AF500年、新都アカデミア。
アカデミー本部。
セラとノエルがあらゆる時代に飛び、集めてくれたグラビトンコア。
おかげで人工コクーンを浮かせる目処が立ち、ホープの顔に浮かんだ嬉しそうな表情。
あたしたちはそれを見て、どことなく嬉しい気持ちが湧き上がるのを感じていた。
「そうそう!街に不完全なゲートがあったの知ってる?あれが、ちゃんとしたゲートに戻ったの!」
アリサがそれを教えてくれたのは、それから程無くしてのこと。
街にあった不完全なゲートが完全な形へと戻った。
それは、未来が新しい形へ動き出したという証明でもあったのかもしれない。
「結晶が揃って、未来が変わったからクポ?」
「かもね。ゲートの傍で、こんなものも見つかったわ!」
アリサは笑顔で、あたしたちにある物を差し出してくれた。
不思議な光を放つそれは、あたしたちの旅に欠かすことの出来ない鍵オーパーツ。
モグの言う通り、グラビトンコアを揃えたことが、未来の形を変えた可能性が高い。
新たに動き出した未来に、自然と胸が高鳴りだしたのを感じる。
だけど同時に、そのオーパーツを見てなんとなく…素直に受け取っていいのかと、一抹の不安を感じたのも…また、正直な事実だった。
…アリサはアカデミーの優秀な研究者だし、もう結構な付き合いにもなる。
だけど、ちょっと食えないなあと思ってしまうところがあるのも…事実で。
そんな時、研究施設の扉が開く音が聞こえた。
誰か入ってきたのかな。
ぼんやり浮かんだそんな予想。
だけど、そんなのんきな予想に反して、次に聞こえてきたのはバタバタとした複数の慌ただしい足音だった。
「時間がない!」
「間に合うのか!?」
「間に合わせろ!」
足音と共に聞こえた声も、なんだか荒々しく慌ただしい。
何事かとあたしたちは扉の方に振り向いた。
すると、そこには軍服のようなものに身を包み、銃器を持った人たちがこちらに向かって走って来ていた。
「そこまでよ」
「お縄につきな」
彼らはあたしたちやホープを庇うようにアリサの周りを囲んでしまう。
それは、あっという間の出来事だった。
「これは没収」
「っ、返してよ!ちょっと!」
囲まれたアリサは腕を捉えられ、持っていたオーパーツも取り上げられてしまった。
本当、あまりにあっという間の出来事で、何が起きたのかまったくわからない。
どうしてアリサが軍隊に取り囲まれているのだろう?
その直後、そんな風に困惑するあたしたちのもとへ、ひとつの聞き覚えのある声が聞こえきた。
「タイムパトロール参上!な〜んてな」
「「「スノウ!?」」」
聞こえた軽快な口調。
知ってる声に、あたしたちは驚きの声を上げる。
それはスノウのものだった。
彼はサンレス水郷で出会った時と同じ姿をしていて、突然のスノウの登場にあたしたちは目を見開くしか出来ない。
なんでスノウが…。
ていうかタイムパトロールって何事だ。
頭がちっともついていかない。
アリサからオーパーツを取り上げた女性の隊員さんは、そのオーパーツをスノウへと手渡した。
スノウはそれを受け取ると、すっかり拘束されてしまったアリサをじっと見下ろした。
「観念しな。もう調べはついてるんだ。このオーパーツには罠が仕込んである。こいつをあんたに渡したのは…カイアスだな」
「っ…だったら、何よ!」
オーパーツに罠。
そんな危険なオーパーツをアリサに渡したのはカイアス。
しかもアリサはそれを否定しなかった。
…どうしよう。
余計に話がわかんなくなってきた…!
スノウなんでここに?
なんでそんなこと知ってんの?
アリサ一体どうしたの?!
聞きたいことは山ほどあるけど、なにから聞いていいのかさっぱりわからない。
「スノウ、一体なぜ?」
そんなあたしの混乱を汲んだのか汲んでないのかよくわからないけど、ホープが冷静に切り口を作ってくれた。
スノウはホープを見ると「ようっ」と軽く手を挙げていつものニッとした笑みを浮かべてた。うん、テンションも非常に軽いです。
「カイアスが動き出したんだ。過去と未来がエライことになってやがる。セラ、手伝ってくれ」
「えっ…!?」
カイアスが動き出して、歴史が大変なことになってる。
スノウの言葉からわかったのはこれだけ。
うん、ちょっと雑過ぎないかな!?
