「アーロン!ただいまっ!」





だだっと駆け抜けた家の中。
帰宅早々、あたしは一直線に自分の部屋へと駆け込んでいく。

すると、そこにいた大柄の男の人。
彼は扉の開く音と、あたしの声に耳を貸し、視線をこちらにへと向けてきた。





「…しっかりと勉学には励んできたのか」

「そういうこと言います!?」





ただいまの返事はそれですか!
疲れ果てたあたしを前に、奴はそんなことを言ってくる。

いちいちムカつくおじさんだわね!
だいたい…誰のために走って帰ってきたと…。

そんなことを思っても、なんかそれを言うのはちょっと癪だ。

だから、あたしはそいつを一睨みして「だはー…!」と言いながらベッドに腰を下ろした。
なんとも色気の無い行動だと自覚はしてる。





「…色気より食い気とはお前のためにあるような言葉だな」

「アーロンうっさい!」





自覚はしていても、他人に言われると腹が立つものである。
あたしは再び彼を睨み付け、「はあ…」と息をついた。

彼の名前はアーロン。
あたしの大好きな、大好きなゲームの登場人物。

…不思議な事もあるものだ。
彼は突然この世界に現れ…そして今、うちに内緒で居候をしていた。





「で?…相変わらず、手がかりはゼロ?」

「…そうだな」

「…そっか」





小さな嫌味もほどほどに。
あたしはベッドから降り、きちんとアーロンに向き合うように腰を床に落とした。

そうしてあたしが尋ねたのは、彼に関する情報の有無だった。

…ため息の意味は、自分でもちょっとわからない。
それは…アーロンがまだ、ここに居る事という安堵か…まだ、手がかりの見つからない不安か…。

話のはじまりは、少し時を遡る。

あたしは…FF10というゲームが大好きだ。
それだけならきっと、どこにでもあるよくある話。

だけど、夢みたいだけど…。
あたしは前に…そのゲームの世界に行ってしまったことがある。

でも、帰ってきた。

そして、それから1年という月日が経ち…。
今度は、そのとき一緒に旅をした男アーロンが…10年という年を重ね、あたしの世界に現れた。

それが、今のこの状況だった。





「んー…もういっかい、話ちゃんと整理しようよ。アーロンはジェクトさんのザナルカンドに行ったんだよね?んでもって10年を過ごして…、ティーダと一緒にシンに吸い込まれた」

「…ああ」

「で、多分スピラに行くだろうと思っていたのに、何故か1年しか経ってないあたしの世界に来ちゃったと」

「…そうだな」





彼の置かれた状況の簡単な整理をしなおし、考える。

…彼の話から察するに、多分…アーロンがやってきた時期は、ゲームでいうかなり序盤だ。

ザナルカンドで召喚士の旅を終え、ブラスカさんの究極召喚を見送ったアーロンは夢のザナルカンドでティーダを見守り10年を過ごした。

そして時は満ち…再びスピラへと向かい、召喚士ユウナと出会ったティーダとルカで再会し、その旅に身を投じていくわけなんだけど…。

何故か、彼はあたしの世界にやってきてしまった。





「…しかし、本当に別世界があったとはな」

「あ。あたしの言うこと信じてなかったー?」

「…そう言うわけではないが。改めて思っただけだ」

「まあ、実際に見てみなきゃわからない部分はあるよね」

「ああ…。そして、お前のこの世界では…俺達は物語の登場人物だという話もな」

「……。」





アーロンは、棚の中にあるゲームのパッケージに目を向けた。
あたしもそれを見て、少し…言葉に悩んだ。

あたしは、スピラに行くと…ゲームの記憶に霧がかかってしまう。
だけどこの世界に戻ってくると、その霧ははっきりと晴れてくれる。

その話は、アーロンにはすべて説明した。

だから今のあたしは、アーロンが辿った道も…ユウナやティーダが辿る道も…全て知っている。

ただ、その未来については話していない。
正直…話していいのかもわからないし、アーロンもそのことに関しては「それでいい」と頷いたから。

だけど…やっぱり、割り切れない部分も多くあった。





「…ごめんね、アーロン。あたしが記憶をちゃんと持ったら…ううん、あんな旅の途中で、いなくなったりなんか…したくなかったんだけど」





召喚士ブラスカの旅…。
あたしはその時、ザナルカンドまであと少しの…ナギ平原で突然、この世界に戻ってきてしまった。

そして、その先にある旅の記憶を取り戻し…絶望した。

あたしが共に旅した、助けてくれた人たちは…皆、あの後…。
今、目の前にいるアーロンでさえ…。

この人は…ここにいるけど。
話も出来るし、触れることも出来るけど…でも。

彼は…生きては、ないから。





「…お前もわからん奴だ。気にする必要は無いと、何度言ったらわかる?」

「…アーロン」





思わず、少し暗い気持ちになった。
するとその時、あたしの頭にアーロンの大きな手のひらが落ちてきた。

わしゃわしゃと…雑に、髪を乱していくその手。

だけど、そこには確かな優しさが感じられた。





「…ナマエ。確かに、俺は…あの時、酷く目の前が暗くなった。しかし、お前が元の世界に帰って良かったと…そう思う心もあった」

「…え…?」

「…俺は、あの後…ユウナレスカに単身で挑んだ。仇を討つ…そのことに縛られ、お前がいたとして冷静になれたか、お前も共に仇を討つと言い出したか…どうなったのかは、今考えてもわかりはしない」

「……。」

「しかし…お前さえ返り討ちに遭わせて失っていたとしたら…その可能性があったのなら…。せめてお前だけでも安らかに暮らしてくれるなら…そう悪い出来事ではないと思った。俺は、お前を危険に晒さずに済んだのだから」

「……アーロン」





締め付けられる。
胸が、痛い…。

アーロンの優しさを、苦しいほどに感じた。
サングラスの下で…彼は、優しい顔をする。

だけど…それが嬉しくて、でも、苦しい。





「…あたし、アーロンと…一緒にいたかったよ」





気付くと、ぽつ…と零していた。

今更だ。
こんなの…本当に、今更。

こんな事を言って、どうなるのかなんて…全然わからない。
いや…どうにもならない。意味なんて、欠片も無いのかもしれない。

だけど。





「…ナマエ。俺は、この世界を見る事が出来て良かったと思っている。お前のいる世界が、死の螺旋など無い…平穏な世界だとこの身で知れた」

「……。」

「そして…こんな身でも、お前と再び相見え、その言葉を聞けた」

「………。」





アーロンは微笑んだ。






「俺は……幸せ者だ」





その目は、満ち足りたような…そんな瞳に見えた気がした。



END

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