夢と現


わけもなく、切っ掛けも無く…たまに、思う事がある。
今まで歩いてきた何かが、もしかしたら現実じゃない…夢の出来事なんじゃないかって。





「………。」





目が覚めた。
視界がまだ少しぼやけている。

僕は、気怠い身体を持ち上げ、のそっと体を起こした。

グラン=パルスの風。
息をしても、肌で感じても、コクーンのものとは違うと感じるそれ。

それで僕はいつも思う。
僕は今ルシで、仲間と一緒に旅をしている。

それは…腕に刻まれたルシの烙印を見れば、一気に現実味を帯びる。

今、僕の当たり前となった毎日。
僕はそれを、ぼやけた頭で考えた。

そして…もうひとつ…。





「…ナマエ…さん…」





呟いたのは、ひとつの名前。
僕にとって…凄く大切な、特別な名前…。

初めて出会ったその日に、本人から教えてもらった。

だから、僕が名前を知っていることが…貴女と出会った何よりの証。

…どうして、そんな…当たり前のことを考えているんだろう。

どこかで、もうひとりの自分がそう笑った。
だけど同時に…得体の知れない不安が、ふつふつと浮かんだ。

もし、もしも…。
ナマエさんに出会ったことだけが、夢だったら。

焦がれる想いに憧れる僕の…幻想だったとしたならば…。





「……。」





違う。そんなことはない。
あの人と出会ったのは、紛れもない現実だ。

そうやって…ちゃんと理解はしていた。

だけどふいに、そんな考えが浮かんだ。

厄介なもので、一度そうなると心が求めてたまらなくなった。
姿を見たい。声を聞きたい。

ちゃんと…夢じゃないって確かめたい。

馬鹿みたいだと自分で思う。
だけど…、じっとしていられなくて…僕は足を動かした。

傍で寝ていた、スノウやサッズさんはまだ夢の中だ。
きっとナマエさんも…まだ寝ているだろう。

でも、せめて…何か。
簡易的に作った食器の数とか、そういうものでも…何でもいい。

ただ…あの人が此処にいる証拠を、何かひとつでも実感したかった。





「あれ、ホープ」

「…え…」





朝靄の中、歩くと…そこに見つけたひとりの姿。

僕の足音に気が付き、その人は振り返る。
そして僕の名前を呼んだ。

それは、僕がその存在を確かめたかったその人…ナマエさんの姿。
まだ日が昇って間もない、涼しい朝の中…彼女はひとり、佇んでいた。





「おはよ〜」

「え…あ、おはようございます…」

「どしたの、こんな早く」





笑って挨拶をくれたナマエさんに、僕も声を返す。
そしてまだ起きるには早い今に現れた僕に、彼女は首を傾げた。

だけどそれは、こちらとしても同じ気持ちだ。





「えっと…それって僕の台詞でもありますよ?」

「ん?ああ、あたしは何かたまたま目が覚めちゃって。普通に二度寝しようかとも考えたけど、なんか今日涼しくて気持ち良かったから。ちょっと空気を堪能してました」

「はあ…」





すー…と目一杯吸い、清々しそうに顔をほころばせるナマエさん。

自然の溢れるグラン=パルスは、コクーンにはあまり無い環境だったから、最初は青臭いと感じていたけれど、慣れてしまえば爽快感のある空気をしていた。
そして今日は確かに涼しく、その清々しさが増している気がしないでもない。

確かに気持ちのいい朝というに相応しい空気だった。





「んで、ホープは?」

「え、あ…僕は…」





自分が理由を話したところで、ナマエさんは僕に質問を振ってきた。

その答えに僕は戸惑った。
そして、つい言い淀んでしまった。

…だって、まさか言えないよ。

貴女に会いたくて。
貴女の存在を確かめたくて…なんて。

だけど…。





「…ナマエさん…」

「んー?」





呼べば、声が返ってきた。
僕を瞳にとらえ、微笑んで首を傾げる。

僕は…実感して、ほっとしてた。

ほら、ちゃんと現実だろうって。
ちゃんと…貴女と出会ったのは、今まで一緒に歩いたのは、夢じゃないって。

本当…当たり前のこと。
きっと口にしたら、馬鹿だなって誰もが言う。





「ナマエさん」

「なに?」





貴女の名前をまた呼んで、ゆるゆると近づき、そして手を伸ばす。
そのまま僕は、彼女の肩に…とん、と優しく額をくっつけた。





「わっ…ほ、ホープ…?」





普段は、こんなことしない。

僕は貴女が大好きで、ナマエさんも…僕の傍に安心を覚えると言ってくれた。
だけど、それ以上は口にしていない…とても曖昧な、そんな距離。

触れることがあるとすれば、それは手を絡ませあう事くらい。

ちょっとだけ、ずるいかな。

だって、僕自身…ナマエさんに、何を求めているのか…答えが出せないのに。
ルシで、子供で、育った世界が違って…先が見えない不安に怯えてる。

だけど…多分、突き放されることは無い…。
そんな自惚れが…少しだけあって、そこに甘えて。

でも、今だけ。
ほんの…少しだけ。





「…ちょっとだけ…こうしてたい、です…」





額に触れたぬくもりを感じながら、僕は小さくそう零す。

ああ…本当は、ぎゅっと抱きしめられたら…。
僕の胸に貴女を押しつけて、閉じ込めるみたいに…強く。

届かない背にまで欲張りになって…そんなことも考える。

ううん…。
でも今は、こうしていられるだけで…本当はいっぱいなくらい嬉しいんだ。

するとその瞬間、きゅ…っと僕の首に腕が回ってきたのを感じた。





「…!」




距離が、きゅっと詰まった。

くっついて…。
突然で…ビックリした。




「…いいよ」





そして、僕がその声を上げる前に耳に届いた…貴女の優しい声。

ぬくもりが、ぐっと…近くなる。

…もう少しだけ、欲張っていいかな…。

僕はゆっくり…ナマエさんの背中に手を回す。
そして、それを噛みしめるように目を閉じる。

夢なんかじゃない。
ちゃんと、現実だ…。

僕は、今目の前にいるナマエさんの存在が…無性に嬉しくて仕方なかった。


END


cherishの時点だと関係が曖昧の設定なので、あんまりイチャイチャが無いのですが。
まぁたまには…ちょっとだけっていう話です。

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