見えない敵


銃声が聞こえた。
…凄く、不吉な嫌な音。

そしていまだに続いている、戦闘をしているような音。

あたしは音のしている方へ走り出した。

なんだか嫌な予感がしたから。
じっとしていられなくなったから。

それはきっと、この場所がアガスティアタワーだったから。





「あっ!」





走って、やっと辿りついた音の場所。
あたしはそこに起きていた光景を見て、目を見開いた。

いや…正確にはそこで戦っていた人を見て、か。

同時に、その人を見つけて余計に焦りが増した。

嫌な予感は的中していたのだ。
そこにいた人は、あたしが一番失う事を恐れている人…。

ホープ・エストハイム。

彼は、ブーメランを手に魔法を使い、魔物たちと戦っていた。





「っ、ブリザガ!!」





あたしは咄嗟に、彼を守るように魔法を放った。

早く助けなきゃ、守らなきゃ。
他に何を考えることなく、ただそれだけを考えて。

放たれた氷の魔法は、意表をついて一気に魔物たちを凍てつかせた。





「え…」





目の前に突然起こったその光景に、ホープはパッとこちらに振り向いた。

そして、さっきのあたしとまるで同じ。
あたしの姿を見つけた瞬間、驚きを隠すことなく目を丸くしてた。





「ナマエ、さん…!?」

「ホープ!」





あたしはホープに駆け寄った。
ホープも同じように、こちらに駆け寄ってきてくれる。

あたしは彼の腕に触れ、まじまじとそこにいる彼の姿を眺めた。





「ホープ、大丈夫?怪我してない?」

「え、ええ…。ありがとう、僕は大丈夫です…けど、ナマエさん…どうしてここに?」

「え?あー…えー…と、それ聞かれると…あたしもどうしてか、わかんないんだけど…」





ひとまず、ホープに怪我は無さそうだ。
良かった。そこは一安心だ。

それに、知ってる人、それもホープに会えてあたしはかなりホッとしたような気がする。

だから今自分の置かれている状況だけをやっと省みることが出来て、言葉に困った。
…あたし、本当に何でアガスティアタワーなんかにいるんだろう…?

わからないのだから答えられるわけなどなく、うーん…と悩んだ。

するとその様子を見たホープはあたしの言葉を待つことなく、突然あたしの手をガッと掴んできた。

え、なに。

驚いてあたしは彼の顔を見上げる。
そして、その顔を見てもっと驚いた。

ホープのその顔は、酷く焦って切羽詰まっているみたいだったから。





「ナマエさん、すみません、その話は後で。今は一刻を争うんです!アリサが危ないんだ!」

「え、アリサ?って、わ!ちょ、ホープ!?」





ホープはあたしの手を握ったまま、凄い勢いで走り出した。
おかげ様であたしは、わけわからないまま凄い勢いで引っ張られることになった。

え、ちょ、え、なに?
ほ、ホープくん!?





