この掌には資格がない



「どうでした?」

「追っ手はない。だが、今後ベベルに近づくべきではないな。ユウナは?」

「ひとりになりたい、ってさ」

「だろうな…」





そんな会話をしながら見上げた空には穏やかな光に照らされた木々が映る。

浄罪の路を突破した俺たちはその後グレート=ブリッジで全員と再会を果たした。

だが同時に、そこではシーモアと再び対峙することになった。
なんとか退けべべルを後にし、今こうしてマカラーニャの森まで辿りついた。

確認して追っ手の様子は無かったが、もう反逆者の汚名を晴らすなんてどころの話では無いな。
おそらくシーモアとはどこかで決着をつけなければならんだろう。

ユウナはだいぶ参っているようだった。
浄罪の路でこそしっかりと歩いていたが、此処までくれば緊張が解けて色んな思いが溢れてくるだろう。

それを支えるのはあいつの役目…だな。
かつて共に旅をしたふたりの子供たちの姿を俺はそっと思い浮かべた。

俺たちはユウナが落ち着くのを待ち、今後のことを考える。
それまでは…、しばらくは小休止だな。

そんなことを考えながら俺は樹にもたれ掛る。
そしてその時同時に…俺はキノックの事を思い出していた。

あの時…俺はシーモアのによって殺められたかつての親友の亡骸を見た。

あいつの最期をあんな形で目にするとは…。
ショックが無かったと言えば、嘘になるのだろう。





「ふう…」





流石に、疲れたな。
そう思いながら息を吐く。

するとその時、俺はひとつの視線に気が付いた。





「……何だ」

「う…?」





それはナマエのものだった。

椅子代わりにしていた丸太に寝そべっていたナマエ。
起き上がった拍子に俺を見たのだろう。その瞬間に目があった。

ただ、その時のナマエは少し様子が変だった。
どことなく慌てているような感じとでも言えばいいだろうか。





「あ、えと…い、いや…ちょっと寒くない?焚き火でもしよーよ」

「あ、いーね。あたしも寒いや」

「でしょ?あたし薪、拾ってくるよ。すぐ戻ってくるから待ってて」





そのままナマエは焚き火をすることを提案し、それにリュックが賛同した。
ナマエは頷き、薪を集めると丸太からすくっと立ち上がった。





「ナマエ、1人で大丈夫なのー?」

「大丈夫ですー。中級魔法も使えるようになりましたから!」

「いや、そこは危なくなったらファイガ使おうよ…」





リュックに手伝えとでも言うと思ったが、ひとりで行くつもりらしいナマエ。

まあ薪くらいならひとりで行かせてもそう大事にはならないと思うが。
実際、ファイガを使えば炎に耐性でも無い限りは大抵すぐにケリがつくだろう。

だが、わざわざひとりで行かせる理由も無い。




「俺がついていく」

「へ…?」




だから俺がそう名乗り出れば、ナマエは何故か声を上ずらせた。
目を丸くし、俺を見て驚いている。

正直、手伝ってやると言ってそんな反応をされるとは思わなかった。





「なんだ、その不服そうな顔は」

「いや、オジサンはもう休んだほーがいーよ」





ガンッ
良い音が響いた。

「つうう…」と頭を押さえるナマエ。

俺はその反応を無視して先に歩き出した。





「行くならさっさと行くぞ。その辺でのたれ死なれたらタチが悪い」

「だからいつも一言多い!」





そんなやり取りをしながら、ナマエも駆け足で俺を追ってくる。
リュックの「いってらっしゃーい」という軽い送り出しを受け、俺たちはふたりで森の奥へ入った。





「薪ー…薪ー…手頃な薪やーい…」

「呼んで集まるわけじゃあるまい。馬鹿らしいからやめろ」

「馬鹿らし…どーせ馬鹿ですよーだっ!」





薪を集める際、何故か薪に呼びかけるナマエ。
その姿は…まあ何と言うか頭の悪そうな。

そんなことを言えば当然ナマエは睨んでくるわけだが。
そして俺から視線を外しふっとそっぽを向いた。

