幼い日の苦い記憶


「駄目だ…壊れてる」

「携帯端末?」

「はい…。アカデミー本部を出る前に動作の確認はしてるので…戦闘の最中にぶつけでもしたかな…」





得体の知れない異常の起きているアガスティアタワーにて、アリサを探し、探索を続けるあたしとホープ。

ホープはここにきて初めて、外部に応援を求めることを思いついた。
今まで思いつかなかったのは、アリサが攫われた事で余程気が動転していたからだろう。

だけど思いついたところで…ここにはその手段がなかった。

携帯していた端末は壊れ、この階にある塔の端末はすべて何者かによって破壊されていた。
加えてこの塔のシステム自体もその何者かのせいで異常をきたしている始末。

今から壊れていない端末を探して、通信のシステムを修復して…。

考えるだけでとんでもない時間を食うのは目に見えている。
アリサの無事が確認できていない今、そんなことに時間を割いている暇はとてもじゃないけど無かった。





「…ナマエさん、正直…凄く危険だと思うんですが」

「わかってる。いいよ、あたしたちだけで何とかしよう。一刻を争うもんね」

「はい…」





だからあたしたちは外と連絡をとることを諦め、ふたりだけで塔の異常を探すことを決めた。
今は、アリサを無事に救出することが何よりの最優先事項だったから。

床の血痕は通路へと続いていた。
そしてこの血痕がアリサのものなら、それを辿っていけばアリサの行方がわかるかもしれない。

点々と残る血痕を追い、あたしたちは歩き出す。

血痕が途切れていたのは…塔の中心にある大きなエレベーターの前だった。





「エレベーター…51階で停まってるな。となれば…アリサがいるのは51階って事か…?」

「上の階…?じゃあ、とりあえず行ってみよっか」





アリサに続く手掛かりは、今いる階の上。
あたしとホープはアリサを探して上を目指した。

その途中、ホープがふと…あたしにひとつ尋ね事をしてきた。





「…ねえ、ナマエさん。ナマエさんは、パージ列車の中で何を考えていました?」

「え?」





グンと上がるエレベーターの中、腕を組みながらそう聞いてきたホープ。
あたしは首を傾げた。





「なに、突然?」

「いえ…ここに来て、逸れる前にアリサに聞かれたんですよ」

「アリサに?」





パージ列車。
それはあたしたちのあの旅が始まるきっかけになった日の出来事だ。

あたしはその数日前にこの世界に迷い込んで、ホープはたまたまお母さんとボーダムへと旅行に来ていた。

…本当に、それだけのこと。
ただ、パルスのファルシが見つかったあの時に…たまたまボーダムにいただけの話。

だけどそれだけで、あたしたちはパージされた。

聞けば、アリサもあの時たまたまボーダムにいたうちのひとりだった。





「アリサは…ずっと怒ってたらしいです。なんで私なの。私はボーダムじゃなくてパルムポルムの人間なのに、なんで巻き込まれるの。なんでよりにもよって私がボーダムに遊びに来た時なの、って」

「ああ…アリサも、パルムポルム出身なんだっけ」

「はい…奇遇なことに」

「しかも同い年、ってね」





アリサはホープを先輩と呼ぶけれど、本当は同い年だ。
そして奇遇なことに同じパルムポルムの出身。

加えて、偶然とはここまで重なる物かと驚くくらいだけど、パージが起こったときにボーダムに旅行に来ていたという点も同じだった。

縁って不思議だなあ。
それを初めて聞いたとき、漠然とそんなことを思った。





「でも、ホープも思ったんじゃない?なんで自分が旅行してる時に…って」

「そうですね…。まあ正直、僕は列車のことは曖昧なんですよ。そのあとに起きたことが色々と強烈で。でも確かに、よりにもよってなんで今なんだとは思ってたと思います。せめて自分たちがボーダムを訪れる前なら、或いはボーダムを発った後なら…きっと、母さんは死ななかっただろう…。旅の間、ずっとそんな考えが付きまとってましたから」

