グラン=パルス、ヲルバ郷。
僕たちは、目指していた道のゴールに辿りついた。
終わりにあったのはひとつの冥碑。
ヴァニラさんが読み上げたその内容には、歴史と予言が記されていた。
女神エトロの予言。
ルシから解放される手掛かりとコクーンの救いを探す僕たちにとって、それは正直当て外れのものだった。
「万事休すか…」
「コクーンは、おしまいなんでしょうか…」
「そうすりゃ神様が全部救ってくれるってか?」
「ファルシが居る限り、戦いは終わらないんだろ。だったら、やってやろうぜ。ダイスリーを止めりゃいい」
「オーファンはどうするんだよ?」
「守るしかねえな。オーファンさえ傷つけなきゃ…」
「今度は別の戦いが始まるだけだ。ルシが…人の戦いを止められるのか?」
問題の解決を探せば、今度はまた別の問題が浮かぶ。
どうすればいいのかと皆の顔が曇る。僕も同じだった。
だけどその時ふと、僕はある人の存在が気になった。
さっきから、何も喋っていない。
どうかしたのかと自然とその人へと視線を向ける。
ナマエさん。
見つめた彼女は、何処を見ている?
何か、様子が変だった。
「ナマエさん…?」
僕は声を掛けた。
だけど彼女はこちらを見ない。
伸ばされた手は頭を押さえる。
そしてその直後、ふっとナマエさんの身体がその場に崩れ落ちた。
「ナマエさんッ!?」
それを見た僕は声を張り上げた。
同時に、反射的に体が動いて駆け寄っていた。
皆もナマエさんの異変に気が付き、慌てて周りに集まった。
「え、ナマエ…!?」
「おいおいおい、どうした!?」
「ナマエ!ファング、どうだ?」
「…気ぃ失ってら。熱とかはねーみてーだけど」
集まった皆はナマエさんの顔を覗きこみ、ファングさんが額に手を当てて体調を確かめた。
真っ先に駆け寄った僕は、ナマエさんの腕に触れて何度も何度も名前を繰り返し呼びかけていた。
「ナマエさん!ナマエさん!?どうしたんですか!ナマエさん!」
「…落ち着け、ホープ」
すると、そんな僕を見かねたようにライトさんが僕の肩を叩いた。
正直、その感覚でハッとした。
それで我に返った気がする。
皆が周りに集まっていたのはわかってたけど、気持ちが焦ってどうしようもなくなってた。
振り向くと、ライトさんは頷いた。
それを見てほんの少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。
いや、落ち着きを取り戻そうと言う気持ちを戻せただけで、実際にはきっと落ち着けてなんていなかった。
その証拠に、心臓の音が全身に大きく響き渡っていた。
「……っ、」
僕はナマエさんを見つめたまま、ぐっと服の胸の辺りを掴んだ。
焦る。鼓動の速さが止まらない。
不安で胸が一杯だ。怖い。
ぐったりと気を失うナマエさんの姿が、不安でたまらない。
「ナマエさん…!ナマエさん…!」
結局、何もしないなんて耐えられそうになくて、呼びかける声を止めることが出来なかった。
じっとしてられなくて、でも僕に出来ることなんてこうして名前を呼ぶ事だけで…。
ナマエさんが倒れてどれくらい経ったんだろう。
呼び続けた事に意味はあっただろうか?
しばらくすると、ぴくりとナマエさんの瞼が動いた。
「…ん…」
「あっ…!ナマエさんっ!」
瞼がそっと開いていく。
虚ろな瞳の焦点が徐々に僕を映す。
ナマエさんはゆっくり体を起こしながら目があった僕の名前を呟いた。
「…ホー、プ…?」
「ナマエさんっ…!」
「うわっ…!?」
良かった…!良かった…!
