データファイル


途絶えてしまったアリサへの手掛かり。
それでもなんとかしてアリサを見つけなくてはならない。

だからあたしたちは、何か別の手立てを講じることにした。





「ホープ、どう?」




タワー内の端末をいじっていくホープ。
あたしはそんな彼の顔を覗き込んで尋ねた。

まず、あたしたちが行ったのはタワーの端末で何か出来る事が無いか探す事。

タワーの端末を使えば犯人に居場所がバレてしまうかもしれないけど、今回そこには目を瞑った。
そもそも、もうあたしたちの居場所なんて把握されてる可能性が高いし、今更そんなことを気にしても仕方ないという結論に至ったからだ。

ただ、ホープは念を入れて自分のIDは使わずに不正アクセスの手段を取った。

そんな彼の表情は、難しいまま固まっていた。





「駄目ですね…。外部との連絡どころか、デュプリケートひとつ動かせないわけか。参ったな…」





ホープはメインシステムが大幅に書き換えられているんじゃないかと危惧していた。
そして、その予想は的中してしまう。





「かなり巧妙にシステムが書き換えられてますね…。もしかしたら、初めてエラーを報告された時から…犯人は少しずつ書き換えを行っていたのかも。全体を修復しようとしたら…」

「もっのすごーく…時間がかかる?」

「はい…」





ホープは苦い顔をして頷いた。

専門的な事は全然わからないけど、多分数分とかで出来るような話じゃないんだろう。
きっと、何日とか、何週間とか…もしかしたら、何か月とかなのかもしれない。

アリサを助けなきゃならない今、そんなものは論外だ。

他の方法を考えるか、何かないのか…。
あたしは「うーん…」と頭を悩ませ唸った。





「あたしじゃ、難しい事はわっかんないしなー…。なんか、何か無いの?なんとか動かせそうなシステムとか、部分修復とかさ」

「今、色々ハッキングしてるんですが…。書き換えを行った人物は、相当な技術の持ち主ですね…。少なくとも、これだけの再構築を行えるのはアカデミーでも一握りだと思います」

「は、ハッキング…してんの?そんなこと出来ちゃうのか…。ええ…うーん、じゃあ頑張ってよ!ホープ主任!教科書に載っちゃう偉人ホープ・エストハイムさん!」

「無茶苦茶言いますね…、あ」

「あ?」





パネルをいじっていたホープが、なにか反応した。
あたしは首を傾げる。

するとホープはあたしの顔を見て、人差し指をひとつ立てた。





「…一か所だけ、プログラムに脆弱な個所が見つかりました」

「え…、…凄いじゃん…流石偉人さん…?」

「…それやめてくださいって。でも、トラップの可能性も考えられますけど…」

「犯人の罠?わざと穴を作ったってこと?」

「ええ…」





モニターを見つめるホープは、少し迷いを見せていた。

確かに、アカデミーでも一握りクラスの技術者なら、そんな穴を残すのは不自然と言えば不自然…?なのかな。
その穴を見つけるのにも、どれほどの知識がいるのかわからないから…やっぱりあたしには何とも言えないけど。

ただ、じゃあ他に何か出来る事があるのかと言われると…それも難しい話だ。

だったらもう、それに賭けてみるしかないんじゃないかとも思った。





「…うーん。ねえ、でも結局さ、それしか出来る事無いんでしょ?」

「…まあ、そうですね…」

「じゃあ、やってみようよ」

「…危険かもしれませんよ?」





心配そうにあたしを見つめてくるホープ。

犯人の罠。
もしそうだったとしたら、そこを突いた途端に何かが起こるのだろうか。

だけど…試さなきゃ、きっと…ぐるぐると気になってそこに残り続けてしまうだろう。

あたしはへらっと笑った。





「あいにく危険は慣れっこさ。大丈夫、大丈夫」

「軽いですねえ…。そんなの、出来れば慣れない欲しいんですけど?」

「えー。しょうがなくない?んー、じゃあホープに守ってもらうから大丈夫ってことで」

「言ってくれるなあ」

「あれ?守ってくれるって言いませんでした?」

「あはは、勿論。一生かけて、守らせていただきますよ」





思い出したのは、一番大切な言葉を貰った時のこと。
それを、少し冗談まじりにして。

少しは緊張が和らいだだろうか。
堅くなっていたホープの表情は、少しほぐれたように見えた。

ホープは頷いた。
可能性があるなら、試してみよう。

あたしも頷く。

それを見たホープは、システムの穴に侵入することを決めた。





「これは…!」





突破したシステムの脆弱部。
だけどそれを見たホープの手は、ぴたっと固まってしまった。





「なに?って…これ、ファイル?」

「はい…。あ」





多分、拍子抜け。
そんな言葉がぴったりだったと思う。

侵入した先に置いてあったのは、あたしでもわかる、ごく普通の一般的なデータファイルだった。

ただ、そこにもプログラムは仕組まれているようで、そのファイルは操作するまでも無く勝手に開いて中のテキストが表示されていった。
そして、こちらからの操作は一切行うことが出来ない。

