「……はあ」
放課後の街の中。
あたしはぽつんとひとり、スマートフォンを手に溜息をついた。
「結局送れてないし…」
呟きは街のざわめきの中へ消えていく。
溜息の理由は、未だ送れていないメールにあった。
今日、学校にいる間ずっと考えていたイグニスへのメール。
どこかへ誘おうか、でもそうすると何処へ。
ならまず空いてる時間だけでも…。
考えていたらぐるぐる止まらなくなって、遂には送れないまま放課後になってしまった。
ああ、もういっそのこと電話してしまおうか。ていうか電話で言うのももしかしてアリ?
いや、大事な大事な自分の気持ちを言うのだ。ならちゃんと顔を見て言うべきか…。
またも渦に突入である。
あたしってこんなに優柔不断だったっけ。むしろチキン…?
なかなか決まらない選択に、あたしはうーんうーんとひたすら唸り続けていた。
その時だった。
「ナマエ」
「!」
突然、名前を呼ばれると共に肩を叩かれた。
パッと振り返ればそこにいた人物にあたしは目を見開きギョッとした。
「い、イグニス!?」
眼鏡に、きちっと着こなされた服装。
それは今日あたしの頭の中をずっと占めていた人物、イグニス・スキエンティアだった。
いきなり目の前に飛び込んできた想い人の姿につい大きな声が出てしまう。
するとイグニスの方も驚いたように目を丸くしていた。
「なんだ、その化け物を見たような反応は」
「え!あー、えっと…だってそこにイグニスがいるとか…」
「俺がいると驚くのか」
「ええ…まあ」
「…。普通に声を掛けたつもりだったが」
「う、うん」
そりゃあんたが急に現れたら驚くに決まってるだろ。
こちとらあんたの事で頭をいっぱいにしてたんだ。
…なんてことは言えないんだけど。
まあ別にイグニスは何も悪く無い。
ただ考えていた人が突然出てきたからビックリしただけで、それはあたしの問題だ。
だからあたしは彼に非のないことを伝えるように首を横に振った。
「ごめん、ちょっと考え事してたから驚いただけ」
「考え事?というか、こんなところで何してるんだ?ひとりで買い物か?」
「あー…んっと、ペンが出なくなっちゃったから新しいの買おうと思って。ていうかもう買ったんだけど」
「そうか」
カサリとあたしは腕にかけていた小さな紙袋をイグニスに見せた。
嘘は言っていない。ペンのインクが切れたのは本当で、買いに来たのも本当。
ただ、買い物をしながらもずっとイグニスの事を考えていたことだけ内緒。
でも、インクが切れたのは面倒だなって思ってたけど、こうしてイグニスに会えたのは嬉しい誤算だ。
やっぱり今日伝えるべきだって天に言われてる気にさえなる。
そもそもイグニスに会えたってだけで充分に嬉しいし、そこで改めて気合の入ったあたしはチャンスを覗う意味も込めてイグニスに尋ね返してみた。
「イグニスこそどうしたの?どっか買い物?」
「ああ。昨日の議会の内容をノクト用に簡単に纏めてな、それを届けるついでに夕食も作ろうと思って食材を買いに来たんだ。放っておくとインスタントばかりになりかねないからな」
「ああ…ノクトね…」
返ってきた言葉にあたしはそんな何とも言えない声を返した。
抱いた感情はこんな感じ。
あの王子…!!
イグニスにこんなに尽くしてもらえるとか…!!!
いや、イグニスがノクトに尽くすのは当然だ。だってそれが彼の役目だから。ていうかむしろあたしの役目でもある。
いや…まあイグニスの場合は尽くし過ぎでは…って思う事もあるけど。
でもこう…今のあたしには羨ましいなり恨めしいなりそんな感情しか沸いてこなかった。
ああ…ノクトになりたい…。
我ながらなんとも阿呆な思考だと思う。
でも純粋にいいなあ…と思ってしまうのはもはや仕方がないような気がした。
しかし、そうなると言うチャンスは今しかないだろうか。
今日ずっと考えている目的を思い出し、あたしは軽く頭を悩ませる。
すると、イグニスから意外な言葉を掛けられた。
「お前も来るか?」
「……行く」
まさかのお誘い。
そんなもの、即答しかないだろう。
あたしはこっくり頷いていた。
「何か食べたいものはあるか?」
「リクエストしていいの?」
「ああ、ナマエに作るのも久々だしな」
「あー…確かに。久しぶりかも?」
「まぁ会うこと自体は久々じゃないからな」
「そっちはしょっちゅうじゃん。ふふ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな〜」
「さて、何を言われることやらな」
ふたりで笑う。
あたしはこの穏やかな時間が大好きだ。
こうしてあたしはイグニスと共に夕食の買い物をし、そのままノクトが住むマンションへと向かったのだった。
To be continued