そのまま、薪を拾うためにしゃがみこんだナマエ。
その際、小さく息をついたのが聞こえた。





「どうした」

「んーん。別にー。なんとなく。疲れたからかな」





声を掛ければナマエは何でも無いと小さく首を横に振った。

小さな手で薪を拾いながら、その視線はぼんやりどこか遠くを見ている。

疲れ果て、思う事も沢山ある。
こんな状況だ。きっと、誰もがそうであろう。

ナマエとて同じ。ため息が出るのも無理のないことだった。





「ね、アーロン」

「なんだ」





そんな時、名前を呼ばれた。
俺は耳を貸す。

何か思う事があり、その聞き手を求めているのならいくらでも相手になってやろうとは思う。

そう言えば、10年前にも同じようなことを言った気がする。
あれはビサイドに向かうリキ号の中だったか…。



《もし、また聞いて欲しい話があったら言え。…俺でよければ、いくらでもを聞いてやる》



あまり元の世界の話を口にしなかったナマエ。
普段はそうでもないくせに、変なところでひとり抱え込む癖がある。

捌け口があるのは違う物だ。
だからあの時俺はナマエにそう伝えた。

それを聞いたナマエも微笑んでくれたのをよく覚えている。

懐かしい記憶だ。
だが、そこまで思い出したところで今目の前にいるナマエが黙ったままなのが気になった。





「おい、ナマエ?」





俺を呼んだまま黙っているナマエ。
声を掛ければ立ち上がり、くるりと俺に振り向いた。

ただ、やはり何を言う事も無い。

俺は催促するように再び声を掛けた。





「人を呼んでおいて何を黙っている」

「好き」





俺の声に被るくらいのタイミング。
ナマエが発したその言葉。

それを聞いた俺は、その一言にまるで体が固まるような衝動を覚えた。






「…なに?」





思わず、短く聞き返す。

だが、そこで我に返った。

驚きこそあった。
いや、一瞬とは言え…何を動揺したのか。

今俺の頭に過ったこと。それは馬鹿な考えだ。
ありえるわけがない事実。

一瞬でもおかしなことを考えた自分を否定した。

だが、そうしてナマエの顔を見れば、あまりに真っ直ぐで…また息が詰まった。
ナマエは言葉を繰り返す。





「好きです」

「なにが」

「アーロンが」





…意味が、わからなかった。

ナマエが、俺を好きだと言った。

するとナマエはまるで何かに耐え兼ねたように視線を下へと逸らした。
そして、間にしばしの沈黙が流れる。

…好き、という感情…。

…知っている。
そう、友としては、きっと…想って貰えていただろう。

しかし…今、ナマエの言う、これは…。





「お前、何を言っているんだ?」

「そのままの意味ですが。あー…でも、ちょっと恥ずかしいから何度も言わせないでほしー…かな。突拍子もないのは百も承知だけどさ」

「………。」

「1年前…あ、いやスピラにとっては10年前か。自覚、したのは全然だけど、多分…そん時から、ずっと……好き」





ナマエは再び視線を上げ、俺を見上げた。

俺をじっと見つめているその瞳。
本当に…真っ直ぐだった。

真っ直ぐに、俺を好きだと言う目の前の少女。

俺は、最後にもう一度だけ尋ねた。





「…本気か?」

「こんな冗談言わないよ」

「…そうか」





声を聞けばわかった。
真面目に言っているのだと。

確かに、こんな冗談を言うとは思えなかった。

そこで…やっと言葉がしっくりと落ちた。
ナマエが俺に抱いてくれた…その想い。

その時俺は、酷く…息苦しさを感じた。





「あはは!そんな真剣な顔しなくていーよ!返事とかいらないしね!ていうか、どうこうなりたくて言ったわけじゃないもん」





考えるように目を伏せた俺に、ナマエは明るくそう言った。

返事はいらない。
どうこうなりたくて言ったわけでは無い。

…本当に、そうなのかもしれない。

しかし、その言葉を聞いて俺は口を開いた。





