アリサの日記2


「…ナマエさん」

「…うん?」

「次の文章…きっとナマエさんにとって、凄く意味のあること…書いてあると思いますよ」

「え?」





そう言ってトントン、とディスプレイを突いたホープの指先を追う。

アリサの日記…。
そこにある、あたしに意味のある文章とは…。

覗きこめば、その意味はすぐに理解することが出来た。






――×月×日
ホープ・エストハイムには恋人がいる。ナマエ・ミョウジ。AF5年にセラ・ファロンと共にビルジ遺跡に現れたうちのひとりだ。そしてまた、彼女もセラ・ファロンの同類。彼女とホープの関係を知ったのは、ホープが持っている写真を見たことが切っ掛けだった。彼女の事を話すホープは、馬鹿みたいに嬉しそうな顔をしていた。彼とはそれなりの時間を共に過ごした。だけどそれでも、そんな風に笑うのかと、そう思うほどの、初めて見る笑顔だった。いい気なものね。だけど、そんな彼女はAF3年に、忽然と彼の前から姿を消したと言う。それなのに、ホープはいまだに彼女を見続けている。『よくそんなに引きずってられますね』って、少し嫌味を言ってみたら、『そうだね』と彼は笑った。馬鹿じゃない?何年も音信不通なら、見込みなんてあるわないじゃない。…本当に、いい気なもの。



――×月×日
ホープは最近、個人的にひとりで研究していることがあるみたい。また何か、私にとって都合の悪い事でもやってるじゃないでしょうね。そんな考えが過った私は、何をしているのかと少し強引に尋ねてみた。ホープが研究していたもの…それは、女性物の衣服や小物だった。何でも、ナマエの私物なのだとか。なんでそんなものを調べているのか…。だけどそこにあったレポートを読んで、私は驚いた。何故なら、そのナマエの持ち物が持つ時間が、この世界の時間の流れ方と異なっていたから。勿論問い詰めた。ホープは苦笑いしていたけど、なんとか後日話すと約束をさせた。





AF10年の、パラドクスが解消されたヤシャス山で…ホープはあたしの世界の研究をして、あたしがライトの記憶を忘れていない理由に仮説を立てたという話を教えてもらった。
そして、その話にアリサが妙に食いついてきたということも。

彼女はあたしにも直接その話をしてきたから、アリサがあたしの世界に興味を持っている事はあたしもよく知っていた。

ただ、どうしてそんなに気になるのか…その理由までは知らなかったけど。





「スミマセン…。ひとりで研究するつもりだったんですけど、あまりにアリサが食いついてきたから…。実際、アリサが手伝ってくれるなら…効率も良いかと思ったのも…少なからずありますけど」

「別にいいよ。説明が面倒な上に言ったところで信じて貰える話でもないから言わないだけだし。隠してるわけじゃないから。ただね、あんなに興味持たれたのは初めてだったから…結構ビックリしたけど」

「…その点は、僕も思っていました。何がそんなにアリサの興味を引いたんだろうって」





あたしに近しいところにいるホープなら、調べる理由はわかる。

だけど、じゃあアリサはどうなんだろう。
アリサの性格を考えると、あまり自分の利益にならないことはしなさそうなイメージだ。

となれば、彼女にとってあたしの世界を知るという事が、何かのメリットになったのだろうか…。

その疑問の答えは、日記の次に記されていた。





――×月×日
ナマエ・ミョウジの持ち物が持つ時間について、ホープから話を聞いた。それは、彼女がこの世界の人間ではないという話だった。あまりに突拍子の無い話。つくならもっとマシな嘘があるでしょうと、普段の私なら言っていただろう。だけど、あの研究結果を見てしまったからには、納得出来ない話では無かった。時の流れの違う、異世界の存在…。もし…そんな世界が本当にあったとしたら、その世界に私が行けたら…どうなるんだろう。きっと、コクーンからパルスに行くのともワケが違うんでしょうね。だけど…時の流れが違う、まったく別の次元の世界。それは、非常に魅力的だと思った。だってそこにいったら、パラドクスなんて関係なくなるかもしれない。パラドクスの外に、出ることが出来るかもしれない。だから、視野に入れておくに越したことは無いと思った。それは、あくまで最終手段だけど。だけどナマエの力は借りられるようにしておきたい。次にナマエに再会できたら…彼女とは上手くやっていこう。