そんな思いでいっぱいになって、僕はその感情に突き動かされるままにナマエさんに抱き着いていた。
「…良か、った…」
「ホープ…」
目を覚ましてくれて良かった。
ホッとして、安堵が溢れる。
すると背中にトン…と優しい掌が触れた。
ナマエさんの手だった。
それを感じた時、僕は抱き着いている自分にハッとして慌てて身体を放した。
「あっ、す、すみません…僕…!」
「ううん。心配させたんだよね…?ごめん、皆も…」
ナマエさんは首を横に振り、笑ってくれた。
そしてその場にいる皆に謝った。
特に具合が悪かったというわけではなく、顔色を見てももう大丈夫みたいだ。
何してるんだろうなあ、僕…。
ナマエさんが目を覚ましたことで焦りが消えて、今までの行動が一気に恥ずかしさへと変わった。
「結構、ビックリしますね…」
「ん?」
それからナマエさんが倒れた理由を聞き、これからどうするかを決めて僕たちは歩き始めた。
その時、僕は隣を歩いていたナマエさんにそう小さく苦笑いながら言った。ナマエさんは首を傾げた。
「ビックリ?」
「はい…。その、なんというか…このまま目を覚まさなかったらどうしようとか」
「大袈裟な。…なーんて、そう思えるのは今普通にしてるからだよね。ごめん。心配してくれてありがと」
「いえ…。でも本当に良かったです」
話しながら考える。
なんというか、思い知った気がする。
ナマエさんに何かあったら、僕は…。
ううん、やめよう。…そんなの、想像したくない。
ただ、僕は一度…大切な人がいなくなる苦しみをもう知っていて。
母さんみたいに、ナマエさんまで死んでしまったら?
そんな考えが、きっとどこかで過った気がする。
「あのさ、ホープ覚えてる?」
「え?」
その時、ナマエさんがそう尋ねてきた。
何の話かと僕は彼女を見つめる。
「マハーバラ坑道、だっけ?ファルシが走り回ってたあそこ」
「あ、はい。覚えてますけど…」
マハーバラ坑道はこのヲルバ郷を目指す道中で通った場所だ。
ファルシが走り回り道を開拓していて、コクーンに比べて好き勝手やってる感じでその違いに驚いたっけ。
そんな風に行動の事を思い出してると、ナマエさんは目を細めて僕を見てきた。
「じゃ、君がやらかしたこともちゃーんと覚えてるよね?ていうか忘れたとは言わせない」
「え、やらかした?って…」
僕はマハーバラ坑道でやらかしたこと。
そう言われて記憶を辿ると、まあすぐにナマエさんが何を言ってるのかはわかった。
僕は兵器に触れて、その際にファルシの道に投げ出されてしまったのだ。
あの時は本当に轢かれるかと思ったっけ。
「あたしも、あの時結構ビックリしたよ」
「え」
すると、ナマエさんはそう言った。
ビックリした…って。
確かにあの時、ナマエさんは僕を心配してくれた。
頬をつねられて、すっごく怒られたっけ。
でもそうやって心配して貰えたことがなんだか嬉しくて。
そこまで思い出せば同時に、あの時のナマエさんの言葉も一緒に思い出された。
《死んじゃうかと思った…》
大きく息を吐いて、胸を撫で下ろして。
ナマエさんはホッとしたようにそう言っていた。
それを思い出して、あっと思う。
「そう、ですね…。確かにビックリするし、うん…思い知りました」
「お?」
「出来ればもう、こんな思いするのは御免です」
「うん。あたしも。寿命縮めるのは御免だね〜」
「あはは…」
死んじゃうかと思った。
あの時ナマエさんが言ってた言葉の意味が沁みる。
反省、だなあ…。
そんなことを思っていると、ナマエさんは僕を見てくすっと笑った。
それを見た僕はなんだろうと首を傾げる。
「ナマエさん…?」
「ん?いや…でもちょっとホープが言ってる事もわかったかもなあって」
「え?」
「あははっ、心配されるのも悪くないかも?」
「!」
ナマエさんはそう言って笑ってた。
それを見て僕はうっ…となる。
あの時、僕は自分を心配してくれるナマエさんを見て嬉しさを覚えた。
でも、こっちからしてみればたまったもんじゃない。
「…笑い事じゃないです」
「君も笑ってたでしょ」
「…それは、そうなんですけど」
「あははっ、うん、ありがと!もう本当に大丈夫だから、元気元気!」
「…はい」
平気だと笑顔を見せて、ぽんっと僕の頭に触れたナマエさんの手。
なんだか悔しいな。
悔しいくらいに、僕はその手が大好きで…。
あたたかなその感触を噛みしめるように、僕は目を閉じた。
END