夜、ひとり立ち尽くす。
耳には静かな風の音だけが響いていく。
ああ、やっちまった…。
あたしの今の心情は、まさにそんな感じだった。
つい先ほど、あたしはずっと昔から好きだった人に告白した。
だけどその直後、耐え切れなくなって思わずその場から逃げ出してしまった。
彼の車を飛び出して、走って走って走って逃げて。
伝えたい事もちっとも伝えきれていないまま。
ああ、明日からイグニスとどう話そうか…。
とりあえず謝って、もう一回…出来たらちゃんと言い直して、それから…。
考えれば考えるほど頭が重くなる。
ああああ…本当、あたしは一体何がしたかったのか…。
ここに来て何度目かわからない溜息をつく。
するとその時突然、ガッと後ろから腕を掴まれた。
「っ、!?」
「やっと…追いついたか」
思わず肩がビクリと揺れる。
でもそれと同時に聞こえた声に、あたしは勢いよく振り返った。
なんだか今日の放課後の街のよう。
眼鏡と、きちっと着こなされた服装。
ただ違うのは、彼の息が切れたように少し荒くなっているということ。
「足早いな…お前」
「イグ、ニス…」
ぽつ、と零れた名前。
そこにいたのは先ほど告白をした張本人…イグニスだった。
「な、なに…して」
テンパって言葉が浮かばなくて、結局出たのがそんな言葉。
だって追い駆けてくれるとかまったく思わなくて。
するとイグニスもどことなく気まずそうに視線を泳がせて、眼鏡の位置を直しながら言った。
「いや…確認をしたい事があってな」
「確認…?」
なんだか変。
イグニスの言葉ひとつひとつに凄く敏感になっている。
それに、手。
さっきからずっと掴まれたまま、放してもらえない。
そう思って腕を見ているとその視線にイグニスも気が付いたようだ。
でも彼はその手を放す事はしなかった。
「…放したら逃げられてしまいそうだからな」
「え、…あ…うー…ん」
逃げる、だろうか。
でも気持ち的には逃げ出したいのはあるかもしれない。
だって、さっきの今だし。
まだイグニスにちゃんと言わなきゃなら無い事の整理はついていない。
だから返事も曖昧になった。
…どうしよう。
そう思っていると、イグニスが口を開いてくれた。
「ナマエ…。もう一度聞くのも申し訳なくあるんだが、お前は俺に…好意を持ってくれていたのか?」
「へっ…!」
聞かれたのは、結構胸にズンッとくる事だったけど。
か、確認したいことって…これか?
ああ、もう心臓に悪い…。
でも、もう逃げられない。
それにイグニスにも、もう気持ちはバレているのだ。
もう戻れない。
なら、突き進んでしまえ。
ここに来て、なんだか開き直れたかもしれない。
そう思ったあたしはコクンとイグニスを見上げて頷いた。
「…好きだよ。そう、ずっとイグニスが好きだった。小さい頃から、ずっと」
イグニスはその言葉をきちんと聞いてくれていた。
そう、ちゃんと聞いてくれてる。
それを見た時、あたしも…もっと伝えようと思えた。
「…イグニスには、そんな対象には見られてないかもしれないけど…でも、特別になりたかったから、そう思ってもらえる様に頑張ろうと思ったから…伝えようと思いました」
「………。」
「だから、イグニス…。もし、少しでも可能性があるのなら…あたしと、付き合って貰えませんか」
多分、言いたかったことは言えた。
そう言い終えた時、なんだかとてもすっきりしたような、満足な感覚があった。
返事がどうあったとしても、頑張ろう。
きっと凄くそう思えていた。
「ナマエ…」
すると、名前を呼ばれた。
あたしはイグニスを見つめたまま。
怖かった。
でも、今度は逃げない。
そうして彼の声を聞いた。
To be continued