時の流れ方が違う。
そのおかげでライトの記憶を失っていないと、ホープは教えてくれた。

だけど、それ以外で…そのことを特に気にしたことは無かった。
だって別に、生きていく上で意識する必要のある事では無かったから。

でも、彼女…アリサにとっては違った。
一件あたしにしか関係無い…あたしの持つ時間とやらは、彼女にとって大きな意味を持っていた。





「アリサが…あたしの世界のこと、あんなに気にしてたのは…」

「………。」





噛み合った。
やっと…意味が分かった気がした。

アリサは、自分の存在の不確かさに酷く怯えていた。
そこに現れた…この世界の時の影響を受けない存在…。

あたしの記憶がライトの笑顔を覚えていたことも…彼女自身に大きな意味をもたらしていたのかもしれない。
パラドクスの影響を受けない…そんな、世界のこと…。

そして時は、あたしたちが再会する…AF10年へと繋がる。





――AF10年×月×日
計算式によって導き出された『異変』が何なのか、判明した。それは、セラ・ファロンとナマエ・ミョウジとノエル・クライスがパドラ遺跡内のゲートから出現するということだった。もうちょっとマシな異変だったら良かったのに。まあ、ナマエに関しては…多少の収穫があるか。五年前、彼らはビルジ遺跡からいきなり姿を消した。気が付いたら、いなくなっていた。別れの挨拶ひとつせずに。まだまだ使い途はあったのに。今回も、また何も言わずに姿を消すつもりだろうか。





この辺りから、もうあたしもホープも口数が減っていた。

黙々と…読み進めていくアリサの日記。
そしてその内容はどんどん…彼女と、パラドクスの核心に触れていく。

次に彼女の日記に出てきたのは…なんと、カイアスの名前だった。





――×月×日
遺跡内を巡回していたら、不審な人物を見かけた。予言の書に映し出されていた人物に酷似した容貌の。セラ・ファロンたちは彼を知っていた。彼を見るなり叫んだもの。『カイアス』って。同一人物だろうか。単なる血縁者にしては、あまりにも似すぎている。





そこから、アリサはカイアスの存在を気にするようになった。
そして独自に、彼のことを調べていった。

休暇を取り、わざわざアカデミー本部の資料室で…古い記録を調べるアリサ。

そこで彼女は、時代に関係なく『カイアス』の名前が散見している事を知る。
彼女がその時点で調べた分だけで、コクーンの寿命に積算すると…5人ものカイアスの存在を確認した。

しかし、そのカイアスが5人では無く…一人だとしたら。
それだととんでもなく長寿ということになってしまうが、だけどその何処にも…彼が『死んだ』という記述が無かった。

ただ、確実に言えたのが…時詠みと呼ばれる一族と、その巫女。それらとカイアスが深く関わっているということ…。

グラン=パルスで最も古い一族とされる『時詠みの一族』。

古の知識は侮れない。

自分は本当は死んでいて、パラドクスの産物に過ぎないのでは無いか。
そのパラドクスを解消せずに残せば、自分が生きていられる可能性があるのでは無いか。

カイアスなら、その答えを教えてくれるのではないか。

アリサは時詠みの一族であるカイアスの存在とその知識に、どんどん魅力を感じていく。

そして思う。
彼に、会ってみたいと。

そんな思いを胸に置いたアリサは…そのまま、幾年か年月を重ねていく。

AF12年に人工ファルシ計画の無期限凍結。
AF13年にタイムカプセルの完成。

遂に、ホープとアリサが遠いこの未来に来る時代が訪れた。





――AF13年×月×日
人工ファルシ計画に並行して進められていたタイムカプセルが完成した。何百年も先の未来へと旅するためのものだ。これまでの試作機とは違って、実際に私とホープが中に入ることになっている。最初、ホープは一人で行くつもりだったらしい。なぜなら、このタイムカプセルによる旅は、一方通行の旅。未来へ行くことは出来ても、過去に戻ることは出来ない。この時代の人々とは、もう二度と会えない。つまり、彼らの視点からは死んでしまったのと同じこと。彼の両親はもう他界しているし、『仲間』だった人々も皆行方不明になってしまった。辛うじて生存が確認されているのは、ナマエ・ミョウジとセラ・ファロンだけ。まあ、ホープには…ナマエの存在が一番大きいのだろう。





この日の日記は、少し長め。

そこには…あの日の、あたしがこの世界に残ることを決めた日の…。
ホープと一生の約束をした、あの決意についても…アリサの考えが述べられていた。





――少し前、彼はたまたまこの時代に迷い込んだナマエと会ったと言う。そして彼女は言ったらしい。元の世界を捨て、ホープと共に生きると。要はホープがプロポーズをしたようだ。彼女の為に生きると、ホープは言い切った。ナマエもきっと、似たようなものだったのだろう。綺麗ごとね。誰だって自分が一番可愛いのよ。大切な人の為に自分を犠牲に出来る、なんていざとなれば絶対にありえない。だからなんだか、少し苛立った。それに、理解不能だった。今までの生きてきた世界を投げて、知らない世界の、更に知らない未来の時代を生きる。ただ、ホープだけを選ぶ。ナマエの世界はファルシもルシも無ければ、魔物も居ないという。そんな平和を捨てて…頼りの綱はホープだけ、なんて。なんのメリットがあるのやら。ホープに何かあったら、居場所を見失うだろうに。ホープもホープで、10年もまともに触れ合えないたったひとりを見続けた。本当、そんなにひとりを思い続ける人…見たことないし、やっぱり馬鹿みたいだと思う。ナマエのどこにそんな魅力があるのだろう?そこまで想える…いなくなっても、何もしなくても…必要とされる、心に刻まれてる何か。私はこんなに、自分の存在を確かにしたいのに。いや、こんな話はやめておこう。それよりも、ナマエが元の世界を諦めてしまったことが私にとっては重要だ。最終手段とは言え、私が生き延びられるかもしれない手札のひとつだったのに。





ホープと生きていくと決めた。
元の世界に帰れなくても、ホープがいるなら…。

ホープに尽くし、この人の傍でずっと生きていこう。

重たい決意…。
だけど、あたしはその時…凄く幸せに満ちていた。

そのことに、自分達以外の誰かが何を思っていたかなんて…少しも想像せずに。





――でもだから、ホープは一方通行でもいいと思ったんだろう。それに生存しているとは言い難いけれども、彼の仲間が二人、クリスタルの支柱の中にいる。ホープは彼女たちを助けたいのだ。今のままでは彼女たちを救う手だては無い。でも、何百年も先の未来に行けば?勿論、彼はそんなことは間違っても口に出したりしないけど。でも、私だって、他の皆だって気づいてた。だから、わかってた。どんなに危険であっても、色々なものを諦めることになっても、彼は未来に向かうだろうって。私が一緒に行くと言ったら、彼は心底驚いたと言う顔をしていた。『そういうのは君の柄じゃないと思ってた』だって。失礼な!ちょっとだけ怒った顔をしてやったら、彼は自分の無神経な発言を反省したらしく、素直に謝った。単純な人。見知らぬ場所で生きていくのは慣れている。子供の頃から何度も繰り返してきたから、と答えたら、彼は少しだけ安心したようだった。勿論、私は『人類の未来の為』なんて綺麗事で実験に参加するわけじゃない。遠い未来へ行けば、常識ではありえない場所に行けば、私の生き延びる道があるかもしれないから。それに『本来いるべき』時代の外に出てしまえば、パラドクスなんて関係なくなるんじゃないか、という期待もあった。私は自由になりたかった。あの悪夢から。自分が消滅する恐怖から。





そして、ホープとアリサはタイムカプセルに入る。
そこから…長い長い眠りにつく。

結果は勿論、成功だ。
だってあたしは未来の世界で実際にホープたちと会っている。それが何よりの証拠。

だけど、その眠りの中で…アリサは夢を見た。

それは、彼女が怯えるいつもの夢とは違う…。
奴の…カイアスの夢だった。





――AF399年×月×日
実験は成功だった。私もホープも無事に目覚めることが出来た。だた、タイムカプセルそのものは壊れてしまったけれども。そういえば、長い眠りの中で『カイアス』に会った。やっと会えた。夢の中だけど。その場所が予言の書に出てきた『ヴァルハラ』に似ていたのは、研究途中で繰り返し予言の書を見ていたせいだろうか。それとも、本当に私はヴァルハラにいたんだろうか?現実でなくても良い。例え夢の中であっても、彼に聞いてみたい事は沢山あった。本当の私はとっくの昔に死んでるんじゃないですか?パラドクスが解消されたら、私も消えてしまうんじゃないですか?私が消えずに済む方法はないんですか?なのに、彼は何一つ答えてくれなかった。私の夢なんだから、私の望む答えを返してくれてもいいじゃない。私の思う通りに動いてくれてもいいじゃない。なのに、なぜ?きっと彼は私のことなんてどうでもいいんだろう。そこで気づいた。もしかして、これは夢では無くて、現実に起こっている事なんじゃないかって。現実だから、彼は私の思い通りにならないし、何も答えてくれないんじゃないかって。だとしたら、引き下がるわけにはいかない。あれだけ手を尽くして探したのに、彼を見つけることは出来なかった。このチャンスを逃したら、もう二度と彼に接触できないかもしれないのだ。





夢で会ったカイアス。
アリサはこのチャンスをみすみす逃す真似はしない。

…彼女は意地でもカイアスを振り向かせようとする。

だからアリサは…カイアスにある条件を提示した。





――だから、取引を持ちかけることにした。いずれホープがカイアスにとって邪魔者になることはわかっている。ホープはカイアスと敵対することになる可能性に気づいていた。セラ・ファロンの姉、ライトニングは、予言の書の中でカイアスと戦っていたのだから。ホープの知識と頭脳はカイアスにとって、それなりの脅威となるはずだ。ホープを消してあげる。





ドクン、と心臓が鳴った。

理由は、日記の一文だ。
まだ文章は続いているけれど、あたしはその部分を読んで…一瞬、思わず息を止めて…飲み込んでいた。




ホープを消してあげる。




あとの文字に、靄がかかる。
そこだけ…くっきり、目に映る。

意味が、分からなくなりかける程…。

体中に…ぞわりと嫌なものが、走ったみたいだった。



To be continued

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