はじめての魔法
朝が来る。
目が覚めると、そこにはいつも見るはずの見慣れた景色はどこにも無い。
「あ、ナマエ。おはよう」
「…おはよ、ティファ…」
声を掛けてくれたのは、黒髪の美人さん。
あたしは寝ぼけ眼ながら、彼女の挨拶に応える。
だけどその3秒後くらい。
ぱっとあたしの頭は冴えわたった。
ティファ。ティファって言ったぞ、今あたし!
そうだここ!FF7の世界…!!!!
昨日の出来事を一気に思い出した。
あたしは昨日…突然、自分の家から変な場所に飛ばされた。
そこで会ったのはまさかのクラウドで、そして彼に連れられてきたセブンスヘブンに一晩泊めてもらうことになった。
もしかして、目が覚めたら全部夢だったり…なんてことも少し考えたけど、目が覚めてもあたしは此処にいた。
眠りから覚めてもなおそこにある事実に、現実感が増した気がする。
自分の手を伸ばして、そこにある景色に掲げて見て、あたしはそんなことを思った。
「あ!クラウドおはよ〜!いやあ〜今日も格好いいね〜!大好きよ〜」
「………。」
簡単に身なりを整えて、セブンヘブンの店内に顔をのぞかせると、そこには既にクラウドの姿があった。
やっばいね。朝からクラウドお目見えとかなんたる至福…!
朝っぱらから加減せずにハートを振りまいておくと、お前はまたか…という顔をされた。オーライ、どんどん慣れておくれ。あたし、これ止まんないから。
昨日、あたしは唯一あたしがこの世界に来た瞬間を知っているクラウドに自分の身を預けたいと頼んだ。
そして半ば無理矢理だけどなんとか頷かせることに成功。
んで、クラウド自身もティファやバレットと話して、本日も魔晄炉の作戦に参加することを決めたようだ。
まあ、ゲームの通りよね。ティファに説得されて、バレットに前回の倍の報酬を要求して。
だから今日一番の問題は、その間あたしがどうするのか…ということだった。
「まあなんにせよ、クラウド頼りにしてるぜ!って事なんだけど」
「…丸投げする気か」
「いやいや、やれることがあるならやりますとも。でも、頼りにしてるのは本当。頼りにしてますよ、クラウドさん」
「…はあ…」
「溜息つくと幸せ逃げますよー」
「誰のせいだと思ってるんだ。…じゃあナマエ…一応確認するが、あんたに戦闘能力は無いと考えたほうが良いんだな?」
「そうだねー。悪いけど、皆無だと思うよ。ていうかあたしの世界…あたしの住んでた場所じゃ武器なんて持ってたら牢屋ぶち込まれるよ。モンスターもいないし、戦う必要なんて無いからね」
「まるで夢物語だな…」
「そりゃこっちの台詞です」
「…しかし、だとすると魔晄炉に連れて行くのは危険か…」
クラウドは難しい顔をして、あたしへの対応を考えてくれた。
…ほら、やっぱああは言うけど、クラウドって良い奴だよなあと思う。
でも本当、あたしはどうするのが正解なんだろう。
お留守番するか、魔晄炉に行くか?
今後の展開的には、どうだっけ。
あたしはうーんと記憶を辿り、この先の展開を思い出してみた。
えーっと、確か…今回は伍番魔晄炉だから、最後にはプレジデント神羅と会うんだよね。
それで…あのでっかいエアバスターの機械と戦って…そのあと、クラウドは…。
「……まじか」
「なんだ…」
クラウドについて行ったらどうなるか、想像して唖然。
そしてそんなあたしの様子を見たクラウドも怪訝そうな顔をした。
エアバスターと戦った後、あれは最後にドカーンと行くんだよね…ドカーンと。
んでそれに軽く巻き込まれたクラウドは足場を失って、抵抗虚しくスラムにドーン。
そこで運命的にお花売りの美人さんと再会、なわけだけど。
そう。あたしが物凄く魅力を感じているのはそのお花売りの美人さんだった。
いや出来るなら会いたい…!
物凄い会いたい!ていうか絶対会いたい!
しかし…だからといってクラウドと一緒にダイブするのは、ちょっとあまりに危険すぎるよねえ…。ていうか最悪死ぬんじゃねえのって話だ。
流石にそこに命を張れるか?
というか死んだらエアリスに会えない!!!
