秘密の文字


「ナマエさん、何してるんですか?」





グラン=パルスの、風の心地よい草原。
岩場に腰かけ、小さなノートにペンで何かを書いているナマエさん。

そのペンとノートは、大したものは持っていないと前に見せてくれた鞄に入っていたのだろうか。

何を書いているのかと聞いてみると、ナマエさんはノートに目を向けたまま答えてくれた。





「んー?グラン=パルスってさ、何は食べていいとか悪いとかわからないでしょ?ファングとヴァニラに教えてもらっても正直覚えきれないから、忘れないうちにメモしとこうかと思って」

「ああ、なるほど」





確かに、此処はコクーンの中でも見た事のない食材が多い。
というか、自然の中から自分たちで集めなくてはならないため、何が食べられるかの知識はかなり重要だ。下手すれば毒があるものだってあるし。

僕は納得しながら彼女の横に腰かけ、ノートの中を覗き込んでみた。

でもそのノートを見た瞬間、ちょっとばかり固まった。





「え」

「なに?」





するとナマエさんが首を傾げ、僕の顔を見てきた。

ああ…そうか。
理解にそう時間はかからなかった。

僕はノートを、正確には文字を指さして言った。





「いや、読めないな…って思って」

「え?あ、そっか!」





ナマエさんもすぐに分かったようで、ぱん!と両手を叩いていた。

ナマエさんの書いていた文字。
それは僕には読む事が出来なかった。

つまり、これはこの世界じゃない…ナマエさんの世界の文字だと言う事。

ああ、やっぱりこの人はこの世界の人間じゃないのだ。

ナマエさんの事を信じているから、今さらではあるんだけど…。
なんだか少し、寂しさを覚えた様な気がした。





「よくよく考えたら、あたしもコクーンの文字とか読めなかったわ。パルムポルムにあった看板とか、全然わかんなかったもん」

「そう、ですよね。これが…ナマエさんの世界の文字なんですね」





まじまじと、ノートに綴られた文字を眺めてみる。
いくら睨みつけたところで、読めないものは読めないんだけど。


……読めたらいいのに……。


ふと、抱いたそんな考えにハッとした。

そうだ…そうだよ。
読めないなら、読めるようになればいいじゃないか。





「あのっ、ナマエさん!」

「ん?」





思い立ったら即行動だ。
僕は思い切って、ナマエさんに頼んでみた。





「もしよかったら、僕に文字、教えてもらえませんか?」

「…はい?」





するとナマエさんは、そんな僕にきょとんとした。





「え、教えましょうかじゃなくて…教えて欲しいの?」

「はい!まあ、ナマエさんが覚えたいって言うならコクーンの文字も教えますけど」

「あ、それはちょっと助かるかも。…って、うん。そうだよ。あたしが教わるならともかく、あたしの文字なんて覚えても何の得も無いと思うけど。絶対役に立たないし」

「役に立たないのはわかってますけど、でも得が無いとは言い切れませんよ?」

「どういうこと?」





彼女は首を傾げた。

確かに、覚えたところでこの世界では何の役にも立たないかもしれない。
誰かは時間の無駄、意味のないことだって笑うかもしれない。

だけど、この世界で誰も読めない文字だから。
だからこそ、凄いじゃないか。





「だってコレ、僕が覚えたら、この世界でこの文字が読めるのはナマエさんと僕だけですよ?」

「あたしと、ホープだけ?」

「はい!それってなんだか凄くありませんか?」





口に人さし指を立て、僕は笑う。

そうだ。そう考えればいいんだ。
この世界で僕とナマエさんだけ。

そうすれば寂しさだって、一気に掛けがえのないモノに姿を変える。





「確かに、凄い…かも」

「でしょ?」





どうやらナマエさんも納得してくれたようだ。
彼女は僕を見て、ふっと目を細めて微笑んだ。





「あはは、なんか暗号みたい?内緒話とかする?」

「まあ、誰に何を秘密にするんだって話なんですけどね」

「ふぁるしのばーか!…とか?」

「ただの悪口…」





正直かなり短絡的。
ファルシの馬鹿って…。

しかもナマエさんはサラサラとペンを滑らせ始める。
本当に書いてるみたいだ。

…読めないから多分だけど。

ペンが止まると、ナマエさんは「ふふっ」と僕に笑う。
その笑みを見て、ああ…やっぱり好きだなあ…とか、少し…思った。





「んー、じゃあまず名前からとか?ひらがな、カタカナ、漢字って、結構色々あるんだけど」

「嫌々覚えるんだったら難しいかもしれないけど、僕自身が覚えたくて覚えるわけだしたぶん苦はないですよ」

「そっか。じゃあやっぱ名前からいこっか?」

「はい!お願いします、先生」

「ふふふ。えーっと、じゃあホープ・エストハイムはね…」





さらっと書かれていく見慣れない文字。
だけど、それが凄く特別なものに感じる。

僕と、貴女だけ。

その不思議な感覚に、心があたたかくなった。



END


cherish初番外編です。
時期はグラン=パルスで、もうなんとなくそうお互いに悪く思ってないのわかってる辺り。

本当は、文字じゃなくて鼻歌とかにしようとしたんですが…文字のほうがわかりやすいかな、と。
グラン=パルス編始まったあたりで「歌っても迷惑掛からなそう」的な台詞を入れたのですが、それはその名残だったり。なんか中途半端にぶっこんでスミマセン。(笑)

でも、歌バージョンも書けるかなー?

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