アリサの日記


犯人の意図に従い、階の固定されているエレベーターに乗り込んだあたしとホープ。
降りたフロアは、その行き先さえも固定されていた。





「…もう、道も選べないわけね」

「そうですね…」





通路は行き止まり。
入出が許されている部屋はひとつだけ。

更にその部屋に複数あった端末も、たった一つを除いてすべて破壊されていた。

あたしとホープは、目の前にあるその決められた道筋に覚悟を決めた。

もう、クリスタルの粒子も無い。
きっと犯人も、ここにホープが辿りつく頃には自分の正体がファルシでないと気づくことくらいわかっていたんだろう。

そう…ここで見たクリスタルの粒子はすべて偽装だった。





「ホープ…」

「はい」





ホープはひとつ残された端末に手を伸ばした。
すると薄暗い部屋の中で、ディスプレイ上に文字列が流れ始めていく。





「君が見せたかったのは、これか」





並んだ文字に、ホープが呟く。

映し出されたのは、日付。
そして…その下に続いていく文章たち。

それは、AF5年から始まる…アリサの日記だった。




――AF5年×月×日
アカデミーの新人研修が終わって、最初の実習先が決まった。ビルジ遺跡。希望が通って良かった。あちこちに手を回して、いろんな人のご機嫌をとって、面倒この上なかったけど。でも…。少しだけ、行くのが怖い。





アリサの日記…。
日記とは、その人の心の中が覗けるモノ。

賢いアリサは、周りの顔色を伺いつつ、要領よく日々を過ごしていた。
人によって対応を変え、ソツ無く何事もこなしていく。

なんとも強かな…ハッキリとした生き方だ。





「AF5年…ビルジ遺跡…。あたしとセラ、ノエルが…初めてアリサに会った時だ。アトラスが現れたの」

「ええ…。知ってます。僕はその場にいなかったけど、資料は見ましたし、アリサから話も聞きました」





彼女は、ビルジ遺跡でとある探し物をしていた。

あたしはそれが何かを知っている。
だってあたしたちは、それを探すのを実際に手伝ったのだから。

彼女が探していたのは…あるひとつの墓標だった。





「ここ…ナマエさん達のこと、書いてありますよ」

「うん…」





ホープが指差した文章。
そこは、あたしたちがアリサと出会った日の日付だった。

そしてそこには当然、あたしたちの名前が出てきた。





――×月×日
アトラスと一緒に『座標ゼロ』から人間が三人、出現した。うち二人は名前だけ知っていた。セラ・ファロンとナマエ・ミョウジ。もうひとりは知らない。彼らの話によると、座標ゼロは『ゲート』という名称らしい。座標ゼロとビルジ遺跡の様々な異変には何らかの関係があると言われていた。そこから現れた彼らなら、きっと私たちに出来ない事も出来るのだろう。手詰まりになっていた探し物だけど、彼らを利用すれば何とか出来るかもしれない。



――×月×日
見つかった!墓標の名前はネーナ・シュタイン。あの日、落盤事故で死んだのは私じゃなかった。でも、本当に?これも嘘なんじゃないの?墓標の名前は本当は…アリサ・ザイデルなんじゃないの?どっちが嘘で、どっちが本当?もしかして、ふたりとも死んだの?私たちは最良で、最強で、最高のパートナーだったから。どちらか片方が死ぬなんて、それこそ嘘だもの。私だけが生き残った。そのことが嘘なんじゃないの?ううん。嘘か本当かなんて関係ない。私は生きてる。死んだのはネーナ。





アリサは、初めて会った時からなんとなく凄い子だなあって思ってた。

だって、自分の目的の為に演技をしてあたしたちを牢屋から引っ張り出して、そのあとケロッとした顔で嘘が得意だと言ってのけた。

本音が読めない子…。
だけど今、そんな彼女の本音を目の当たりにしてる。

あまりに赤裸々で、ちょっとだけ…苦笑した。





「あはは、利用か…。ハッキリ言ってくれるなあ。でもまあ確かにそんな感じだったかも。なんとなく、ずる賢い感じ。要領良いから、少し羨ましいけどね」

「確かにナマエさんとは逆かもしれませんね。貴女は嘘や作り笑顔が下手だ」

「それは遠まわしに、要領悪いって言ってます?」

「まさか。どちらも長所ですよ。ナマエさんは、そのままでいいですよ」

「…そ。ホープクンがそういうなら…良しとしときます。…でも、そっか…やっぱりアリサにとってあのお墓は…」

「…パージの落盤事故、ですか…」





アリサはビルジ遺跡でずっとお墓を探していた。
だけどそれは、パラドクスによって歪んだ空間の中に隠されてしまっていた。

彼女は夢に怯えていたのだ。
あの事故で死んだのは、本当は自分だったんじゃないかという恐怖に。

パラドクスを解消し、お墓を見たアリサの背中からは…いろんな感情が感じられた。
上手く説明は出来ないけど、ホッとしたようで…でも、まだ何かあるような…。

逸れる前、アリサはホープにパージのことを尋ねたという。
それが少しだけ…繋がったような気がした。

そして次の文章からは、年が…ひとつ変わった。





「…AF6年、次は僕の登場ですね」

「ホープとアリサの出会い…」





――AF6年×月×日
パドラ遺跡の調査隊に参加することになった。実習生では無く、正式な研究員として。コクーンを出るのは初めてだけど、知らない場所で生きていくのには慣れてる。それに、これでやっと雑用か解放される!実習生になって、1年に満たない私を調査隊のメンバーに推薦したのはホープ・エストハイムだという。彼の名前は知っている。もちろん、アカデミーの誰もが彼の名前は知っているけれど、そうじゃなくて。ずっと前から。彼はエリダの幼馴染みだから。でも、彼はセラ・ファロンと同類だから、私がエリダとルームメイトだったことは明かさないでおこうと思った、勿論、彼と敵対する気なんてない。思うところがないわけじゃないけど、それなりに上手くやっていくつもり。だって、彼はいわゆる出世頭だもの。