「だろうね。旅の最初、ホープ、ずーっとそんな顔してた」

「なんで僕がこんな目に…って、自分だけが不幸で不運に見えるんですよね。多分、歳のせいもあったんでしょうけどね」





当時、14歳だったホープ。
そんな年頃の少年に降りかかるには、あまりに残酷な出来事だったと思う。

パージは大人だって絶望するのだ。

あの頃のホープが周りを気にしていられなかったのも、そりゃ無理のない話だっただろう。





「ま、無理ないとは思うよ。あたしは、この世界にきたばっかの時だから…もう何が何だかわからないだけだったけど」

「…そうですね。でもパージされなかったら、ナマエさんとこうして話をしていることも無かったかもなあ…」

「んー、そーだね。まったく、本当今考えても結構強烈な状況での出会い方してるよ。色濃いわあ…」

「その後はコクーンの市民全員が巻き込まれてしまいましたしね」

「そーねー…。んー、でも本当にいきなりだね、その話。同じ出身なのに、今までそういうことアリサと話さなかったの?」





ちょっと意外だった。

同郷で、同い年。
しかもここ数年は共に研究していたのだから、そんな会話があってもよさそうなのに。

時間は申し分ないほど、たっぷりあっただろう。

何年もホープの研究を傍でサポートする。
あたしには色んな意味で出来ない事だから、ちょっと羨ましいなって思ってたくらいだ。

すると、ホープもどうやら少しその点については気になる事があるみたいだった。





「実は僕も…ちょっと思ったんですよ。なんで今になってこんな話をって。聞いてみたら、なんとなくって言われちゃいましたけど」

「なんとなく?」

「まあ…話しにくかったらしいです。そんなつもりなかったけど、僕がパージの話を避けてるみたいに思ってたらしくて。別に聞かれれば答えたんですけどね」

「んー、まあ起こった事が起こった事だしね…。じゃああたしもホープと話すときそれを避けるよう意識してたかって言われると、別にそんなことも無いけどさ…」





パージは、ホープの中で良い思い出と呼べるものでは無いだろう。

苦い思い出には違いない。
楽しいはずの旅行が一変し、お母さんが亡くなってしまったのだから。

だけどホープと話すとき、腫物の様にパージの話題を避けたかと言われれば…そういうことはなかった。
そりゃ、わざわざ意味も無く持ち出して話題にすることも無かったけど。
だけど必要であれば、口にすることはあったと思う。

まあそこには一応、その場にいた当事者であるから…という事もあるかもしれないけど。

ホープはアリサにもそのことを言ったらしい。
するとアリサは「なあんだ。変に気を回して馬鹿みたい」と笑ったと言う。





「ただ…少し気になったんです。そんな風に気にしてたなら、なんで今やめたのかなって。どうしてそのなんとなくが…今だったんだろうって。それは、特に聞きませんでしたけど」

「それも、なんとなくなんじゃないの?まあわざわざ避けてた話題だってんなら、ちょっと気になる気もするけど」

「…なんだか、この予兆みたいなものを感じてたんじゃないかって…そんな気もしてしまって」

「…予兆?」

「…いや、やめましょう」

「ん?」

「そんなの、不吉だと思い始めたらキリがないですよね」

「………。」





ホープは、嫌な予感を掻き消すように首を横に振った。

不吉なこと…。
それは、今、目の前に映った光景が…余計にそんな気持ちを掻きたてたのかもしれない。

エレベーターを下り、51階を探索していたあたしたちは、アリサの血痕を追い続けていた。
だけどその血痕も、51階の通路の途中でぷっつりと途切れていた。

まるでここで、ここでアリサがぷっつりと消えてしまったみたいに。





「…ここで、何かあったのかな」

「…わかりません」

「んー…まあ止血したのかもしれないよね」





少しでも何か前向きに考えられるような理由を探した。
アリサに意識があるのなら、出血を押さえるような処置をしていても不思議は無い。

ね、と少し空気を和らげるように笑って見せれば、ホープもその意図を察して頷いてくれた。





「でも、追いかける手掛かりが無くなってしまったのも事実です…。さて、どうしたものか…。何か他の手を考えないと」

「あー…ゴメン。その辺は役に立てそうにないなあ…。この塔のこと、あんまりわかんないし。うーん…防犯カメラとかある?」





アガスティアタワーはアカデミーの最先端技術の結晶だ。

あたしは別に機械類に苦手意識を持っているわけではないけど、こんなスーパーコンピューターみたいなのは別だ。
ノエルじゃないけど、何が何だかさっぱりだもの。

しかも、自分が生活してた時代から400年近く先の未来ときた。

そんなの絶対無理無理無理。

この点に関しては、専門のホープに任せるしかなかった。





「うーん…。機能障害が出てますからね…。何かタワー内で使用可能な機能が残ってるかな…。全システムが敵に掌握されたわけじゃないなら、何か打つ手もあるかもしれないんですけど」

「じゃあその辺調べてみる?」

「そうですね。手近な端末からアクセスしてみましょう」





出来る事は限られている。
とにかく、やれそうなことから試していくしかないだろう。

ホープは端末に触れる。
あたしはそんなホープの横顔を覗き込んで、成功を祈り、見守っていた。



To be continued

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