でもスノウはそれを然程気にしてないのか、セラの腕を掴んで彼女をどこかへ引いて行こうとする。
うんうん、セラ、どこに連れてく気!?
ていうか当の婚約者さんもなかなか混乱してるよ!?
なんか、どっから突っ込んでいいのかわからない。
けど、このままじゃスノウ、さっさかどっか行っちゃいそうだ。
どうしよどうしよってあたしが何から止めるか慌てていると、そこにまたホープがスノウのブレーキを踏んでくれた。
「勝手に話を進めない!自分ひとりで納得して、相手を置いてけぼりにする。全然変わってないんだな」
腰に手を当て、呆れたようにスノウを軽く睨んだホープ。
あ、なんだかこんなやり取りちょっと懐かしい。
確かにスノウは変わっていないのかもしれない。
でもそれはきっと、根っこの部分はホープも同じ。
スノウもそんな懐かしさを感じたのかもしれない。
スノウはふっと笑い出すと、軽く頭を下げ、その急ぎ足を止めてくれた。
「わりいわりい、変わってなくて安心したろ?」
そして、スノウは教えてくれた。
アリサがカイアスと取引をしていたこと。
さっきのオーパーツを受けとっていたら、あたしたちは罠に嵌まってしまっていたこと。
歴史を書き換えようとしていたのは、カイアスだった。
スノウが急いでいたのは、過去や未来の色んな時代のカイアスが一斉に動き出したところに理由があったのだという。
「ホープ、結構スノウにずばっと言ったな」
「あははっ、ね、結構仲良いでしょ〜?」
さっきのやり取りを見て、ノエルがそんなことを零したのは少しの余談だ。
あたしはこそっと、懐かしさに笑ってた。
あたしたちはアカデミー本部の外に出て、詳しい話をスノウに聞くことにした。
「カイアスの野郎、とうとう宣戦布告してきやがった。俺が歴史を変えても、奴がまた元に戻しちまうから、手の打ちようがねえ」
「ライトニングはどうしてる?」
「とっくに動いてる。サッズとドッジもな」
ノエルの聞いたライトの事にも、スノウはさっと答えてくれた。
ライトは勿論、サッズとドッジくんもか。
出てきた名前に事態が本当に本格化しているのだと身に染みて感じる。
スノウが急を要していることも、シヴァを召喚してドライビングモードのバイクに跨っている事からよく伺えた。
「僕に出来る事は?」
ホープもそれを感じたのだろう。
自分に出来る事は無いか、何が必要かと彼はスノウに尋ねた。
すると、スノウはなぜかホープの顔をじっと見つめた。
そしていつも以上に真面目なトーンで、ホープに一言こう告げた。
「生きてくれ」
それは、とてもシンプルな言葉だった。
且つ、凄く当たり前の言葉。
ホープをはじめ、その場の全員が少し疑問を抱いただろう。
だけどスノウは大真面目だった。
スノウはホープの顔をじっと見たまま、ホープに、彼の未来に降りかかる大きな事態を教えてくれた。
「いいか、落ち着いて聞けよ。お前は3日後にテロで暗殺される」
「僕が…?」
「…!」
テロ。
ホープが暗殺される。
スノウの言葉が、ずんっと耳に突き刺さった。
ホープは驚いたように自分の胸に手を当て尋ね返し、セラやノエルも目を見開いた。
…ホープが、暗殺。
その言葉を頭で繰り返す。
すると、ぶわっと全身に沸き立つ何かを感じた。
それは、いつかアガスティアタワーで感じたような凄く嫌な感覚だった。
「待って、スノウ!3日後にテロって…そもそもホープが死ぬって何…!?」
なんだか、いてもたってもいられなくなった。
だから思わずスノウに詰め寄ってしまった。
するとスノウはニッと笑ってあたしの肩をポンと叩いてくれた。
「おう。絶対にあっちゃならねえよ。だから、お前はホープの傍にいとけ、ナマエ」
「……スノウ」
…絶対にあってはならない。
スノウの笑顔がいつも通りだったから、なんだかちょっとホッとした。
落ち着いてホープの立場を考えると、カイアスにとってホープは邪魔な存在なのだろうという察しはつかないわけじゃない。
ホープをちらっと見上げると、目があった。
あってはならないけど、暗殺なんて聞いたら、ホープの傍を離れるなんてしたくない。