研究員になれたアリサと、ホープの関係。
もともとアカデミーの中で有名人だったホープを、アリサはそれ以前から知っていたようだ。

その鍵は、エリダという女の子が握っている。

初めて聞くその名前に、あたしはホープを見て首を傾げた。






「エリダ…?」

「ああ…ここにある通り、僕の幼馴染みです。結構有名な歌手になったんですよ。ナマエさんの事、紹介したかったな。からかわれそうですけどね」

「……。」





ホープはそう言って、少しだけ小さく笑った。
その顔からは本当に親しい友人なのだと、そう伺えるような…そんな感じがした。

だけど同時に、アリサの真実が影を落とす。





「でも…アリサとエリダが知り合いだったなんて驚きました。…アリサ、本当に一言も僕には口しませんでしたから」

「…セラと同類、ね。…そういえば、アリサを推薦したの…ホープだったんだ?」

「…はい。アリサの発想は、非常に興味深い物ばかりでしたから」





そして…お墓の名前を確認しても、アリサの悪夢は続いた。
苦しくて、痛くて、怖い…そんな夢を、アリサは見続けていた。

自分じゃないとはっきりすれば、もう見ないと思っていたのに。

そんな中で、アリサはホープの元で研究を始めることになる。
ホープの言う通り、アリサの発想は目を見張るものがあったみたいだ。

ある時、ホープがひとつの仮説を発表した。






――×月×日
調査報告会で、ホープ・エストハイムがパラドクス現象に関する仮説を発表した。もしもそれが正しいとしたら、墓標の名前が私のもので無かったからといって、安心できないってことになる。ネーナの名前を見つけても、私が何度も夢を見続けるのはそのせい?そんなことない。そんなの認めない。彼の仮説は間違っている。何が何でもそれを証明してみせる。





ホープの発表した仮説…。
それは、アリサにっては認めたくない説だったようだ。

だからアリサはその仮説を覆す結果を見つけようと研究に励んだ。

そしてその成果は、ホープの目に留まることになった。





――AF7年×月×日
アカデミー本部にて、ゲートとパラドクス現象に関する研究報告。ホープ・エストハイムとアリサ・ザイデルの共同研究の形で発表された。私の研究はあくまで基礎理論にすぎないから、彼の名前で発表すればいいと言ったのに、彼は私との連名で報告書を作成した。律儀な人だ。でも、余計なお世話。だって、こんなの私が望んだ結果じゃない。私は彼の理論をひっくり返してやりたかっただけ。それが彼の仮説の正しさを裏付けことになるなんて、思いもしなかった。まるで、自分で自分の首を絞めたみたい。冗談じゃない。




――×月×日
もしも私がAF0年の落盤事故で死んでいたのなら、パラドクスが解消された後は『なかったこと』になるんだろう。これまでの研究から、そうとしか考えられない。私が存在している時間軸は、パラドクスによって発生したものだから。この7年間、私が生きてきたことも、私の残した研究成果も、何の記録にも残らない。誰の記憶にも留められない。失われるとか、忘れられるとかじゃなくて、最初から存在しなかったことになってしまう。誰かが私の代わりに生きて、私と同じ研究をして、私と同じ成果を残して…。私が努力して手に入れたものを横から掠め取っていくみたいに。私がいなくても、誰も気づかない。誰も悲しまない。何事も無かったように時が移り変わっていくだけ。





この辺りは、あたしもホープもただ…黙って読み進めていた。

アリサはまた夢を見る。
そして、パラドクスが解消されても自分が消えずに済む、或いは自分が存在しているパラドクスだけを残す方法を…彼女は必死に探し続けていく。





――×月×日
パラドクスにより混線した時間軸を特定するための計算軸を特定するための計算式を考えてみる。



――×月×日
私の立てた計算式を元に、ホープ・エストハイムがAF10年の『異変』を予測した。まただ。なんだって彼は私が望まないものばかりひねり出すんだろう。それも、私の考えた基礎理論を使って。私が目指していたのは、そんなものじゃない。嫌がらせにもほどがある。もっとも、お人よしの彼が嫌がらせなんてするはずないけれど。





「…ホープ。この異変って、もしかして…」

「ええ…。ナマエさんたちが現れる事です」

「…そっか」





最低限の質問だった。
あたしもホープも、触れなかった。…今は。

…まさか、ふたりの研究にそんな事実が隠されていたなんて思わなかった。

アリサの言う通り、ホープはお人よしだ。
贔屓の目無しに、凄く…優しいと思う。

本当に…きっと嫌がらせなんて概念、持ち合わせてないんじゃないかって思ってしまうくらいに。





「…ナマエさん」

「…うん?」

「ここから先の文章は…きっとナマエさんにとって、凄く意味のあること…書いてあると思いますよ」

「え?」





そして、次の文章。
ホープはトントン、と指でそのディスプレイを突いた。

あたしに、意味がある文章?

見当がつかなくて、あたしはただ首を傾げる。
だけど読んでいくうちに、その意味がよく理解出来た。





――×月×日
ホープ・エストハイムには恋人がいる。ナマエ・ミョウジ。AF5年にセラ・ファロンと共にビルジ遺跡に現れたうちのひとりだ。





そこにあった文章。
それは、まさにあたしに関するもの…。

アリサがあたしに対して抱いていた考えや気持ちの内容だった。



To be continued

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