真っ白になった台本

車道脇に止められた車。
エンジンが切られ、今まで響いていたその音が止む。
シン…としたその空気は、より一層緊張を引き立たせた。





「何かあったのか?」





話があるから車を止めてほしい。
あたしがそんなことを言ったものだから、運転席からそう聞いてくれたイグニスの顔はどことなく心配そうに見えた。





「ううん…別に深刻な話とかじゃないから、そんなに構えなくても大丈夫。ごめん、わざわざ」

「いや、俺は別に構わないが…本当にどうした?」

「うん…。いや、実はさ…今日イグニスに時間作ってもらえないかなって、朝からずっと思ってたんだ」

「俺に?」

「…うん」





朝からずっと考えていた。
どうしたら伝わるか、どんな言葉を選ぶべきか。

だけど、その言葉たちは頭の中でバラバラになって、かき集めるので精一杯だった。

単語だけ浮かんで、上手く繋がってくれない。
だからきっと、出てくる言葉はしどろもどろになっていた。





「あの、さ…きっと、急にこんなとこ言って驚くと思うんだけど、あたしさ…ずっと小さな頃から、イグニスの事が好きだったのね…」





それでも何とか繋ぎ合わせてやっと口に出来た好きの言葉。
ちゃんと届くように、きちっと目を見て伝えた。

すると、それを聞いたイグニスは何の言葉を発することも無く、ただ目を見開いていた。





「あ、いや…うん…、まあ…それが、言いたくて…さ」





そんなイグニスの反応を見たら、ああ届いたんだという実感が一気に体を駆け巡った。
ぶわっと体中が熱を帯びて、どうしようもなく熱くなっていく。

それを感じたらなんだか耐え切れなくなって、つい視線をフロントガラスの先に逃がした。

でもきっと、その時点でもう失敗だった。
勇気は使い果した。一度逃げてしまったら、もう挑むことは出来ない。





「ナマエ…」





その時、名前を呼ばれた。
それを聞いた時、あたしは自分の身体が大きくビクついたのを感じた。

一体、何を言われる…?
だけどもう一杯一杯で、何を言われてもきっと受け止めきれないような気がした。

そう。一杯一杯。
だからもう、あたしはその場から逃げ出したくなった。





「え、ええと…だからね、その、イグニスに今好きな人とかいないんだったら…ちょっと考えてみて欲しいな…とか思ったんだけど…。い、いきなりごめん。じゃあ、あたしこっからは歩いて帰るよ。ちょっと寄りたいとこもあったし、此処からならもう家もすぐそこだしね。じゃ、ここまで送ってくれてありがと!ばいばい、イグニス」

「あっ、おい!ナマエ!?」





なんだかもう最後の方は捲し立ててるみたいに早口だった気がする。
まるで暴走。いや、まるでじゃなくて完全に暴走か…。

あたしは車のドアを開けて降りると軽く手を振りすぐさま閉めた。
そして閉めたその瞬間、とにかく道を一気に走り出した。

それは熱を冷ますための無意識の行動だったのかもしれない。
でも、とにかく走った。走って逃げた。

ああ、あたしってこんなに…ここまで情けなかったっけ。
そう思うくらい、自分の臆病さにちょっと驚いてる。
アクションを起こすべきか、なんて思えてた朝が…なんだか今だと笑えてしまう。いざととなったらこのザマだ。

あの瞬間…今までの日々を壊すことに、恐ろしく不安を覚えた。

よくこんなんで告白しようとか抜かせたものである。
いや、告白は出来たのだけれど。一応…。好きだとは言えた。

言おうとしていた台詞とはだいぶかけ離れたものだったけど…。

だって、さっきイグニスに名前を呼ばれた瞬間…ぱっと次に続くかもしれない言葉が頭に浮かんだ。
すまない…って、もしそう言われてしまったら、あたしはその場でもう何も出来なくなってしまう気がした。

そういう対象に見られていない覚悟はしてた。それでも最初は『好きになってもらえるように頑張るから』って、そう言おうと思ってた。
どういう意味であれ、大切に思われている自信はあったのだ。だから、欠片ほどでも、きっと…一縷の望みはあると。

だけど、いざとなったら頭が真っ白になって、そんな台詞消えてしまった。
完全に、どうしていいかわからなくなった。

今更になって頭の中でちゃんと繋がっていく言葉たち。…勘弁してくれ。





「…言っちゃった、んだな…」





どれくらい走ったか。
車も見えないくらい結構走って、やっと止まった足。

ただ、事実としてあるのは好きとだけ伝えたこと。

呟いてみて、改めて体中が熱くなった。





「なんで逃げてるんだ…」





これからどうしよう…。
あたしはガックリ肩を落とす様に、大きな溜息をついた。



To be continued 

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