晴れたノエルの夢の世界。
セラ、ノエル、モーグリ、そしてあたし。
再び全員が揃う事の出来た今この時、モーグリはライトから預かった大切な話をあたしたちに聞かせてくれた。
「クポ!カイアスのお話クポ。もともと誓約者というのは時詠みの護衛を使命とするルシのことクポ」
それは、カイアスのお話。
ノエルの夢の中で聞いた、誓約者というカイアスの肩書きの正体も明らかになる。
そしてやはりここにも…ルシや、女神エトロの存在が必須のようだった。
「ルシ…ファルシのしもべか。じゃあカイアスもルシなのか?」
「今は違うクポ。女神様に救われて、カイアスはルシでは無くなったクポ」
「女神の救いでルシじゃなくなった…。私やナマエ、お姉ちゃんと同じなんだ」
「うん。あたしたちがクリスタルから目覚めてルシじゃなくなったのは、女神エトロの救いだってユールが言ってたね」
カイアスはもともと時詠みを守る使命を与えられたルシだった。
そして…オーファンを倒したあの日、クリスタルとなったあたしたちを目覚めさせ、ルシの呪縛から解放してくれたのは女神様の恵み。
それと同じように、カイアスもまた女神によりルシの呪縛から解放されていたという。
だけどカイアスはあたしたちとはまた別に、女神から違う力を授けられているらしい。
「カイアスはその時、死ねない身体になったクポ。何百年もの間、時詠みを守る不死身の誓約者クポ」
ルシじゃなくなった瞬間、それと同時に死ねない身体になったというカイアス。
あたしはそれを聞いてなんとなく、モヤッと言う引っ掛かりを抱いた。
なんだか、今まで感じてた疑問がひとつ…解けそうな感覚だ。
あたしは顎に手を当て、うーんと唸りながら呟いた。
「カイアスは死ねない?ってことは…不死身って、もしかして色んな時代でカイアスと会ったのは…ずっと生きてるから!?」
「クポ!ナマエ、正解クポ」
気が付いて、はっと手を叩くとモーグリはコクコクと頷いてくれた。
カイアスは不死身。
彼が死なないと言うのなら、今まで色んな時代にカイアスが存在し、まみえた事に説明が付く。
カイアスはあたしたちの様に時を超えていたわけでは無い。
ユールのように、何度も転生していたわけでも無い。
カイアスはカイアス。どの時代でも同じ個体。
彼は死ぬことなく、何百年もの時間を生き続けたのだ。
「そうか。あいつは巫女から聞いて、ずっと先の未来を知ってた。その記憶と不死身の身体を利用すれば、それぞれの時代で時を歪めることが出来る」
「クポ!」
ノエルが考えながら、あたしの言葉を補足した。
カイアスは各時代のユールに聞き、未来の形を知っていた。
ただし、あたしたちのように時を飛び越えて何かをするわけじゃない。
彼は、決して時間を移動しているわけではないのだ。
モグはそれにも頷き、そしてセラは驚いた声を上げた。
「じゃあ、何百年もかけて…!?」
あたしたちはヒストリアクロスを通るから、飛び越えたその瞬間瞬間にパラドクスを解いていく。
いわば、一瞬のようなものだ。
だけど、カイアスは長い時間を掛け…少しずつ、少しずつ歴史のほころびを作っていった。
何百年もの時を使い、ほんの少しずつ…。
想像するだけで、気の遠くなうるような話。
だけど、カイアスはそれを続け…この歪みを造り上げた。
「ああ…全部あいつが仕組んだことだったんだ」
今になって、やっとすべての事に納得がいったノエルは少し悔しそうだった。
まあ、それも無理の無い事か。
ずっとずっと一緒に暮らしてたのに、仲間だったのに。
ノエルの夢の様子から察するに、きっと憧れる気持ちだって少なからずあっただろう。
そんなノエルの横顔を見つめた…その時だった。
「あ…れ…?」
あたしは耳に、何かの声のようなものが聞こえたのを聞いた気がした。
どうかしたのかと自分に集まる皆の視線を使い、あたしは人差し指を唇に立てて少し静かにしてほしいと合図する。
するとセラとノエルも同じように耳を澄ませ始めた。
しん…とした辺りに響く声のようなもの。
それはやっぱり気のせいじゃなくて、ふたりの表情が変わったことからも間違いじゃないと確信を持てた。
「歌…?ううん、誰かの声…?」
「待てよ、聞き覚えがあるぞ」
耳に手を当てたセラと、その声らしきものに覚えのあるらしいノエル。
ノエルはその正体を思い出そうと、目を閉じて耳だけに神経を集中させる。
しばらくすると、彼はハッと目を見開いた。
「郷の奴らの声だ!」
聞こえてきた声は、ノエルの村の人たち…時詠みの一族の人々の声だと言う。
聞こえるのは、目の前にある像からだろうか。
あたしたちは自然とその大きな白い像を見上げてみる。
滅んだ世界の中で…次々に亡くなっていった、ノエルの仲間たち。
彼らは、静かな声でノエルに問いかけてきた。