…何が出来るかわからないけど、せめて自分の手でも守りたい。
あたしはスノウを見つめ直すと、彼の言葉に頷いた。
スノウもそれを見て「おう」と頷き返してくれた。
それからスノウは、再びホープに向き直った。
そしてホープを鼓舞するように、拳をぐっと握りしめた。
「お前が死んだらナマエが悲しむぞ。それに、歴史は取り返しがつかなくなる。希望が消えたら未来はこねーんだ。だからホープ、全力で身を守れ」
「…うん」
ホープはスノウの言葉を受け取り、そして頷いた。
スノウはそれを確認すると、今度はノエルに目を向けた。
「ノエルはホープとナマエを守ってくれ」
「あんたはどうすんだ?」
スノウがノエルに頼んだのはホープのボディーガードだった。
ノエルの方は特に異存も無いようで、逆にスノウがこれからどうするのかを尋ねていた。
「未来でカイアスの野郎をぶッ飛ばす。その前に、13の時代を巡って13個のクリスタルを集めねえとよ」
「13の時代だって?大冒険だな」
スノウが語った自身のこれからの動向はあらゆる時代を駆け巡る旅だった。
13の時代…。
ノエルが軽く冗談を飛ばすのもわかるほど、確かに大冒険だ。
「セラ、一緒に来てくれ」
そして、スノウはセラに手を差し伸べた。
そうか。さっきスノウがセラの手を引いた理由がここでわかった。
その旅にセラに同行して欲しいって意味だったのか。
スノウの誘いを断る理由はセラには無いだろう。
「うん!」
セラはスノウの手に快く応えて頷いた。
そして傍を飛んでいたモーグリを抱きかかえると、スノウに導かれるようにシヴァのバイクへ腰を落とした。
「そっちの方が面白そうなんだけど?」
「帰ったら土産話を聞かせてやるよ。だから絶対死ぬんじゃねえぞ!」
「どうせ止めても行くんでしょ?御無事で!」
ノエルのからかいにスノウは軽く笑い、ホープもまた笑顔を零す。
あたしはセラに目を向け、手を伸ばすと、セラもまたあたしの手を握り返して笑ってくれた。
「いってらっしゃい、セラ。気を付けて。お土産話、期待してる」
「うん。ナマエも気を付けて!」
また、明るい未来で会おう。
言葉を交わし合い、笑顔で別れを告げる。
バイクは唸りを上げると、スノウとセラを乗せて高く空へと走り出した。
その姿は、空のゲートへと飛び込み消えていく。
あたしはホープとノエルと一緒に空を見上げ、その姿を見送った。
「よし!じゃあ、俺たちも作戦練るか。セラを守る役目は下りたけど、今度はホープとナマエのふたりか。相変わらず、責任重大だな」
ふたりの姿が完全に見えなくなると、ノエルは気合を入れるようにそう言って、力強く拳と手のひらを叩いた。
「ははっ、頼もしい限りです。けど、今回は傍に居られますから。ナマエさんを守る役目は僕が請けますよ」
「お?」
そんな彼にわけのわからない事を言ったホープ。
あたしはボスッと、軽く…でもちょっと強めにホープの背中にパンチを入れた。
「ちょっと!馬鹿なこと言ってなくていいの!今回のお姫様はホープ!しっかり守られててください」
「お、お姫様…ですか?僕…」
「だって、狙いはホープなんでしょ?だったら今回は、ナマエお姉ちゃんとノエルくんに大人しく守られてなさいな。死んだら本気でまた、ほっぺつねるよ?」
「え」
ぎゅうっと。
親指と人差し指を立てて、つまむポーズを見せて笑う。
そうだな、過去2回のよりうーんと強くやってやろうか。
ぐいぐいっとそらでそれを見せてみると、ホープもふっと笑った。
「ふっ…あはは!あれ結構痛いですからね。それは御免です」
「うーん…。スノウもえらいとこに俺の事放り込んでくれたもんだよな」
アカデミー本部の中に戻りながら、3人で冗談を飛ばしあった。
これから3日後、きっと凄く大変な事態が待っているだろう。
だけど、笑えたのはきっと…ちゃんと未来に希望を見据えていたから。
セラたちの冒険の結末は、きっと誰も知らない。
だって、歴史は途切れることなく未来へ続いて、終わりのない物語を生み出していくものだから。
あたしは、そんな終わりのない歴史が続くことを、切に願い、祈っていた。
END