「あっ、アーロン!」





夜。飛空艇の中。
あたしは探して歩いてやっと見つけた赤い背中に声を掛けた。





「なんだ」





振り向くと、サングラスを掛けた瞳がこちらを捉える。
あたしは駆け寄ってアーロンを見上げた。

ただ、後ろに手を回して、あるものを背中に隠したまま。





「アーロン、今時間ある?」

「藪から棒に何だ?」

「ちょっとね!あるんだったら付き合ってよ!ほらほら!」





あたしはそう言って半ば強引にアーロンを飛空艇の甲板へと連れ出した。

まあ多分忙しかったらすぐにそう言うだろうと思う。
背中を押しても特に抵抗があったわけじゃ無かったし、だから異存はないはずだ。うん。





「風が穏やかな夜だな」





甲板に出ると、アーロンの赤い袖が緩やかになびいた。
暑くも無く寒くも無く、柔らかい気温の良い夜だ。

アーロンもそう感じたのか、少し笑って景色のよく見えるあたりに腰を落とす。
あたしもつられてその隣にそっと腰を下ろした。





「それで、何の用だ?」

「うん」





背を押したり、バタバタしたからアーロンもあたしが背に何かを隠し持っている事くらいは気づいてるだろう。
ていうか多分ちらちら見えてただろうし…。まあ、その辺は仕方ない。
細かい事は気にしないってことで、本題にいこう。

あたしは持っていた紙袋をアーロンに差し出した。





「はっぴーばれんたいーん」

「バレンタイン?」





差し出した紙袋を、アーロンはとりあえず受け取ってくれた。

中身を覗けばひとつの瓶とひとつの小さな箱が入っているはずだ。
アーロンがそれを確認したであろうところで、あたしはそれを説明した。





「チョコと、それに合うお酒です」





それは先日ルカに立ち寄った際に買って置いたシロモノだ。
酒、と聞くとアーロンはその瓶を取り出して「ほう…」とラベルを眺めていた。





「酒は飲まんだろう。どう選んだんだ?」

「あー、そこはキマリにご協力頂きましてね」

「成る程」





あたしはお酒を飲まない…というかそもそも未成年だし、ってんでお酒の事に関してはキマリに手伝ってもらった。
チョコに合うと言う物をお店の人に聞きつつ、試飲をキマリに頼んだりして。

キマリは物凄く丁寧に付き合ってくれた。ありがとうキマリ。大好きだキマリ。





「…まあ、そんな感じでそれなりに一生懸命選びました本命なので、受け取って頂ければ幸いです」





さっきから妙に敬語で話している自分。
やっぱり多少は緊張してるというか、照れくさいもんだよねえ…って。

でも渡したいって気持ちが絶対的だったから。

その照れをアーロンも察したのだろうか。
アーロンはあたしを見てフッと小さく笑うと、確かに頷いてくれた。





「ああ、有り難く頂戴しよう」





ああ、受け取って貰えた。
それを聞いた時、正直良かったってちょっとホッとした。





「さて、では晩酌に付き合って貰おうか」

「え、あ、ああ。今飲む?うん、お酌くらいなら付き合うよ」

「ああ。チョコレートはお前もつまめばいいさ」

「あ、いい?えへへ、実は買った時から美味しそうだな〜って思っててさ」

「だろうな。顔に書いてある」

「だろうなってちょっと!人を食いしん坊みたいに!」

「違うのか」

「……そんな真顔で言わなくても」





酷いおじさんだ。
か弱い娘っこ捕まえて食い意地張ってるみたいに言わんでも。

そんなこと言ったら「誰がか弱いだ?」とか言われちゃうんだろうけど。
本当、扱いが酷いもんである。

はーあ…なんて、あたしは空を見上げた。





「ねえ、アーロン」





そして、そのまま。
空を見上げたまま、あたしはアーロンを呼んだ。

受け取ってくれて、凄く嬉しい。

だから、聞きたかった。





「それ…喜んでくれた?」





結構ストレートに聞いた。
だってね、さっきも言ったけど…本命なんだよ、それ。

そして、きっと…一度きり、だから。

するとその時、頭に大きな手が触れてぐいっと俯かされ、そのままわしゃわしゃと髪を撫でられた。





「…柄にもなく、な」





そして、静かに聞こえたそんな言葉。
それが聞けたとき、あたしは自分の頬が僅かに緩んだのが分かった。





「…そっか。なら、良かった」





その言葉と、その手。
あたしはそのふたつに、ふっと心が嬉しい感情で溢れたのを感じた。



END
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