詞…?伝えたい事…?

だけどナマエさんはそのまま動く。
彼女は背に何かを隠していたようで、それを取り出して僕にへと差し出した。

それは綺麗な紙とリボンで包装された小さな箱。

僕はそれを見た瞬間、あっ…と思った。





「いつも、傍にいてくれてありがとう。あたしの気持ちです。良かったら受け取ってください」





目の前に出されたそれを手に取って受け取る。
そして確かに自分の手の中にあるその小さな箱を僕はじっと見つめた。





「…ハッピーバレンタイン」





最後に、小さな声でナマエさんが囁く。

今日、一日中ずっと頭を支配していたもの。
夢にまで見た、ナマエさんからのバレンタインプレゼントがそこにはある。

それを自覚した瞬間、僕は胸の奥がじわっと熱くなるのを感じた。





「あ、ありがとうございます…!凄く嬉しいです!」





そしてその勢いのまま、パッと顔を上げて彼女にお礼を言った。

多分物凄い笑顔だったと思う。湧き上がる感情に何の蓋をすることも無く。
だって本当に嬉しすぎて、どうしようもないくらい頬が緩んでしまったから。

そんなもんだから、ナマエさんはちょっとビックリした顔してた。





「お、おお…。そんなに喜んでもらえると、渡した甲斐があるね」

「だって、貰えたらいいなって、ずっと思ってましたから」





貰えた事に浮かれてしまったのかも。
飛び出た言葉は、あまりに素直な感情だった。

なんだか勢い余って言ってしまった気がしないでもないような…。
だから言った後に、ちょっと気恥ずかしくなった。

でもその時に見たナマエさんの頬も、少し赤く染まって見えた。

…ナマエさん。
それを見た僕は、そんな表情に愛しさが溢れるのを感じた。

そして、彼女もまた、僕に微笑みを返してくれた。





「そっか。…うん、あたしも渡したいなって思ってたよ」





ナマエさんもそう言ってくれる。

まだ、決定的な言葉は言えない。
だけど、穏やかで…優しい空気がそこにはある。

僕たちはお互いに笑みを浮かべ合った。



END
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