ホープが声を漏らしたのはそのせいだった。

まあつまりは、これ以上ないほど明快なトラップだったわけだ。

ただ…問題は、その開かれたテキストに書かれている内容だった。





「これ…僕の、行動記録…?」

「え…?」




テキストの内容を見たホープは、目を丸くしていた。

あたしもそのテキストを覗き込んだ。

ただ、あたしの場合…文章を読むのに少し時間がかかるのだ。
日常生活に支障ないくらいには読めるようになっているけど…。

テキストはそこそこの量だった。
しかも、こう…堅苦しい書き方をされてるっていうか…。
そういう文章なら尚のことだ。

まあざっと見た感じ、確かにこれはAF2年以降のホープの行動記録のようだった。

AF2年にアカデミーに入った事から、パドラ遺跡であたしたちと再会するところも…。
ホープに関する細かい内容が、そこにはずらりと記されていた。





「な、なにこれ…なんか、キモチワルイ…」

「どうやら僕は、過去の時代で何者かに監視されていたみたいですね。でも…妙です」

「そりゃ妙でしょ…こんなんあったら…」





あまりの衝撃展開にちょっと絶句。

いや、なんだこれ…本当。
こんなの奇妙以外の何物でもないでしょうよ。

あたしは不気味さを覚えながら、モニターに映し出されたそのテキストを指差す。

するとホープは「いや、そうじゃなくて…」と首を横に振った。





「確かにこの文章が存在してることも奇妙なんですが、ココ、見てくださ…っ、ナマエさん!!!」

「…え、…うわっ!?」





テキストの一部分を指差したホープ。

だけどあたしがそれを見ようとした瞬間、彼は何かに気が付いたように突然しゃがみ込み、あたしの腕も引いて自分の方に引き寄せた。

いきなりしゃがまされて、何事かと思った。

だけどその直後、それが間一髪だったのだと気が付いた。
なぜなら、あたしたちの頭上で端末パネルが粉々に砕け散ってしまったのだ。

パッと目を向ければ、入り口にはアカデミーの研究員が立っていた。

だけど、表情が何だか薄い。
多分、前にパラドクスのAF200年で見たのと同じ…あの研究員はデュプリケートなのだろう。




「動きが鈍い…不正にプログラムを書き換えてるからか…」

「え…?」





ホープが何かを呟いた。
その声に彼の顔を見上げると、ホープは咄嗟に銃を構えていた。

ホープは早かった。

凄く、静かな音がした。多分銃声なんだろう。
だけどさっきの銃声とは違う、微かなもの。

その音と共に、目の前にいた研究院のデュプリケートは掻き消えた。





「すまない…」





消したのは、きっとホープの銃。
ホープは掻き消したデュプリケートを悼むように、苦しそうな顔した。





「ホープ…?」

「…すみません。ナマエさん…どこも怪我してませんか?」

「え…、あ、うん、それは…大丈夫。ありがと…」

「…よかった。守るって、約束しましたからね」





ホッとしたように、優しく笑ったホープ。
そして一足早く立ち上がると、あたしに手を差出しそっと引き上げてくれた。

あ、なんだか年上だなって…ちょっとだけ思った。





「…ねえ、今のって…デュプリケート?で、その銃なに?」

「…デュプリケートですね。この銃は、対デュプリケート仕様のものですよ」





聞けば、ホープは銃を見せてくれた。

対デュプリケート。
そんなものがあったなんて、少し驚きだ。

少しまじまじとその銃を眺めてみる。

するとホープはもうひとつ、今の出来事の中にあった事実を教えてくれた。





「…あの研究員のオリジナルは、かつて同じチームにいて懇意にしてたんです。遠い過去の人間ですから、もういないのはわかってますし、デュプリケートはいくらでもコピーできます。でも、それでも自らの手で消すと言うのは…後ろめたさがありますね」

「……そっか」





ホープは悲しそうに言った。
それと同時に、少し怒っているようにも見えた。

多分、あのファイルを閲覧し始めたら背後から銃撃するプログラムが組まれていたんだろう。

ただ、なぜわざわざ懇意にしていた人物のデュプリケートを使ったのか。
そしてそれをホープ自身の手で消させた。それを強いられたことが、彼には引っ掛かったのかもしれない。





「ナマエさん…。アカデミーの資料には、ナマエさんたちタイムトラベラーのことも記されています。だけど、実名は載せていないんですよ」

「え、そうなの…?じゃあさっきのは…」

「そう…。だから、さっきのテキストを作ったのはAF10年でナマエさんたちの存在を知りえた過去の人物ですね。襲われる直前に言いたかったのはそれです」

「………。」

「それをこの時代の誰かが手に入れたか…。まるで、僕のこと…お前のことは何もかも知ってる、とでも言いたいようですね」





システムの脆弱部にあったファイルのテキスト。
そこに書かれていたのは、ホープの行動記録。

それをホープにわざわざ見せたみたいだ。

得体の知れない不気味さが漂う。

その時また、ちらっと目の端に光の粒が映った。





「クリスタル…」





見上げて、不安が募る。

やっぱりファルシの仕業…?
または、いないはずの…デミ・ファルシの…。





「ファルシの仕業なら…狙いは何だ?」





ホープは呟く。
だけど、そうしたところで…今、答えが出るはずもなかった。



To be continued

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