エンジンの音。窓の外はすっかり黒に染まった空。
視線を少し横にやれば、ハンドルを握る大好きな人。
眼鏡をかけたその横顔に、ドキッと心臓が音を立てる。
何度か此処に座った事はあるけど、何度座っても同じ反応をしている気がする。
ああ…本当、救いようない…。沈みきって抜け出せる気が全くしなくて、あたしは寄り掛かるように頭をドアに預ける。
ごんっ…という音がした。ちょっと痛かった。
「学校はどうだ?」
その時、イグニスにそう話を振られた。
あたしはまたちらっとイグニスに視線を向ける。
彼は缶コーヒーを飲んでいた。
ああ…なんでそんな些細な仕草まで胸に来るんだ。
あたしは己の溺れっぷりを心の中で笑いつつ、イグニスに答えた。
「あー…まあ、ぼちぼち?」
「なんだそれは?」
「いや、普通に楽しくやってると思うよ」
「ならいいが。勉強は?」
「ええ…そっち聞く?」
「小テストがあったんだろう?3限と4限と言っていたか」
「あれ、聞いてたの?」
「同じ部屋にいたんだ、聞こえる」
それは先程ノクトと話していた内容だった。どうやらイグニスも聞いていたらしい。
まあ確かに、同じ部屋にいれば聞こえるよな…とは思う。別に小声で話していたわけでもないし。
運転してるから見えていないかもしれないが、あたしはコクンと頷いた。
「そうそう。3限の方は抜き打ちでさあ…もうノクトとプロンプトと嘆いたね、あれは」
「日頃からきちんと勉強しておけばいい話だろう」
「わあ…そういうこと仰ります?」
「頼むからお前は苦手教科を一夜漬けにする癖を直してくれ」
「……善処します」
ちょっぴり耳に痛い話だった。
しかし確かに、テスト前日にイグニスに教えてくれと泣きついたのは一度や二度の話ではない…。
そこはご迷惑をお掛けしてます…というところではあるだろう。
まああたし的にはイグニスといられてちょっと嬉しいな…って部分もあった。
イグニス的には酷い話だが。
でも「まったく…」と言いつつイグニスはいつも付き合ってくれた。
いや…勉強に限った話では無くて、困っていればいつも「どうした」と声を掛けてくれる。イグニスはそういう人だ。
そりゃ惚れるよなあ…なんてしみじみ思い返してしまった。
でも、こうして話しているのはやっぱり楽しくて、ついついぬるま湯に浸ってしまう。
これではいつもと変わらないと会話の切っ掛けを探すけど、やっぱりちょっと踏み出すのには勇気がいるものだ。
だけど、もういい加減にしろと囁く自分もいる。
また今度にしようとは思っていない。そんなことしてたら一生言えない。今日伝えるという気持ちだけは絶対だったから。
「あのさ、イグニス…」
もう、言おう。
そう思って、なんとか声を絞り出した。
多分抑えられたと思うけど、ちょっと震えそうになった。
さっきまで普通に雑談していたと言うのに、なんだか少し情けない。
「ちょっと車、止めて貰ってもいいかな…」
言うからには、きちんと向き合って目を見て言いたい。
そう思ってそう言えば、イグニスは不思議そうに返してきた。
「どうかしたのか?」
「その、話があって…」
なんだかか細い声になった気がする。
ああ、ホント情けない…。
でも、きちんと向き合って話したいという気持ちは伝わったらしく、イグニスは何をいう事も無くそれに了承してくれた。
「わかった」
スピードを落とし、道路脇に寄っていく車。
ああ、遂に来た。
自分で言っておきながら、あたしは胸の上でぎゅっと手を握り締め、緊張を抑え込んでいた。
To be continued