一生のうちに、たった一度

ベットの上。
あたしは寝転がり、見慣れた部屋の天井を見上げていた。

今日、あたしはイグニスに告白した。
ずっとずっと、小さな頃からずっと好きだった想い人に。





「……告白、した…」





呟いてみて、ぼんやり思い出す。
その時、彼の返してくれた言葉は…俺で良ければ、だった。





「……。」






大きめのクッションを抱え、ごろんと寝返りを打つ。
部屋は静かだ。自分しかいない。

あの後、イグニスはちゃんと車でうちの前まで送ってくれた。
車を飛び出した時に寄る所があるなんて言ったけれど、そんなの勿論嘘。イグニスもそれに気が付いていて、小さく笑っていた。ああ…なんとも痛々しい。

でも、だからちゃんと送ってもらって…いつものように手を振った。

家の中に入ったあたしは、すぐさま自分の部屋に駆け込んで、さっと制服を脱ぎ化粧だけ落とすとボスンとベットに倒れ込んだ。

だって、気持ちがいっぱいいっぱいだったから。

そうして静かな部屋でひとり浸っていると、都合のいい夢を見ているんじゃないかという気になった。
どこからが夢だったのだろう。本当に、そんな風に考えた。





「……。」





また寝返り。

…だってきっと、《俺で良ければ》なんて…そんな言葉を返してもらえなんて、あたしは欠片ほども思ってなかったのだろう。
そう…告白しようと思ったくせに、あたしはOKの返事を想像していなかった。

だからこその…一歩進むための、対象に見てもらうための、そんな告白だったんだと思う。

うとうとする。
夢だったら、なんて幸せな夢だろう。

だけど、夢だったら嫌だなあ…。

そんなことを考えながら、あたしは瞼の重さに従った。







「あっ、やっとお目覚めだね!ナマエ」





ぼんやりと目を開ける。

エンジンの音。そして程よく眠りを誘う揺れ。
開いた瞼の先に見えたのは、車の助手席から身を乗り出して後ろを振り返っているプロンプトの顔。
彼はあたしが目を開けたのを見るなり、にいっと明るい笑みを浮かべていた。





「てかお前、王子の肩で寝るとかマジいい度胸してるよな」

「しかも御結婚前の、な」





もたれていたのは隣に座る我が王子様の肩。
そしてそれを見て笑うのはその逆隣に座る大男。

両サイドからのそんな声に、あたしは今の自分の状況を察した。





「………ノクト、ああ…ごめん」





…どうして車とか電車って眠くなるとどんどん体が傾いてしまうんだろうか。

場所はレガリアの後部座席のど真ん中。
ああ…今はハンターの討伐依頼を受けてる途中だったっけ。

あたしはノクトに謝り離れると、ふわっとひとつ欠伸をした。

ああ、なんだかとても懐かしい夢を見ていた気がする。





「随分気持ちよさそうに寝てたねえ。いい夢でも見てた?イグニスの夢とか!」

「……え?」

「寝言言ってたよ〜?イグニス〜ぅ…って!」





身を乗り出したままのプロンプトが悪戯するようにそう笑ってきた。

…寝言?
それを聞いたあたしは多分きょとんとした。





「プロンプト。嘘をつくな」





しかしそこであたしが何かを言う前に入ってきた声があった。

聞こえたのは運転席だった。
だから自然と皆の視線がそこに集まる。

その人はハンドルを握っているから前を向いたままで、あたしの位置からじゃ顔もよく見えないけど…。





「え〜!イグニスばらすの早いよ〜!」





プロンプトが不満げに隣に向かって口を尖らした。

イグニス。
それは、今運転してくれている彼。


ああ、冗談か。
あたしはそれを聞きそんなことを思った。





「うー…ナマエもイグニスも淡白だからからかい甲斐無いよねー」





プロンプトは乗り出していた身を引き、そうため息をつきながら座席にきちんと座り直した。
どうやら彼はせっかく仕掛けた悪戯が不発に終わりどうも面白くないらしい。

いや正直寝起きで頭があんまり働いてなくて反応が遅れたのもあったけど、まあ今は黙っておこうと思う。






「こいつらはこんなもんだろ。期待するだけ無駄だ」

「言えてる」





そして再びあたしの両サイド。
本を読んだまま興味無さげなグラディオと、そんな彼の言葉にノクトがくつくつと笑った。

いや、別に期待とかされなくていいんだけど。
からかい甲斐なんて無くて結構だ。

でも同時に、まあ確かになあ…なんて思う。

あたしはちらりと斜め前の運転席に目を向けた。
右後頭部とハンドルに掛けられた右腕くらいしか見えず、表情は伺えない。
しかしそこにいるのはあたしの長年の想い人だ。





《俺で良ければ》





夢を見た。
そう、とても懐かしい夢。

でも、決して夢ではない。
高校生の時の、勇気を振り絞ったある1日のこと。

思い切って想いを告げたあたしは、イグニスに手を取って貰えた。

今に続く、大切な日。

実際は、特にそう大きな変化があったわけではない。
ずっと共に過ごしてきた人だから、当然と言えば当然なのかもしれないけど…。

だけど、手が届いたのは事実で。
そしてそれは数年経った今も同じだった。





「いつのまにかくっついてて、その時のこととか何一つとして教えてくれないしさ〜」





プロンプトは相変わらずつまらないつまらないと口を尖らせたままだ。
するとそんな彼に、イグニスはさらりと答えた。





「当然だろう」

「えー?なんでー?」

「他人に話すのは勿体ない」





ちょっと、間。

多分みんなちょっとビックリした。
あたしも。

勿体無い…って。





「さらっと惚気たな、オイ」





グラディオが突っ込んだ。

だけど、本当にちょっと驚いた。
もしかしたら、イグニスにとってもあの日は…。





「…ふふふ」





あたしは思わず笑ってしまった。

あの日は、やっぱり特別だ。
今思い出しても、あの日の感情はふたつとして味わっていない。

一生のうち、たった一度だけ。
それは、一世一代の日。



END

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