《ノエルよ、カイアスと戦うつもりか?奴は女神の心臓を宿す戦士。カイアスを殺すことは、神に背くこと。お前の力なら、不死身の心臓を止め、奴を永遠の呪いから解放できるかもしれん。だが、覚悟と力が足りねば、逆に混沌の心臓に呪われよう。ノエルよ、カイアスを殺し、罪を背負う覚悟はあるか?》
女神の心臓を持つカイアス。
そんな彼を倒すのは、神意に背く…ってか。
それにしても…また、殺す…か。
どうも穏やかじゃない言葉が続いて、ちょっと息苦しくなる。
なによりノエルは、死と言う意味を誰よりも知っている人だと思う。
あたしとセラはノエルを黙って見つめていた。
ノエルは静かに胸に手を当て、郷の人たちの問いに自分の答えを伝えた。
「覚悟はある」
そう答えたノエルは、どんな想いだっただろう。
そして…郷の人たちは、どう感じただろう。
声は、消えた。
その代わりに、辺りには不思議な音が響き渡った。
鐘の音のような…綺麗な音。
それは、彼らの望む応えであったという…そんな響きにも聞こえた。
「厳しい事、聞かれたね」
一息置いて、セラがノエルを気遣うように声を掛けた。
確かに厳しい問いかけだった。
だからこそあたしやセラはノエルの答えを待つことしか出来なかったのだし。
ノエルは小さく笑った。
「俺を試したんだ。半端な覚悟じゃ、カイアスは殺せないから」
半端な覚悟じゃ殺せない。
実際のところ…それは、その通りなのだろう。
迷いがあっては、カイアスを倒すことは叶わない。
真っ直ぐに貫かなければ…絶対に。
「まあ…確かにあの人って迷ったりしたら、その隙を確実についてきそうだよね」
「そういうこと」
はは…と苦笑いしながら零せば、ノエルもその通りと言うように指を立てて頷いた。
「ノエルがやらなきゃいけないの?」
そして、セラはまた心配そうにノエルに尋ねた。
さっきの声は、ノエルならカイアスを永遠の呪いから解放出来るかもしれないと言っていた。
それはただ単純に、良く知るノエルに期待を掛けているのか。
それとも本当に、ノエルにしか出来ないと言う事なのか。
「あいつはカオスの力に守られてる。力を奪うには、同じ守護者の俺が倒すしかない。とすれば…」
「カイアスを殺せるのは、ノエルだけ?」
「そういうこと。肚、決めるしかないんだ」
肚を決める。
彼はそう覚悟するように言った。
ふたりの話を聞いていて、あたしは色々考えてた。
だってやっぱり…色々と思う事はあった。
ノエルがやらなきゃいけない、か。
他の誰でもない。
代わりなんて出来ない。
ノエルにしか、出来ない…。
世界で、自分にしか出来ないって…どういう感覚なのだろう。
あたしも、女神が選んだ器…とか言われたりしたけど、結局のところそれってよくわかってないし。
よくわからなければ、実感とかも何もない。
だけどノエルは自分が守護者だという気持ちは常に持ち続けていたはずだ。
ずっと、カイアスと共にユールを守りたいと願っていたのだから。
「カイアス…決着をつけてやる」
ノエルは重々しく、そして決意をにじませそう言った。
あたしはそんな彼の肩を、ぽんと叩いた。
「ナマエ?」
「肚決めるのは結構。でも、ノエルにしかカイアスを倒せないとしても…支えるくらいはきっと出来る。だから手伝うよ。ちっぽけかもしれないけど、あたしに出来うる限りね」
今更のこと。
共に戦っていくって、そんなのわかりきっている。
だけど、言葉にするって言うのは、きっと大事なことだ。
それが一番、ちゃんと伝えるって事だから。
「…ありがとな」
ノエルは少し、照れたように笑っていた。
セラも、自分もだよと言うかのように、微笑んで頷いていた。
こうして、あたしたちは時空の歪みの前に並んだ。
光あふれるその裂け目は、終わらぬ夢の出口。
「夢の終わりか」
ノエルは腕を組み、感慨深そうに呟いた。
その声を聞き、あたしとセラは顔を合わせる。
そして一緒に首を横に振った。
「未来の始まりだよ」
「そ。それはそれは明るい未来のね」
あたしたちはその中に足を踏み込んだ。
ねえ、ホープ。
アカデミアで、決戦を覚悟して君と別れて…ちょっと、長めの寄り道をしちゃったよ。
…この夢に入る前、あたしは…アリサの声を聞いた気がした。
ごめんなさい…って。
あの声の意味するものがなんなのか…それはよくわからない。
だけどこの寄り道は、無駄じゃない。
決して無駄になんかしない。
それぞれの夢を歩いて、あたしたちは様々な真実を手に入れた。
それらを手に、旅は再開され、また皆で一緒に時の道を歩き出す。
カイアスによって閉じ込められた夢の世界から脱出し、また新たな時代へ。
To be continued
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