アリサの日記3


――ホープを消してあげる。もしも、貴方が望むなら、セラ・ファロンやナマエ・ミョウジ、ノエル・クライスも。彼らは私を信用していないけれども、気を許している。そこに付け入る隙がある。だから、私の存在できる未来を残す方法を教えて。私が生きていられるように協力して!





タイムカプセルで眠る間、夢の中でカイアスと出会ったアリサ。
彼女はカイアスに自分の存在を認めさせるため、ある条件を彼に持ちかける。

ホープを消す。
セラを、ノエルを、あたしを消す。

本当は、パラドクスによる矛盾した存在であるかもしれないアリサ。
そんな自分の存在を、確かなものにするために。

はじめ、アリサの存在に、まったく興味を示す事が無かったカイアス。
だけどそんなアリサの言葉を聞いた彼は、アリサの声に応えた。

ディスプレイに映し出されたアリサの日記には、その時の会話が事細かにしっかりと記述されていた。





――石の様に無表情だったカイアスの口元に笑みが浮かんだ。そして、その微笑と同じく冷ややかな声で言った。


『ふたつの歴史は同時に存在し得ない。それが真であれ、偽りであれ、残るのは一つ』





アリサに語りかけたカイアス。

複数の歴史は存在しない。
あるのは、たったひとつの歴史のみ。

正史か、パラドクスか。

だけどアリサには、そんなもの関係ない。
正史など、彼女にとって何の意味も無いことなのだから。

だからアリサは、ただ…カイアスに懇願した。





――嘘か本当かなんてどうでもいい!生きていられるのなら!消えずに済むのなら!だから、教えて。私を助けて。


『ならば、その手で扉を閉ざすがいい。自らの望む扉を開くために』


そう言ってカイアスが投げてよこしたのは、オーパーツだった。わかった。彼の言葉の意味が。これをセラたちに渡せと言う事なんだろう。オーパーツを必要としているのは、私の知る限りあの三人だけだから。多分、このオーパーツは偽物。これを使って彼らがゲートに入れば、『扉は閉ざされる』に違いない。彼らは消え、私は生き残れる。私は生きていく。生き残り続ける。例えその先にあるのが偽りの歴史、歪んだ未来であったとしても。いつの間にかカイアスの姿は消えていた。やっぱり、これは都合のいい夢なんだろうか?それが単なる夢では無かったと知ったのは、目覚めた後のこと。私の手には、夢の中で見たのと同じオーパーツがあった。約束は守ろう。彼がこれをくれた見返りに、私はホープを消す。





ドクドク、と心臓がうるさい。
嫌な予感が…繋がってしまった気がして…。





「あの、オーパーツは…」





記憶を辿る。
思わず…震える声が漏れた。





《そうそう!街に不完全なゲートがあったの知ってる?あれが、ちゃんとしたゲートに戻ったの!》





そう言って、アリサがあたしたちに差し出してくれたオーパーツ。
あたしたちは、AF400年でアリサからオーパーツを受け取った。

確かに…なにも、疑うことなんか…無く。

不完全だったゲートが、グラビトン・コアを集めた事で歴史が変わり、形を取り戻した。
そして、その傍でオーパーツも見つかった。

偽物だなんて、考えもしなかった。
…彼女に言わせたら、無防備で…馬鹿みたい、かな。

そしてあたしたちは決戦を覚悟した。
覚悟を決めて、ホープとアリサに見送ってもらった。

また、未来で会おう。
そんな言葉と約束を交わして。

そして、そのオーパーツでゲートをくぐった。

その先に起きたのは…。





「…セ、ラ…ノエル…モ…グ…」





思い出すのも億劫になる。
頭がぐらぐらする…。

あの時の、揺れみたいに…。

そして、日記の続きを読むことで…その事実はより鮮明に、色濃くなっていく。





――AF400年×月×日
セラ・ファロン、ナマエ・ミョウジ、ノエル・クライスと再会。彼らは何処までもお人よしで、アカデミーの雑用をせっせと片付けてくれた。こういうところは、ホープと仲間なんだなって思う。おかげで人工コクーン計画に必要なものがすべて揃った。本当に便利な人たち。そして、呆れるくらい単純な人たち。だって、ちょっとお芝居して見せただけで、あっさりと私を信用するんだもの。『ごめんなさい』だとか『仲良くしてね』だとかって、私にとっては朝の挨拶みたいなものなのにね。流石にホープだけは驚いていたけれど。あと、ナマエに、本当にこの世界で生きていく気かと尋ねたら、彼女はやはり頷いた。覚悟はゼロでなかったけど、此処にいたい気持ちも強い、と。彼女にもホープと離れ、その上でも彼が自分を思い続けていたことが当然のことではない自覚はあるようだ。彼女にとっては数日の出来事だろうけど、ホープにとっては10年の時間。ナマエは『本当、手…放さないようにしなきゃなあ』なんて呟いていた。やっぱり、私には理解出来そうにないわ。まあもう、どうでもいい話だけど。残念だけど、貴女はホープの手を再び掴むことなく終わるの。三人は疑いもせずに、私の手から偽のオーパーツを受け取って、ゲートに入っていった。一見したところは何の異常もない。だから、ホープは全く気づいていなかった。私の仕掛けた罠に。ごめんなさい。そして、さよなら。





――×月×日
アガスティアタワーにおける計画を実行に移





日記の途中。
突然、ディスプレイが白くなった。

文章も中途半端だった。

本当に唐突。
だから少し、ビックリした。

だけど多分、日記が終わったのかもしれない。

そう言えば…最後の日付。
あれは確か、ホープに聞いた…この時代の、今…この瞬間の日付。

そしてそれに気が付いた瞬間、背後でカチャ…と音がした。





「…アリ、っ」

「ここで殺すつもりはないんだろう?本気で僕を殺すつもりなら、とっくに撃ってるよな」





振り向いたあたしの目には、隣に立つホープの背に突き付けられた銃口が見えた。

銃を突きつける者の正体。
思わず呟きかけた、その人物の名前。

だけどその声と重なるように彼女に語りかけたホープの声は、銃口を突き付けられているにも関わらず、落ち着いた音をしていた。

また、アリサのデュプリケート。

彼女の動きは遅かった。
ホープが振り返って、消去をする余裕があるほどに。

アリサのデュプリケートは微笑んでいた。
良く知る彼女と、まったく同じ微笑み。

そんな笑みのまま、デュプリケートは消えた。





「アリサ!聞こえてるんだろう!?君の言いたいことは分かった!」

「ホープ…」





ホープは叫んだ。

多分、本物のアリサはこの塔の中にいる。
この塔のどこかで、あたしたちの事をモニターしているんだろう。

そんな彼女に、ホープは呼びかけた。





「君が消えずに済む方法はある!必ずあるはずだ!こんなやりかたをしなくったって…」





悲痛な声で呼ぶ。
だけどその言葉を続ける事は出来なかった。





「ホープ…、アリサ…いっぱい…」

「…っ、ナマエさん…」





ホープが言葉を続けられなくなった理由。

それは室内にアリサのデュプリケートが乱入してきたためだった。

しかも、一体じゃない。
一度に数体…何人ものアリサが入ってくる。

ホープはあたしを庇うように、あたしの前に手を腕を出した。





「先輩やナマエさんに、恨みがあるわけじゃないんです」





アリサのデュプリケートたちが一斉に口を開く。
複数の声が、耳に響き渡る。

それは…圧倒的な光景だった。



To be continued

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -