新都アカデミア。
アカデミー本部エントランス。
行きかう人の流れを眺めながら、誰かを待つように佇んでいる女性がひとり。
「ナマエさん」
僕は彼女の名前を呼んだ。
すると顔を上げ、僕の方を見てくれる彼女。
目が合えば、ぱっと笑顔が花咲いた。
「ホープ!」
僕が駆け寄れば、ナマエさんもまたこちらに歩み寄って来てくれる。
目の前まで来ると僕の名前を呼んでニコリと微笑んでくれた。
その笑みたったひとつでなんだか胸が満たされる。
そう感じる僕は、本当にこの人が好きなのだなとつくづく思う。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「いーえ。お構いなく。お仕事お疲れ様でした」
今、ナマエさんは僕の事を待ってくれていた。
彼女はセラさんとノエルくんと時代を超える旅をしている。
その拠点としてこの新都アカデミアには立ち寄ってくれることが多く、今日もそれと同じだった。
ただ、今日は僕が今抱えている案件に一つの目処が立つ日でもあった。
だから誘ってみたのだ。
良かったら一緒に街にでも出ませんかって。
ナマエさんは快く了承してくれた。
セラさんとノエルくんに軽くからかわれたと言っていたけれど。
じゃあ終わる頃にエントランスで待っている。
そう言ってくれた彼女との待ち合わせに、やっと来ることが出来た。
「んー、でもお構いなくはお構いなくなんだけど…ほんと大丈夫?」
「はい。少し押したけど、今日の案件は全部片付けてきましたよ」
「そう?ならいいけど」
予定していた時間より少しだけ押してしまった。
多少前後するかもとは言ってあったけど、やっぱり申し訳なくはある。
何かで埋め合わせしなきゃな…なんて考えていると、ナマエさんはくすりと笑って僕の隣に立った。そして僕の腕に自分の腕を絡め、きゅっと抱き着いてきた。
え…なんて心の声と共に、ドキッ…とちょっと心臓が跳ねた。
「お?振り払わないね?」
「え?振り払う…?どうして?」
すると絡めたまま、僕を見上げてそう言ってきたナマエさん。
僕は多分きょとんとした顔をしたと思う。
振り払うって…。そんな発想は頭に欠片も無かったから。
するとナマエさんはまたクスッと笑った。
「ん〜、いつかのアリサの…上書き?」
「アリサ?ああ…」
アリサと言われピンときた。
ああ、ビルジ遺跡で調査してた時、アリサが僕の腕にが抱き着いて来たんだっけ。
あの時は僕も驚いて、で…確かにアリサの腕を解いたっけ。
その時ナマエさんは、面白くは思わないって言ってた。
そりゃ確かに、僕が逆でもそう思うだろう。
それを聞いて僕は思わず嬉しくなったりしてしまったけど。
「結構、根に持ってます?」
「ホープにね。隙ありすぎ」
「ええ…」
「あははっ!」
楽しそうに笑うナマエさん。
その顔を見ながら、触れている温度を噛みしめる。
あたたかさは、近くにいる証明で。
…振りほどくわけがない。
こちらから掴まえて、離したくないくらいなのに。
「よし、じゃあどこ行く?」
すると、ナマエさんはそう言いながら体を離した。
するりと解かれた手に思わず「あ…」なんて声が漏れる。
「え、離しちゃうんですか…?」
「へ?」
おまけに本音がぽろり。
今度はナマエさんの顔がきょとんとした。
あ…やらかした…。
そう思った。でも時既に遅し。
「え、このまま歩くと思ってた?」
「…まあ」
聞かれて、僕はこくりと頷いた。
だって、やっぱりそれは本音と言うか…。
歩きたかった…とも言うのか。
…そう、ワガママを言うのなら、腕を組んで歩きたいのだろう。
ああ、もう…だったもう、言ってしまえ。
なんだか吹っ切れた気がする。
僕は軽く腕を上げ、ちょうど手を掛けられるくらいの間を開けた。
「良ければ、どうですか?」
少し、微笑んで…訊ねる。
するとナマエさんはゆっくりと僕の傍に歩み寄ってきた。
そしてそっと、僕の腕に手を掛けてくれた。
「ほんと、背、伸びたねえ…」
「ふふっ、どうも」
僕を見上げてそう言ったナマエさんに、僕はふっと笑う。
多分上機嫌だったと思う。腕を掛けてくれた嬉しさと、今の言葉にちょっとした照れ隠しも感じて。
愛おしいと言う感情が、ふわりと胸にこみ上げた。
「じゃあ、何処か行きたいとことはありますか?」
「うん、とりあえず何か食べに行こうよ。ホープもお腹すいたでしょ?あ、でもその前に雑貨屋さん寄っていい?前にノエルとセラとも行ったんだけど品物が変わってるか見たいんだよね」
「好みのお店だったんですか?」
「うん。綺麗な小物いっぱいあってさー」
「へえ」
楽しそうに話す彼女。
それなら、何か気に入った物が見つかったらプレゼントでもしようか。
そんな想像をして、僕はまた小さく微笑む。
ああ、あたたかい。
傍にいられるということを、こんなに幸せに思う。
やるべきことは沢山ある。
うつつを抜かしているばかりはいられないけれど、だけど、この人との…こんなありふれた未来を掴みたいのだと、改めて思ったのだった。
END