「ホープ、どこ行くの!?アリサ!?アリサもいるの?」





手を引かれ、思考の追いつかないままあたしはホープに尋ねた。

彼はアリサと口にした。
アリサ。アカデミーに所属する優秀な女性で、多分、ホープの右腕みたいな存在。





「そう!僕はアリサとこの塔の調査に来たんです!だけど逸れて…詳しくはあとで説明しますから、とにかく今はついてきてください!」

「う、うん」




アリサが危ない。
ホープの言葉からしっかりと理解出来たのはそこだけだった。

でも、ホープの焦りようが普通じゃない。

ホープも魔物に襲われていたし、もしかしたら…アリサも?
それなら確かに、一刻を争う事態かもしれない。

とにかく急がなくては。
そう焦るホープの背を見つめ、あたしはそれに合わせるように足のスピードを速めた。





「っ…これは」

「…ホープ、それ…」





走ったホープは、あるひとつの部屋をまっすぐに目指していた。
そしてその部屋の前まで来たとき、彼は足を止め、言葉を詰まらせた。

彼は何を見たのだろうと、あたしもホープの視線の先を覗き込んだ。
すると、その理由はすぐにわかった。





「血…?」





そこにあったのは赤だった。
点在する、真っ赤な血…。

あたしがそれを呟いた瞬間、ホープはサッと顔色を変えて部屋の中に飛び込んだ。





「アリサ!!」





響いたホープの声。

あたしも後を追い、部屋の中に足を踏み入れる。
だけどそこには、彼が名を叫んだ彼女の姿は無かった。

代わりにあったのは、また…血。

そして、銃撃によって焼け焦げた壁と、亀裂の入ったパネルなどが無残に残されていた。





「そんな…」





ホープは絶望したみたいに、掠れた声を零した。

今までの状況からなんとなく察すると、ここに…アリサがいたのだろうか。
それは想像したら、あたしもゾッとした。

だってこの部屋の有様を一言で言うなら、やはり無残が一番しっくりきたから。

だけど、じゃあ…なんでそんなことになっているんだろう?
状況がわからないあたしが行きつくのは、やはりそこだ。

だからあたしは、それをホープに尋ねようとした。
でも…その時、目の端にキラッと何かが光り、あたしは出しかけた言葉を一度止めた。




「ホープ…なに、これ?」

「え…?…クリスタル…?」





顔を上げたあたしとホープの視界に映りこんだのは、キラキラと輝くクリスタルの粒だった。

それはかつて、コクーンの首都であったエデンで見た光景にそっくりだった。
あの時も、こんな風にたくさんのクリスタルが舞っていた。





「まさか、デミ・ファルシ…?」

「え?」





クリスタルの粒を見つめていたホープは、難しい顔をしてそんなことを呟いた。
あたしはきょとんと、そんな彼の顔を見つめる。

だけど、その呟かれた言葉の意味を考えて…ちょっと、胸に靄が渦巻くのを感じた。

クリスタルが舞う時、その背景にはいつもファルシがいた。
そして、アガスティアタワーという場所において…一番その答えに近しい存在が、デミ・ファルシ。

奴は、時の矛盾が生んだモノ。
もう…あれの問題は、片付けたはずだ。

それなのに…デミ・ファルシが…まだ、存在してる?

デミ・ファルシのパラドクスは、あたしにとって一番のトラウマのパラドクスかもしれない。
だからもしその可能性があるのなら…それを考えるだけで、サッと血の気が引いていくみたいな感覚に陥る。

だからあたしはその考えを早く打ち消そうと、さっき止めてしまった質問を早々にホープにぶつけた。





「ホープ、ここってAF何年なの?デミ・ファルシの計画、まだ残ってるの?アリサと…ここに何しに来たの?」





尋ねた質問を聞き、ホープは視線をあたしによこした。

ちょっと、一気に聞きすぎただろうか。
だけど彼は、その質問にひとつひとつしっかりと答えてくれた。





「ここは、AF400年です。僕が最後に貴女に会ったのは…同じ、AF400年のアカデミア。決戦に赴くとゲートをくぐった貴女方のを見送ったのが最後です」

「え…あ、じゃあ…あの後すぐって事?あたしは、そのゲートをくぐったすぐ後だよ。あのゲートをくぐったら、なぜかここに放り出されちゃった」

「え、そうなんですか…?」

「うん…理由とかは、よくわからないけど…。ええー…、じゃあゲートをくぐった意味って何なの?ただ皆と逸れただけ…?」

「逸れたんですか?だからセラさんとノエルくんはいないんですね」





どうやらここは、ゲートをくぐる前と同じ時代のようだった。
というか、むしろその直後と言っても過言ではないほど近しい時間みたい。

それがわかれば、ふたつ目の質問の答えは聞くまでも無く解消されることになる。





「ん?という事は…デミ・ファルシの計画は…中止されてるってことだよね?」

「ええ。セラさんの叫びを聞きましたから。計画は凍結されてますよ。僕の記憶にデミ・ファルシの存在は無いです」

「うん、それならいいよ。良かった」





あの歴史では、ホープもアリサも…人工知能に殺されてしまうから。

計画が中止されたことで、この歴史にデミ・ファルシは最初から存在していない。
正したはずの時間軸を確認でき、あたしはホッと胸を撫で下ろした。

だけどそうなると、そこにちょっとした疑問が生まれた。





「あれ、じゃあなんでデミ・ファルシのこと気にしてるわけ?」





あたしは首を傾げた。

そもそもの発端は、舞うクリスタルの粒を見てホープがデミ・ファルシが原因じゃないかと疑ったことだ。
デミ・ファルシが生まれてないのなら、奴が犯人であるわけはないのでは。

そんな疑問を抱いたあたしに、ホープは少し眉を下げた。





「確かに、時間軸の修正によって…その出来事は消えています。だけど、人の記憶はそうとも言い切れ無さそうなんですよ」

「人の記憶?」

「僕は、デミ・ファルシの事を知りません。だけど、アカデミーの研究員の中には…おぼろげにその記憶を有している者もいるんです。その彼は、タワーのとある場所に近づけないと言います。現実には何も起きていないのに、彼は…自分の殺された場所を知っているんですよ」