「う、うううう…」
「ひとりで葛藤するのやめてくれるか。先が不安になる」
「…だって、クラウドに未来のこと教えてあげられないっぽいし?仕方なくない?」
「はあ…」
クラウドはまた溜息をついた。
が、今度があたしも溜息つきたいぞ。
エアリスに会いたい。あの教会に行ってみたい。
けど、そこに行くのに死んでしまうのは勘弁だわよ。
「…武器を持たせられないとすると、あとはマテリアか」
「う?」
「ナマエ。マテリアはわかるか?」
「え、マテリア?」
あたしが葛藤を繰り返す中で、クラウドはちゃくちゃくと現実的な話を進めていた。
振られたのは、この世界の冒険に置いて欠かすことの出来ないアイテム…マテリア。
あたしは頷いた。
んで多分、同時に…ちょっと目が輝いた。
「うん!知ってるよ。魔法とか使えるようになるよね」
「…それは、物語の知識として…知ってるって事か?」
「イエス。実際には見た事無いよ」
「…これがマテリアだ」
「おおおおおおおおおお!!!!」
そういって、クラウドはバスターソードについているマテリアを外してあたしに見せてくれた。
コロンと手の上に転がる緑色の丸いモノ。
その重みを感じ、あたしは顔をパアッとさせた。
「わあ…!本物のマテリア!?すっごーい!」
「…そんなに珍しいものじゃないけどな。それは冷気と雷だ」
「うん!ブリザドとサンダーだね!」
「…そのあたりの説明は不要そうだな」
「うん、お任せあれ!下手したらクラウドより詳しいかもよ?」
「言ってくれるな」
「うふふ、手持ちが増えたら任せてよ。組み合わせ、いっぱい考えるよ?」
「そういう自信はあるんだな」
結構、自信満々に笑えたと思う。
マテリアの組み合わせ、考えるのはわりと好きだったしね。
「で、マテリアが何?持たせてくれるの?」
「ああ。今はそれが一番現実的だろうからな。俺もアイテムを補充したいし、店に行くからついて来い」
「本当?!」
なんと。なんと…!!!
まさかのマテリアを持たせてくれるとな…!!
やっぱクラウド最高じゃないか。
あたしの考えは間違ってなかったね。
頼りにする人、大正解だったよー!!!
「わー!!もう本当クラウド大好きだー!!!」
「………。」
両手を上げて喜んだ。
クラウドはやっぱり微妙な顔してたけども。
こうして、あたしはクラウドに連れられスラムのショップを覗いた。
品ぞろえが良いとは言えなかったけど、FFの世界に来て初めてのショップ。
またも湧き上がるテンションは大変なことになって、抑えるのがえらいこっちゃだった。
「じゃあ、これだな…。はめてみろ」
「いえっさー!」
クラウドがマテリアショップで購入したのは、炎と回復のマテリアだった。
そして武具屋さんで購入したアイアンバングル。
あたしはそれに回復のマテリアをはめ込み、自分の腕につけてみた。
「わー!マテリアー!装備しちゃった!」
「アイアンバングルは穴がひとつしかないし、ひとまず回復をつけておけ。それと…これ、冷気…でいいのか?」
「うん!それがいい。なんか間違えても冷てっ!!で済みそうだから」
「…そんな軽くは済まないだろ。どれもダメージは変わらないが…、まあその辺は好みだから好きにしてくれ。ほら」
「ありがと!えへへ、クラウドのお下がりだね!」
そして、まったく攻撃の手段がないのもアレだということで…クラウドが持っていた冷気のマテリアを預けてもらった。
今のところは、このふたつを臨機応変に付け替えなさいよと。そんなところだ。
「とりあえず、一度使ってみろ。本番で使えなかったじゃ話にならないからな」
「あ、うん。どう使うの?」
「…それはわからないのか。そうだな…生まれたばかりのマテリアだからケアルしか使えないし…。じゃあコレ、そう大きな傷じゃ無いから放っておいたんだが…昨日出来たこの擦り傷、手を添えて念じてみろ。なに、そう難しい事は無いさ」
「う、うん」
クラウドが差し出してきたのは腕にある小さな擦り傷だった。
なんでも昨日の魔晄炉のミッションで軽く擦ったらしい。
でも魔法やポーションを使うほどでもないし、と放っておいたとか。
これが治せれば良いわけね。
なんだかちょっとドキドキだ。
だって魔法が使えるかもとか凄すぎない!?
期待と緊張に胸が高鳴る。
あたしはそっとクラウドの腕に手を添え、そしてそこに意識を集中させ…一言、唱えた。
「ケアル!」
回復の初級魔法。
バングルにセットしたマテリアから、何かが流れ込むような感覚を覚える。
そしてその瞬間、パアッ!!と眩い光がクラウドの腕を包み込んだ。
そっと手を放せば、そこには先ほどまでの擦り傷は無い。
おおおおおお!!!
あたしはパッとクラウドの顔を見上げた。
「クラウド!成功?!」
成功だよね?やったよね!?
あたし魔法つかえちゃったよね!?すっごくない!?
この感動を分かち合わせておくれ!!
そんな期待を込めて彼の顔をあたしは見上げてた。
だけど、そこにあったクラウドの瞳は…なぜかとんでもないモノを見たかのように大きく見開かれていた。
「クラウド?」
「…ナマエ…」
「はい?」
「…あんた、今…何を放った?」
「え?」
何を、放った…?
クラウドに問われた言葉。
質問の意味が、よくわからなかった。
「なにって、ケアルでしょ?そもそもそれしか使えないってクラウド言ってたじゃん?」
「…ケアル…」
なぜか困惑したような顔をしているクラウド。
そんな顔をされても、あたしだって困るのですが。
すると彼は今治ったばかりの腕に触れ、唖然としたように呟いた。
「ケアル…だったのか?」
困惑。唖然。
そんな色の、彼の声。
だから、あんたケアルしか使えないって言っただろうよ。
あたしはそう思いつつ、青い瞳を丸くしているクラウドの顔を、首を傾げて見つめていた。
To be continued
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