お前がくれた言葉



「やあやあやあ!皆様お待たせいたしましたー!」





明るい声が響く。
祈り子の間の前で待つことしばらく、ナマエがひらりと手を振り戻ってきた。

場の空気は張りつめているという程でもないが、静かだった。
エボン=ジュという存在についてや、祈り子にナマエだけが呼ばれた事など理由は様々だが。

だから、ナマエの声が余計に響いて聞こえた気がした。





「ナマエ。祈り子様、なんて?」

「ああ…、うん」





ナマエに近付きユウナが尋ねる。
それに頷いたナマエは先程ユウナ達が聞いたであろう話とも確認を取る様に話し始めた。





「エボン=ジュ倒せってね。ユウナ達もそれ聞いたんでしょ?」

「うん…。それだけ?」





エボン=ジュを倒す事。
これはユウナ達も聞いたという話だ。

だが、それだけならばナマエだけを呼ぶ必要はない。

勿論、ナマエの話にはまだ続きがあった。





「あとは…えっとね、理由はよくわかんないんだけど…何か世界の異相が歪んでて、あたしはその穴に落ちたからスピラに来ちゃったんだ…とか何とか。よくわかんない!」

「世界の異相…?」





世界の異相が歪む…。
それは今まで耳にしたことのない新しい話だった。

誰もきちんとした意味は理解出来ていないだろう。

ただ、話の内容を簡潔に言えば、それこそがナマエがこの世界にいる理由。
その異相の歪みに落ち、ナマエはスピラに迷い込んだのだという話だった。





「んー…まあ、あたしもよくわかんないんだよね。とにかく、スピラに来ちゃった理由教えて貰ったって感じかな」





よくわからない。ナマエはそう言いながらへらりと笑った。

成る程。この世界に落ちた理由を教えられた。
確かにそれはナマエにだけ話せばいい話だ。

皆も納得し、それで話は終わった。

…だが、何か妙だ。
俺はそのナマエの笑みにどこか引っ掛かりを感じた。

世界の異相が歪み、そこにナマエは落ちた。それを祈り子に教えられた。
その言葉に誰しも疑問を抱いてはいない。いや、恐らくそれは事実なのだろう。

だが、それは…ある程度事実をさらし、その裏に何かを押し込めているような。

へらりと笑うナマエの顔に思う。
…上手く誤魔化したな。

…お前は、疑問を残したままでそんな風に笑うだろうか?
気になって仕方がないと唸るんじゃないか?

