「ここがナマエさんの…住んでる世界なんですね」
そう呟いて、うわあ…と口をあけたひとりの男の子。
彼は先ほどからきょろきょろと辺りを見渡し、どことなく落ち着きがない。
「うふふ。ご感想は、いかがですか?」
あたしはそんな彼の隣に立ち、ふっと笑ってその顔を見てみる。
すると彼はきちんとあたしに振り向き、軽く唸って考えながらその感想を教えてくれた。
「うーん…正直、あまりコクーンと変わらないのかな、って感じですかね。人がいて、家があって、乗り物もあって」
「うん、まあそうかもね。正直そんなには変わらないかも」
「でも、此処にはファルシがいないんですよね?」
「そーだね。それが最大の違いかもね」
彼の名前は、ホープ・エストハイム。
大人しくて、優しい顔立ちをしている、初対面でもそう嫌な印象を抱かれることは無いであろう雰囲気を持った男の子。
容姿は銀色の髪に、翡翠の瞳。
天然物のそれは、純粋に美しいと感じられるものだった。
…ただ、それらは今、この場所においては少々…目を引くものかもしれない。
外国人、と言ってしまえば…それで通るかもしれないけれど。
しかし彼の場合、外国人では無いものだから、なかなかややこしいものがある。
あえて言うなれば…異世界人、かなあ…。
異世界人…て、その時点でかなり突っ込みどころではあるけれど。
「ホープくん。異世界だよ、異世界」
「はい…そう、なんですよね…。上手く説明出来ませんけど…ナマエさんが僕らの世界に来た時は、こんな気持ちだったんですかね?」
「うーん…まあ確かに説明出来ない気持ちではあったかも?」
ホープの声には、少し戸惑いを感じられた。
無理もない。ていうか、あたしだって戸惑ってるわ。
ただ…異世界といっても、彼の暮らしていたコクーンも、この世界も、文明的にそう目立った大きな違いは無い。
…ひとつ、ファルシが存在しないという点を抜かして。
「でも、…どうして突然ここに来てしまったんでしょう?しかも僕まで…」
「…さあ。それは、全然わかんないけど…」
今…あたしと彼、ホープは…あたしの、元の世界に立っていた。
理由はまったくわからない。
あたしたちは、グラン=パルスの大地を歩いていたはずなのに…。
気が付いたら彼とふたり、呆然とそこに立ち尽くしていた。
見たことのある景色、知っている住所。
あたしはすぐ、この場所が自分の住んでいた世界だと理解した。
「だけど…良かったですね。元の世界に帰ってこられて」
「いやー、どうかな。確かに嬉しくない…って言ったら嘘にはなるけどさ、」
「え?」
良かった、と笑う彼にあたしが返したのは微妙な反応。
元の世界に帰ってきたのにあまり喜んではいない。。
そんなあたしを見て、ホープは驚き、目を丸くしていた。
「純粋には嬉しくない…ですか?」
「うーん。だって、なんか旅も中途半端だし、ていうかルシだし。まずこっちの世界にルシから逃れる方法は無いと思うよ」
「…そう、ですよね」
「それに今度は、ホープがこっちの世界に来ちゃったわけだし」
「あ、ぼ、僕の事は…、別に、そんなに…」
「…今更なに遠慮してんの」
「あ、痛っ…」
僕のことは気にしないで。
多分、そんなことを言いかけたホープの額を、あたしはピンッと指ではねた。
ちょっといい音がした。
そんな額をホープは押さえて優しくさする。
あたしはため息をついた。
「あのさ…いい?これは、万が一の話だけど…もし、あっちの世界に帰る方法が見つからなかったとしても、あたしはホープを見捨てるようなことはしませんよ?」
「…ナマエさん…」
「あたしだって、あっちの世界の事気になってるんだし。皆とこれっきりってのも嫌。…それに」
「それに…?」
首を傾げる彼。
ああ、なんだか照れくさい。
だけど…ここで嘘を言っても仕方がないし。
なにより、あの世界で傍にいると言ってくれた…彼にはちゃんと、あたしも同じものを返したい。
「それに、あたしが…まだ、ホープといたいんだけどな」
「……えっ…、あっ…」
ぽそ…と呟いた本心。
すると、それを聞いた途端、彼は頬を淡くぽっと染めた。
…可愛い反応。
ちょっとだけキュンとした。
…って、でも、そんな反応をされてしまうと。
それはそれで、こっちも照れが増してくる。
「ま、とにかく!ほら、約束したでしょ。手、離さないって、ね?」
照れを隠すように出した、少しだけ張った声。
でもそう言いながら、手を差し出す。
君と交わした…大切な約束。
互いの手を離さないと。
それは、何処に居たって変わらないから。
「…はい…!」
差し出した手に、彼は手を重ねてくれた。
その顔は、自惚れではないとわかるほど…嬉しそうな微笑みを浮かべて。
どこにいても、あたしと君は手を繋ぐ。
END