残された時間、世界を駆け巡る解放者。
ひとり、またひとり…ライトは着実と人々の魂を解放していく。
そしてまた、1日が終わった。
6時。ライトが箱舟に戻ってくる時間。
あたしはソファに腰をおろし、戻ってくるライトの姿をモニター越しに見てた。
するとその瞬間、心の中で誰かに呼ばれる感覚を覚えた。
それはいつもルミナが呼びかけてくる時と似ている感覚だった。
でも今日はルミナじゃない。ねえ、ディアボロス…誰?
声がある事を教えてくれるのはディアボロスだ。
だからそう尋ねてみる。といっても答えを教えてくれるわけじゃないのだけど。
ただ、ディアボロスを通しているからその呼びかけに応じるのに抵抗は無い。
だからあたしはそっとその声に身を委ねた。
『あ、ライト』
『ナマエ…』
身を委ねた先…。
辺りを見渡すと、そこにはライトの姿があった。
あたしはライトに駆け寄る。
そしてまた改めて辺りに目を向けた。
『てことは、またライトの心の中かな』
『…おい、ナマエ』
『え?』
またいつかのような感じかと辺りを見ていたあたしにそんなことより気にすることがあるだろうとライトは顎である方向を示した。
あたしは素直にそちらに振り向く。するとそこにはあたしとライトの他にもうひとり立っている人がいた。
『あっ…!』
そして、その顔を見たあたしは目を見開いた。
それは大きな驚きだった。
そこにあったのは知っている顔。でも、凄く凄く懐かしい顔。
『シド・レインズ…』
ライトがその名を口にした。
ライトの心の中にいたもうひとりの人物。
それはかつて、あたしたちがルシだった時に出会ったレインズさんだった。
彼は、ファルシではなく人の手による統治を夢見ていた聖府の准将…。
でも同時に、その夢を半ばにコクーンのルシにされ、だけどそれでも運命に抗った強い人…。
もう、1000年も前のことになる。
でもその生き様は、すごく…心に刻まれているように感じた。
『その名はもはや、意味を失った。彼と言う個の魂はとうに混沌に融けている。かつてのように、意思なき傀儡だ』
名を呼ばれた彼はそう否定を口にし、そしてまたこうしているその意思は自分のものでないと言う。
その言葉にあたしは首を傾げた。
『貴方じゃない、誰かの、意思…?』
『人としての意思では無く、神に操られているのか』
『神では無い。私を動かしているのは数え切れない死者たちの想いだ』
ライトの言葉にレインズさんは首を横に振った。
神様じゃなくて、死者たちがレインズさんを動かしている?
『私は、死者の代弁者なのだよ』
彼は、現在の自分をそう呼んだ。
あたしを此処に招いたのは、レインズさんなのだろうか。
つまり、彼を動かす死者たちの呼びかけ?
でもなんであたしを…。
そう疑問を抱いていると、レインズさんはあたしとライトに語りかけた。
『解放者ライトニング。そしてエトロの力を継いだ異世界の者、ナマエ。忘却の禊は知っているな?』
エトロの力…またその話か。
異世界の者ってのは、それはそうなんだけど。
まあ今は良いか。
ふたつとも、事実は事実。
それよりも今尋ねられたことも気になる。
忘却の禊…。
あたしとライトは顔を合わせた。
『聖宝を使って行う儀式ですね。ヴァニラが…』
『ああ、ヴァニラがやろうとしている儀式だな。あいつは命を懸けて、死者たちの苦しみを祓おうとしている』
『彼女には視えていない真実がある。神の眼にさえ映らない、不可視の領域…』
『ヴァニラに視えない真実だと?』
『それって…』
『人は混沌の意味を知らない』
混沌は神様の目に映らない。
そしてその意味を、あたしたちは知らない。
確かに混沌についてってわからないこと多いけど…。
死者たちはそれを知っているのだろうか。
『世界を包む混沌の海。それは死にゆく魂の還るところであり、生まれくる魂の孵るところ。死んだ人間の魂は混沌の海に呑まれる。けれどもそれは滅びでは無い。やがて新たな生命を得て、現世に甦るのだ。その胸に、視えない力を、心と言う名の混沌を宿して』
レインズさんはそう語った。
死んだ人間たちは、いつかは生まれ変わる。
なるほど、死者たちの代弁者…。
それを聞いて少しその意味が分かった気がした。
そしてライトも、その話にはきっと色々と感じるものがあったように思う。
『人の心は、混沌そのもの…』
『…そう、だから神様には、人の心は視えない』
呟いたライトの言葉に少しだけそう補足した。
前に、ユールに聞いたことがある。
人は誰しも、心と言う名の混沌を持っている。
…あたしは、人よりそれが深いとも言われたっけ。
そして、心を与えるのは女神エトロだ。
あたしの心は元の世界のモノと、この世界に来たときにエトロがくれたモノが混ざってるらしい。それはルミナが前に教えてくれた事だ。実感ないけどね。
まあそれはともかくで、今はその心を与える女神がいないから、人は生まれ変わることが出来ない。
だけど、世界はそうして回っていた。ルールがあった。
だから死者たちは、死んでしまって、それで終わりじゃない。
『死んで混沌に呑まれてもやがて、生まれ変われるのか…。死んでいった者たちの魂も転生を…新しい世界に導けるのか』
『聖女と呼ばれるヴァニラであれば。彼女は死者と対話できる唯一の生者だ。無数の死者ひとりひとりに呼びかけて、未来へ解き放てる』