「いや…答えよう」





そう言うと、ナマエはひくりと少し固まった。

その反応が、事実を色濃くするようで。

いらないと本人が言ったとはいえ、答えるべきだろう。
ナマエだって本来なら知りたいはずだ。

…答えは出せる。
俺の出す答えなど、決まっているのだから…。





「お前のことは…かけがえない存在だと、思っている」

「……。」

「…だが…その気持ちに応えることは…出来ない」





言葉を探し、伝えた。

仲間として、かけがえのない。
それも嘘じゃない。本心だった。

だが、それ以上は…。

そうだ。それは絶対的な事実だった。
俺は…自分のこの想いを口にするつもりはない。

こんなもの、あってないものだ。
ナマエが知る必要はどこにもない。





「…うん!」





俺の言葉を聞いたナマエは頷いた。

満足そうに、笑みを浮かべて。
それは、こちらの方が面を食らってしまうくらいに。





「あははっ、返事、わかってたし、本当に良かったのにな。ただ、このまま言わないで元の世界に消えたりしたら後悔するかと思っただけだからさー」

「帰る方法がわかったのか?」

「わかんないよ。もしもだって、もしも!わからないからこそ!」

「…そうか」

「はっはっはー!あたしってば物好きだー!オジサン相手に何言っちゃってんだかねー!」





ケラケラ笑うナマエ。
そして、その頭に響いたガンッという音。

そう…これが、普段だ。

それが身に染みた時、ナマエは顔を上げてぱっと明るく目一杯の笑みを浮かべた。





「突拍子なくてごめんなさい!あー!でも、スッキリした!」

「……。」

「あ、何か態度変わるとか無いよね?今まで通りで、これからもヨロシクお願します!」

「…そんなもの、今更変わるわけなかろう」

「あはっ、それもそっか!」





気持ちを伝えて、何が変わるか。
いや、きっと何も変わらない。

それは確信があった。だからそうすぐに答えた。

現に、先ほどの冗談と拳骨はそうだった。

それを聞いたナマエは笑って頷いた。





「よっし、薪も集まったし戻ろ。リュックに遅いーっ!って怒られちゃう」

「……ああ」






俺が頷いたのを見ると集めた薪を抱きしめ軽快に歩いていくナマエ。

その小さな背中を見つめ、俺も歩き出す。
…そう、目の前にあるその姿。

多分、本当にどうなりたいと言うわけで言葉にしたわけでは無いのだろう。

俺がそうだったように、ナマエも自分など対象外であると…。

だが、いつ消えるかわからないからこそ、か…。
確かにそうだ。あいつはいつスピラから消えないとも限らない。

事実、10年前そうだった。
だからこそ…元の世界に戻って抱く後悔を既に知っているのかもしれない。

そんなことを思いながら、俺は自分の掌をじっと見つめた。





「………。」





今、スピラにあるこの手。
だが、容易く消える…本来存在しないもの。

…あいつに想いを向けられるなど、考えた事も無かった。

今、前を見つめればそこにいる。
今は確かに、この世界に、すぐ傍にいるナマエ。

…蓋をしろ。
これ以上溢れさせるな…。

あんな子供に…。

そんな風に否定的な言葉を探して、しかし、裏腹に止まらない。



愛しい。
愛しくてたまらない。



溢れ出る。
手を伸ばして、引き寄せて、腕の中に閉じ込めてしまいたい。
力いっぱい、掻き抱いてしまいたい。

わかっている。
この手には、そんな資格は無いことなど。

俺はこの先の未来、お前の傍に居て、守り抜くことが出来ない。
…幸せにしてやると、誓う事が出来ないのだ。

いや…本当は、今、守りたいと願う事すらおこがましいことなのかもしれない。

溢れ、止まらない愛しさに、俺は己の愚かさを感じた。



To be continued

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