根拠はと言われれば、最終的には勘としか言えないが…。
だが俺はそんな気がしてならなかった。





「ナマエ」

「んー?」





だから俺は飛空艇に戻った後、ナマエに声を掛けた。

くるりと振り返るナマエ。
その頬は膨れていた。そして手にもまたいつかの様にまんじゅうが握られていた。

…ことごとく緊張感をぶち壊してくれるな。
俺は頭を抱えた。





「またお前はそれか…」

「なんか文句ある!?…で、なーに?何か用?」






まんじゅうを飲み込み、俺に首を傾げてくるナマエ。

わりと平然としているな。
こいつの中ではもう消化出来ている事なのだろうか。

いや、案外こいつは感情を隠すのが上手い。
自分が抑えれば済むことであれば、表に出さずに仕舞ってしまう。

いつか、元の世界に帰りたいとまったく口にしなかった事が証拠だ。

…普段は感情をすぐ表に出す分、肝心なことほど隠す。

俺はナマエに背を向け、今いるブリッジを出ようとした。
そうすれば当然、ナマエは声を掛けてくる。





「ちょっとアーロン!どこに…」

「ついてこい。場所を変える」

「…は?」





そうして俺は人の気の少ない部屋を目指して進んだ。
ナマエも「勝手だ自由だ」と文句を言いながらも大人しくついて来てくれた。





「で、何さー。話でもあるのー?」





入ったのは小さな小部屋だった。
誰の気配も無い、静かで小さな部屋。

そこで俺はナマエに向き直り、率直に尋ねた。





「…誰かが居ると意地でも言わなそうだからな」

「なにが?」

「今一度聞く。祈り子に何を言われた?」





そう言えばナマエがピクリと反応した。
しかし相変わらず白状する気は微塵も無さそうだ。





「さっき言ったじゃん?何かで世界の異相とやらが歪んで、そこにあたしが落ちちゃった〜と」

「それだけでは無いだろう」

「なーにを根拠に」





ひょうひょうとかわされる。
何も話す事は無いと、隠されたまま。

…なんだか、酷くもどかしい。

その瞬間、俺は思わずナマエの腕を掴んでいた。
ナマエは驚いたように目を開き、俺の事を見上げる。

その目を見つめ、俺は聞いた。





「…なぜ言わん?」

「だから…別に」

「隠すな。隠すということは、お前が何かを一人で我慢し抱え込んでいる証拠だ」

「な…」

「…言え。一人で抱えるな」





少し、引き寄せる様に腕を引き、くっ…と見据えた。

決して目を逸らさぬように。
ナマエは戸惑ったように瞳を揺らした。





「…何を1人で抱えている」

「それは…」

「…勝手を言っているのはわかっている。だが…俺はここに在る限り、お前の支えになりたい…」

「アーロン…」





懇願するように、俺は絞り出すような声でナマエそう告げた。
それは赤裸々に零した本音だった。

もどかしい。そして、苦しい。

本当に、勝手な話だ。
死人であるこんな身の上に語っても仕方のない事なのかもしれない。

しかし、ナマエに心を隠されることがこんなにも辛く感じるとは思わなかった。





「…言ってくれ」





引き寄せて、目を伏せて、頼む。

すると、握っていたナマエの腕からふっと何か緊張の様なものが解けた感覚がした。
その顔を見れば、ふう…と軽く息をつくナマエ。





「…異相が歪んで、スピラに落ちたってのは本当だよ」





そして、俺を見ると目元を緩ませ、そっとした声で話し始めてくれた。

俺はきっと、その声にホッとした気がする。
だからしっかりと耳を傾け、それを伝える様に頷いた。





「……ああ」

「その、異相ってのが何で歪んだかって言うと、ジェクトさんやティーダがスピラに来たからなんだって」

「何?」

「それが原因で歪んだんだってさ」





ナマエは祈り子から聞いた話を全て俺に明かしてくれた。

異相の歪み、歪んだ原因。
スピラとナマエの世界とでは時間の流れ方が違う事。
前回の旅で消えた理由。そして再び此処に在る理由。
今は祈り子によってこの世界に繋ぎとめられている事。

色んな点が、線として繋がっていくような感覚だった。





「祈り子が、お前を…」

「うん。でも、祈り子には凄く感謝してるんだ。もう一度、あたしをスピラに連れてきてくれて。真実を知る機会をくれたからね!」

「………。」

「けど、シンを倒し終わった頃には、異相の歪みは正されてるだろうって。そうしたら、あたしは二度と帰れ無くなるかもしれない。だから今、元の世界に帰してくれるって、祈り子はそう言ったの。ま、断っちゃったけど」

「…なんだと?」





そして、ナマエがこの話をしたがらなかった理由を知った。

異相の歪みは徐々に正されている。
これから出向くであろう戦いが終わる頃には、それは正されナマエは帰る事が出来なくなる。
今なら祈り子が元の世界へと帰してくれると言うのに、ナマエはそれを断ったと言う。

それを聞いた俺は首を横に振った。





「何を馬鹿なことを…」





探していた帰る方法が目の前にある。
それなのにそれを手放すなど…。

俺がその言葉を言おうとした時、ナマエはそれを止める様に先に口を開いた。





「帰れ、って言わないで」

「…な」





俺が何を言おうとしているのか察したように言い切られ、俺は目を見開いた。ナマエは言葉を続ける。





「こんな中途半端なとこで帰るの、あたし絶対嫌だよ。ユウナと一緒。あたしだって、もうスピラが好きだよ。皆と会えた世界だもん。今回は最後までいく。意地でもしがみついてやる。そう言ったじゃん」