『死者の魂の解放…ヴァニラには、私には出来ないことが出来る…』
ライトはヴァニラの持つ可能性に気が付き、そして少し考えた。
解放者たるライトが救えるのは今を生きている魂だけ。
でも、ヴァニラなら死んでしまった魂を救うことが出来る。
ただ、そこにまだある問題をレインズさんは指摘した。
『しかし、彼女はまだ自分の力に気づいていない。救世院の欺瞞にもだ』
『欺瞞?救世院が何を偽っている』
『禊で死者は救われない。あれは死者の存在を無にして忘れる儀式だ。彼女が命を捨てる意義など無い』
『死者を無にするって…じゃあ、ライト』
『ヴァニラに儀式をやめさせるんだな』
あたしがライトの顔を見上げれば、ライトは頷いた。
レインズさんの言いたいことが読めてきた。
忘却の禊は死者たちの存在を無いものにする。
そんなもの、死者たちにしてみたら冗談じゃないだろう。
だからライトにヴァニラを止めるよう呼びかけた。そして…。
『そして、導いてやれ。君が彼女を導けば、彼女が死者たちを導く』
『それが死者たちの願いか…』
『…でも、それはあくまで死者たちの願い。つまり、神様の考えとはたがうってことですよね』
今の話を聞いていて、あたしは少し引っ掛かった事があった。
だからそれを口にすれば、レインズさんは頷いた。
『そうだ。神の意思では無い。死者たちの願いを叶えれば、君は神に背く事になる。神に抗った人間は、結局は踊らされ、無残な末路を辿る。かつての私のようにな』
『貴方は人として戦い、人として死んだ。神の支配に立ち向かった貴方の意思は、受け継がれている』
『そうです。あたしたち…あの後のバルトアンデルスやオーファンとの最終決戦の時、未来を祈っていた人達…レインズさんの事、思い出しました。それにあたし、この世界で生きて…見てました。人々が、自分たちの手で生きる世界を掴もうとする様を』
神様なんて関係ない。
人は、自分たちの手で未来を掴もうとした。
掴む力は持っているはず。
あたしとライトの言葉に、レインズさんは本当に小さくだけど、笑った気がした。
そう、人は抗って、ちゃんと自分たちで立てる。
じゃあ次に考えるのは、どうすれば立つことが出来るか。
『人はみな、心と言う名の混沌を抱えて…だからこそ、死者の想いを感じ取ることが出来るんだな』
『混沌とは視えざる絆…生と死の領域を超えて魂を繋ぐ視えざる力だ。神さえも凌駕しうる無限の可能性を秘めてはいる』
『とはいえ、容易く使いこなせる力では無い。そうだろう?』
『そう。混沌は何者にも支配されない。だからこそ、混沌の召喚獣を使役できる君に女神は魅入ったのだよ』
『えっ…』
レインズさんの視線がまっすぐにあたしに向いた。
ちょっと、ビックリした。
ライトもあたしの顔を見てくる。
レインズさんはあたしを見つめたまま続けた。
『女神はコクーンに眠ったパルスのルシを憐み、そして未来に不安を見た。だから異世界よりの使者を召喚した。女神が魅入るほど、そして干渉出来るほどの深い混沌を持った君をな』
『…ええ。ずっと昔、ヲルバ郷にあった冥碑に書いてありましたね』
『君の中の混沌が深いのは、生まれつきだろう。偶然持った力によって、君の運命は大きく変わったのだろうな』
『……。』
あたしの心…混沌が深い、それは偶然生まれ持ったもの…。
そうだというのなら、確かにそれで運命は大きく変わったのかもしれない。
だってそうじゃなかったら、きっとあたしはずっと自分のあの世界で生きていたはずだもの。
でも…じゃあこの世界に来たことをどう思うかって言われたら、あたしは笑うことが出来る。
『…ライトに逢えました。皆にも。そして、一生支えたいと思う…そんな人にも逢えた。だから、あたしはこの世界に来ることが出来て良かったと思う』
『…ナマエ』
『強かなものだ』
ライトは少しだけ、目を丸くしてた。
自分の名前が出てくるとは思わなかった?
…ちょっと、ルミナに言われたことを思い出した。
ライトは誰にも頼らない、手を取ろうとしないからって。
…あたしは貴女が好きだよって、遠回しにでも言いたかったから。
『君は、女神が魅入った混沌を秘めている。そして、新たに女神が与えた混沌…力もだ。今は亡きエトロの力を持つ器…。だから神は君を手元に置いた。そんな君ならば、出来ることもあるだろう』
『……。』
そして、レインズさんはそう言った。
あたしは何も言えなかった。
だって、あたしがこの力で出来ることなんて、やっぱりよくわからなかったから。
ただ、思う。
…あたしに出来ることがあるのなら、その時は…精一杯に。
あたしがそう己の手を見ていると、レインズさんはライトに目を向けた。
『救いを求めるのなら、混沌を彷徨う魂に想いを託せ。君にはわかるはずだ。誰の魂を見つければよいか』
『…セラか?あの子に私の想いが届くのか』
『言ったはずだ。混沌とは無限の可能性。生と死の領域を超えて魂を繋ぐ…視えざる力、視えざる絆だ』
その言葉を最後に、レインズさんはパチンと指を鳴らした。
するとそれを合図にしたかのように辺りに混沌の風がぶわっと渦巻く。
あたしとライトはその風に煽られ思わず目を閉じた。
それと同時に、レインズさんがふっと笑った声を聞いた気がした。
To be continued
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