イグニスに伝えた。
言いたかった事、気持ちを。
腕は、まだ掴まれたまま。
「ナマエ…」
名前を呼ばれた。
あたしはイグニスを見上げて、彼の言葉を聞いた。
「確かに…俺はお前との関係をあまり深く考えたことは無かったかもしれない。でも、そういう対象として見ていなかったというのは、きっと違うと思う」
「え?」
「逆に俺は、お前に自分がそう想われる事など無いと思っていた」
言われた言葉にあたしはきっと目を丸くした。
だってそれは予想だにしない言葉で、驚いた自覚があったから。
「え…なんで」
「お前はわりと誰とでも上手くやれるから、高校に入ってからもいくつか友好関係も広がっただろう。プロンプトも良い例か」
「……。」
「それに、幼少からを考えればノクトやグラディオも傍に居た。皆、贔屓目無しに良い奴らばかりだ」
「それは…」
「さっきのノクトとお前の会話にしても、プロンプトと話しているのを見ても、やはり学校の話の頻度は高いし、それは良い事だと思う。だからそんな中でわざわざその感情が俺に向くとは思っていなかった」
つまり、自分にあたしの好意が向くとイグニスは考えもしなかった。
だから想像をしなかったということ…。
確かに、イグニスの言うことは頷ける部分もある。
高校は普通に楽しいと思う。
それにノクトもプロンプトもグラディオも、みんな気が良くて大好きだ。
まあ、ノクトは王子様だからそもそも…という部分があるけれど…。
だけど、あたしの答えは昔からひとつだけだ。
「…あたしが好きなのは、ずっと昔からイグニスだよ」
だから、またそう伝える。
今度は凄くはっきり言えた。
「ああ…ありがとう」
するとイグニスはまた眼鏡のズレを直した。
少し下を見て、その仕草の中にまるで表情を隠す様に。
でもそれはほんの少しの間。
指がフレームを離れ、顔を上げ、少しずつその表情が見えてくる。
そうして見えたその顔は、どこか楽しそうに小さく微笑んでいた。
「しかし、お前のあんなに焦る姿は珍しかったな」
「えっ」
「弾丸のように走っていくから、かなり驚いたぞ」
「うっ…あー…いや…そう、だねえ…。あたしも自分で何やってんだろって思ったよ…。でも、今日1日中ずっとタイミング考えてたりしたから…。色々考えたつもりだったけど、いざとなったらやっぱりテンパるね…」
「ふっ…すまない。そうだな」
イグニスはそう言いながら、ずっと握ったままだったあたしの腕を放した。
ずっとだったから余計か、離れた熱をとても感じた気がする。
だけどイグニスは今度、その放した手をあたしの手のひらへと伸ばし、そっと優しく掬い上げてくれた。
あたしはイグニスを見上げる。
「イグニス…?」
「いや、…嬉しいんだ。今、とても」
「え…?」
「自分でも、こんなに嬉しいのかと。…とてつもなく。それ程に、お前の気持ちが、想って貰えていたという事実が。…それをとても嬉しく感じている」
「……。」
「ナマエ」
名前を呼ばれ、手を取られ、そして眼鏡の奥から真っ直ぐに見つめられる。
「俺で良ければ」
触れた手に、こちらを見つめる眼鏡の奥にある瞳。
そこには確かに、自分が映っていた。
そしてそれは、今までに見た彼の表情の中で一番優しい微笑みに見えた気がする。
その微笑みと言葉は、あたしの中にとても強く焼きついた。
To be continued