「だが…」





確かにナマエはずっと言っていた。
今度は最後まで。意地でもこの世界にしがみつくと。

しかしそれを選ぶことによってナマエに降りかかるリスクがあまりに大きすぎるだろう…。

もう二度と元の世界に帰れなくなるかもしれない。
帰れたとしても時の進み方が違うのなら自分だけが歳を重ねてしまうことになる。

しかし譲る気はないと、ナマエは笑って見せた。





「あたしが決めたんだからいーでしょ!」

「しかし、二度と帰る無くなるかもしれないと言うのは…」

「何を言われようと、か・え・り・ま・せ・ん!」





ぴしゃりと言い切られた。





「他にも方法、あるかもしれないじゃん!アーロンが言ってたんだよ、無限の可能性あるって!」

「それは…」

「先の事なんて、後でいいんだよ。大切なのは今!」





そして、聞き覚えのある懐かしい台詞を聞かされた。

先の事なんて後でいい。大切なのは今。
…これは、そうだ。10年前、マカラーニャの寺院でナマエが言っていた事だ。





「屁理屈をこねるな…か」

「あ、覚えてた」

「…まあ、な」





寒いと震えるナマエに上着を貸した。
ああ、酷く懐かしく思う。

目の前を見れば、あの記憶と変わらぬ笑顔をナマエは見せてくれる。





「でも今回は屁理屈じゃないよ。そもそもね、あたしだってブラスカさんとジェクトさんと旅してたんだよ?つまり、アーロンが出来なかったことは、あたしの出来なかったことでもあるわけよ!」





そう強く言い切れば、ナマエは何かを思いたったように俺の手を取った。
そしてそれを両手で包み込み、祈る様にきゅっと握りしめられる。

正直、少し戸惑った。

そんな俺を知ってか知らずか、ナマエはそのまま言葉を紡いだ。





「ねえ、アーロン…。あたし、アーロンのこと手伝いたい。アーロンの抱えてるもの、ちゃんと降ろしてあげたい」

「……。」

「だから、見送らせてよ。そして…残された時間の、最後の最後まで、一緒にいさせてください」





繋いだ手に、願うナマエ。

永遠を誓ってやれない…。
もう、すぐそこに限りが見えている。
俺はお前の傍にいてやる事が、出来ないのに…。

それでもお前は願ってくれるのか…?
残された時間の最後の最後まで…と。





「…それで、いいのか?」

「いいよ。…これが、あたしの物語!」





俺がゆっくりと確認すれば、ナマエは微笑んでくれた。
曲げることは無いと、その意志を露わにするように。

それを見たら、俺もつられて小さく笑った。






「…何を言っても聞かなそうだな」

「さすが。よくお分かりで。それとも、あたしに見送られるのは不服ですかー?」

「…ずるい聞き方だな」

「どこがさー」

「今更だ」





俺は息をついた。

見送られるのが不服、か。
そんな事…俺が思うわけが無かろう。





「…お前がそれで良いと望むなら…頼む」

「…はい…!」





折れて、そう伝えればナマエは嬉しそうに笑った。

その顔を見たら、胸に一気に愛しさが溢れかえった。
俺はそれに歯止めを掛けることなく、ナマエの手を引いてそのままその小さな体を抱きしめた。





「ちょっ、アーロン…!?」





突然そんなことをすれば、ナマエの戸惑った声が上がった。
しかし今は、離してやる気はない。

俺はナマエを抱きしめたまま、その耳元で小さく謝罪を口にした。





「すまない…ナマエ」





すると、それを聞いたナマエは少し大人しくなった。





「…なに謝ってんの?」

「いや。礼を言うのは、俺の方だ…」

「…ん…?」

「お前は強いな…」

「それ…祈り子にも言われた。どゆこと?」

「そのままだ」

「意味不明ー」





くすっと言う笑い声がすぐ傍でする。
俺はそれを聞きながらナマエの頭に手を触れてその髪をそっと撫でた。

するとナマエの方も俺の背に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。

一分も、一秒も…掛けがえが無い。

残された時間の最後の最後まで。
俺はナマエが言ったその言葉を胸に刻み込む。

そして俺も、その瞬間までお前と共にあろうと思った。



To be continued

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