背中の温度



「へー。リュック凄いね。あたしの世界、機械禁止とかしてないけどバイクの整備しろとか言われたら出来ないわー」

「えへへ、まあ見ててよ。ちょちょいっとやっちゃうから」





マカラーニャの森を抜け、辿りついた雪景色。
ナマエはスノーバイクの調整を手際良く行うリュックの姿を見て感心に笑みを咲かせていた。

先程、俺たちはアルベド族に襲われ、その際にリュックの事で一悶着があった。



《他のアルベド族の事は…まだよくわからないけど、でもあたし、リュックは好き》



そんな中で、そう言い切ったナマエ。
リュックには特に響いただろう。

もともと気が合うのはあっただろうが、今のリュックはナマエに表情を柔らかくしている様子がよく見て取れた。

まあ、この一行は大半の者がユウナがアルベドとのハーフである事を理解している。
だから、ただ一人を除きリュックに対しての理解もあり、リュックがそう思い詰めるような状況になることが無かったのは良かっただろう。





「さーて、行くッスか!」





リュックが調整を終えたところで、ティーダがそう言った。

マカラーニャの寺院へはもうここから一直線だったはずだ。
スノーバイクに乗ればあっという間の距離だろう。

キマリはスノーバイクにいち早く跨るとそのまま先に道を走っていく。





「キマリには負けられないッス」





その様子を見たティーダはそう闘争心を燃やしていた。
…別に競う意味も無いだろうに。

奴はスノーバイクに向かって歩き出す…が、その前にちらりと視線を女性陣の方へと向けていた。





「いっくよ、ルールー。しっかり掴まっててね」

「ええ、お願いするわ」





そこにはルールーを後ろに乗せて一足先にバイクを走らせていくリュックという二人の姿があった。

そしてそれを見たティーダはわかりやすくガクリと肩を落とす。

…成る程な。
大方、誰かを後ろに乗せて走れたらとでも考えていたのだろう。

しかし見事に玉砕。

だが、まだひとり残っている。
となれば当然、奴の視線もパッとそいつに向く。

が、それも上手くいかない。





「ぼさっとしてるな。行くぞ」

「え?わ?!ちょ、アーロン!?」





俺はぼけっと残りスノーバイクを眺めていたナマエの首根っこを掴み、スノーバイクの後部席に座らせるとそのままバイクを走らせた。

その時のティーダの顔は、まあ…傑作だったかな。





「意地悪だよな…あんた」

「なんだ?」

「つーか何でナマエはそっちに乗ってるスか!」

「んー、何でと言われても…何でだろう?」





その後、並走していたバイクで案の定ティーダはむくれていた。

相変わらずあまりに単純で素直に感情を出してくれる。
からかい甲斐があるものだと少し笑った。





「間違いが起こらないようにな」

「なんだよそれ」

「話を複雑にするなと言うことだ。うまく立ち回れなくなって…泣くぞ」

「余計なお世話だっつうの」





恐らく、今ティーダが一番気を掛けているのはユウナだろう。
にも関わらず他にうつつを抜かすとは、随分余裕じゃないか、と。

悪いが、そんな中途半端な奴にコイツを渡す気は無い。

…なんてな。
そんなことを考えて、ふっとひとり心で笑う。

まあ、ユウナにとってもこの方がいいだろうしな。





「…あんたの言う通りかもな」





するとティーダは少しだけ納得したように唇を尖らせていた。
その顔を見て、俺はまた薄く笑った。





「お前の年頃で…」

「ん?」

「何も間違いを犯さないのも、つまらんがな」

「…うう。どっちっスか!」





そう、こいつらの歳で痛い目を見るのは悪い事ではないだろう。
それはこの年だからこそ許される特権かもしれない。

色んなことで失敗して、そしていつかは笑えるのだ。





「なーにそれー?アーロンはどーだったの?」

「…さあな」





その時、ナマエがくすくすと笑いながらそう尋ねてきた。
俺は軽く流して、でも…頭の中では思い浮かべた。

今の意味合いとは違うが、失敗という言葉で真っ先に浮かんでしまうのは…やはりあのザナルカンド遺跡での出来事か。
俺が異界へいける日が来たら…その時はジェクトとブラスカと共に、それを笑う事が出来るのだろうか。こいつらの時代の訪れを信じて…。

まあ…今の意味合いとして考えるならば。
…お前に事に関して言えば、俺は何もしなかったな。

それが失敗だったのかは、どうなのだろうな…。

正直に言えばあの頃から俺は…ナマエを愛しく思っていただろう。

しかし、召喚士の旅という中でそんなものにうつつを抜かすなどという考えを持っていたから、素直に認めるような事はしなかっただろう。

素直になっていたところで、何がどう変わったとも思えんが。
前にも思ったが、好意という意味での対象に見られていた自信は無い。

ただ、そうした対象として見てもらうくらいにはなれたのかもな。

まあ…実際は、ナマエの世界のこともあったしな。
現にこいつは旅の途中で姿を消した。

…結局、その時一番諦められなかったのも俺だったが。





「ねー…ワッカとリュック、元に戻れるかなあ」





その時、ナマエが背で呟くのを聞いた。
それと同時に振り落されぬように握っていた背の赤を軽く掴まれたのを感じて、微かに愛しさが滲む。

先程、リュックの肩を持つように声を上げたナマエ。

しかしそれぞれに理由はある。
大方、言い過ぎてはいないかと気にしているのだろう。

俺はナマエに声を掛けた。





「時間は必要だろう。だが、何かしてやりたいと思うのは悪いことではない。今、当人同士をぶつけても反発してしまうだろうからな。自信を持て。お前が間違った事を言っているとは思わん」

「…アーロン」





また、赤を掴む力が強くなった。
でもきっとそれは不安からくるものではない。





「…ありがと、アーロン」





背にいるナマエの顔はわからない。
だけどきっと微笑んだ。

そうわかる声音だった。



To be continued

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