「え…っ」





ホープが語った、その事実。
それを聞いて、あたしは…少し、震えた。

最も、そう言ったケースは複数報告されているものの、割合としては少数らしい。
そしてその大半が、だいだい「気のせい」で片付いてしまうのだとか。

だけど、そうした症状が存在しているのは確か。
どうして人の記憶にそうしたパラドクスの残像が現れるのか…その理由についてはまだそう研究の成果は上がっていないという。

問題なのは…パラドクスとは言え、その歴史が存在していたということ。
あたしはそれを身を持って体験してしまったのだから、デミ・ファルシの恐ろしさを身に染みて知ってしまっている。それが辛いところだ…。





「時間を自在に行き来できる何者かが、凍結したはずの計画の資料を持ち出したか…あるいは、修正されて消えたはずの時間軸から何らかの方法でデミ・ファルシを連れ出したか…考えられるのは、そんなところですかね。万が一、デミ・ファルシが絡んでいたら…結構厄介ですね」

「う…。出来ればアレとは…もう遭遇したくないんだけど…って、あの…絡んでいたらって、今この塔ってどうなっちゃってるの…?この銃痕とか、っていったい…?」

「ええ…そうですね。掻い摘んでですが…説明しますよ」





そして、ホープは話してくれた。

なぜ今、自分はこの塔に来ているのか。
一体、何が起こったのか。


まず…事の始まりは、このタワーで原因不明のシステムエラーが多発しているという報告を受けた事だった。

最初はハッキングでもされているのかと思ったものの、調べていくうちに内部に原因があるんじゃないかという線が濃くなっていったらしい。

デュプリケートを使っての調査も考えたものの、気づけば外部からの操作を一切受け付けなくなっていた為、ホープは自ら、タワー内部に何者かが潜んでいるかを調査をしに来たのだと言う。

研究員の中に内通者がいないとも限らないし、何よりホープはこの時代の人を危険に晒すのも気が引けたようだ。
ましてやこのタワーは世界の技術の最高峰であり、それを上回る存在となれば、未来からの干渉という事態も考えられる。

そうなれば、そういった敵と戦うのはこの時代の人間じゃない自分が適任なんだとホープは考えたと言う。
…実に、ホープらしい考え方だな、と思う。

アリサはそんなホープの考えを見抜き、ついてきたのだという。

だけど、タワーに侵入してそう立たないうちに…ホープたちは何かに襲われ、アリサとは逸れてしまった。

その逸れたという場所は、今ホープが走って飛び込んだこの部屋ということ。

だけどそこにアリサの姿は無かった。
あったのは、この無残な光景と、滴り落ちた血液の痕。





「アリサ…その何者かに攫われちゃったってこと?」

「ええ…多分ですが。幸いなのは、残っているのが血だまりでは無く血痕と言う事ですね。これなら、怪我はしてるかもしれないけど…」

「生きてるはずだ、って?」

「…はい」





アリサは生きている。
その問いに、ホープは頷いた。

なるほど…。今の状況は何となくわかった。
最も…ホープ自身もまだ状況を掴めているっていうには程遠い状況みたいだけど。

…正直、セラ、ノエル、モグのことは気になる。
あんなふうにヒストリアクロスが揺れたのは初めてだし、普通の逸れ方をしていないのは確かだ。

だけど、自分がこうして無事であることが、少し安心の材料になった。
だからみんな…ちょっとだけ、ごめん。

あたしはそっと胸の中で皆に謝り、ホープの顔を見上げた。





「ねえ、ホープ、あたしも手伝うよ。アリサ探しと犯人調査」

「え?」

「あたしもアリサのこと心配だし、少しは戦力になると思うけど?」

「ナマエさん…」





ここまで起こったことを考えても、こちらも普通じゃないのはわかる。

これがパラドクスなら、放っておくわけにもいかない。

それにもし犯人がデミ・ファルシだったとしたら…いや、そうじゃなかったとしても、ホープをひとりで戦わせたくない。特に…この場所に置いては。





「…わかりました。じゃあ、お願いします」

「うん!」





ホープは頷いた。
それを見て、あたしも微笑んで頷き返した。





「でも、くれぐれも無茶しないでくださいよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すけどね。じゃ、行こうか」

「…じゃあまず、あっちへ」





あたしたちは、共に歩き出す。
今この塔で起こっている謎を突き止めるために。




『ごめんなさい。貴方たちの新しい未来に、私は存在できないから。…おやすみなさい』





その時、一瞬…そんな言葉を思い出した。
かすかにだけど、最後のゲートに入ったとき…聞こえた声。

なんだか少し、気になった。

けど今は、とりあえずアリサを助けるのが先。
他の問題は、後回しに…ホープには、ひとまず言わないでおこうか。

そう考えながら、あたしはホープの隣を歩いた。



To be continued

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -