変わったもの変わらないもの


「ふあ…」





欠伸。真昼にも関わらず、ふわりと出たそれ。
でも特別に眠たいというわけでもない。

じゃあそれは、緊張を忘れ…訪れた穏やかな日々のしるしなのだろうか。

エデンが崩壊し、新しくコクーンの中枢都市として機能し始めたパルムポルムに風が吹く。





「寝不足ですか?」





その風に柔らかな髪を揺らし、緑の瞳を細めて隣で微笑む男の子。
彼を見上げ、あたしもまた微笑んだ。





「ううん。そーゆーわけじゃなくて、今日は程よく暖かくて気持ちいいなあって」

「ああ、確かにそうですね」





ホープ・エストハイム。
それが、彼の名前。

3年前…あたしは突然、この世界に迷い込んだ。
あたしの世界ではゲームであったはずの、この世界に。

そしてあたしは彼と、仲間たちと共に旅をして…運命と戦った。
この世界の何もかもを引っくり返すような、とても大きな運命と。





「んー。ちょっと買いすぎたかな。やっぱ少し持つ?」

「全然平気ですよ。あの頃と一緒にしないでくださいって」





街の中、買い物した荷物を全て抱えてくれているホープ。

彼の言うあの頃とは、3年前の…その戦いの時のこと。

出会った頃の彼は、まだまだ幼さを残し、甘えのある少年だった。
…って、まあその辺はあんまりあたしも人のこと言えないんだけど…。

でも彼はその旅の中で大きく成長し、そして…この3年で、更に逞しくなった。
傍で見てきたから、変化の違いに気付きにくいはずなんだけど…だけどそれでも成長したと感じられるほどに。

あの時、下にあった視線も…もう見上げるまでになった。

そう…あたしはあれからの彼の成長を、すぐ近くで見ていたのだ。





「なに、食べる?今日はバルトロメイさん、遅くなるって話だったよね。だからまあ…簡単に温めればいいものを別に作るとして」

「うーん…そうだなあ、」

「何でもいいは結構困るよ」

「はは、わかってますよ」





献立の会話…。
それが、当たり前となった日常…。

元の世界に帰る方法のわからないあたしは…あれから、エストハイム邸にお世話になっていた。








『…は?ホープ、もっかい言ってくれる?』

『だから、ナマエさん、僕のうちに来ませんか?』





最初、あの日の後…ホープからそんな提案をされた時には、自分の耳を何度も疑い、これでもかと言うくらいに聞き返した。





『…ごめん、もっかい』

『…何回言わせる気ですか。聞こえてるでしょ?』

『いやだっておかしいでしょ!なにその提案!どっから出てきたの』

『父さんには許可取りましたよ。ナマエさんの事は大まかに説明しましたし。大丈夫ですって。部屋もありますから』

『…絶対そういう問題じゃない』





元の世界に帰れないあたしは、今後この世界での身の振り方を本格的に考えなくてはならなかった。
皆は気のいい人たちだから、あたしの未来を真剣に考えてくれた。

その中で、あたしがいいなと思った話が、スノウの提案だった。

スノウはボーダムに住んでいた。
だけどボーダムはコクーンのあの落下の影響が酷く、とても人が住めるような状態じゃなくなってしまったらしい。

だからスノウを中心としたノラのメンバーは、グラン=パルスに新しい街を作ろうと計画し、それにあたしを誘ってくれた。

ノラの人たちは悪い人じゃないし、こう…人々が寄り添って出来ている集団だから、あたし的にも気兼ねなくいけそうかな…なんて思ったんだけど。

そこに来ての、ホープのこの提案だった。





『いや…絶対無いと思うの。だいたい、お父さんに許可取ったって言ってもさ、やっぱそれは無いよ。ホープだってさ、サッズのとこにお世話になるってなったら気が引けるでしょ』

『それはそうですけど、でも僕とドッジくんは違いますよ?』

『そうだけどさあ…』





渋って当然だ。
だって、ホープの家の事情はそこそこ知ってるつもりだった。

ホープとお父さんは、長い間わだかまりがあった。
でも、今回の一件でそれが解けた。

お母さんを失い、そうしてはじまる父と息子の生活…。

そこになんで部外者が入ってくんだって話でしょ。





『…ナマエさん、僕…約束しましたよね。傍にいますって』

『…したけど、でも、それを気にしてるんなら…別に』

『気にしてるとかじゃないです!…本当に、そんな綺麗な感情じゃないんですよ、きっと…。』

『え…?』

『…忘れました?僕が傍にいたいんだ…って』

『…ホープ』

『…我が儘、言ってるだけかもしれないですね』





小さな体で、懸命にあたしの手を握るホープ。

彼は言ってくれた。
あたしの傍にいて、手を放さないでいてくれると。

でも同時に…自分の非力さをよくわかっていた。





『ずっと…思ってました。もし、ルシじゃなくなる未来が来たとしても、まだ…僕の力じゃ、何にも出来ないだろうって。悔しいけど…僕は子供で、とってもちっぽけだから』

『……。』

『だから、父さんには…力になりたい人がいるって、そう伝えたんです。ナマエさんが遠慮するだろうなって事もわかってましたよ。でも…やっぱり、力になりたいって…思ったから』





正直、とても嬉しかった。
あたしの本心を言えば、あたしは…この子と離れたくないという気持ちを持っていたから。

恐らく、お父さんにも色々と自分の思いを話して、その上で了承を得たのだろう。

だけどやっぱり、どこか遠慮する気持ちもあった。

だからあたしが折れたのには、もうひとつ…理由があってのことだった。





『お嬢ちゃん、コクーンの人間じゃないんだってな。いや、それだけじゃない。パルスの人間でもないって話だってな』





そう言ったのは、騎兵隊のリグティさんだった。
前…レインズさんが右腕と期待し、あたしたちがパラメキアに潜入するときに力を貸してくれた人。

以前、パルムポルムで保護して貰ったときにファングあたりから聞いたのか…はたまた、コクーンのルシだったレインズさんを通し、バルトアンデルスの話を聞いたのか…その辺はハッキリしなかったけど、彼はあたしの正体を知っていた。





『…それ、信じるんですか?』

『ははっ、まあ、そうなのかってすぐ納得出来るような話じゃないよな。だから少し調べさせて貰ったのさ』

『調べた?』

『あんたが本当にコクーンの市民でないのかっていう証。コクーンの市民なら絶対に持っているであろうもの…。まあ簡単に言えば戸籍とかだな。他にも色々…そのどれにも、あんたという人物は引っかからなかった』

『……。』





確かに、コクーンほど発達した世界であれば…市民の情報は聖府が管理しているだろう。

あたしは本当にこの世界の人間じゃないから、当然記録などあるわけがない。
ファング達と同じようにパルスの出身だと考えられなくも無いけど、まあ、違和感としては十分なのだろう。

リグティさんはニッと笑った。





『俺たち騎兵隊の目的は知ってるだろ?だからもしそれが本当なら、放って置くには実に惜しい話だと思ったわけだ』





騎兵隊の目的は、ファルシに支配されない…人の世界を築く事。
だから多分まあ…放って置くには惜しいって言うのは、その辺の事を言ってるんだろう。

…あたしは腹の探りあいとか、得意じゃないからよくわかんないけど。





『うーん…正直、別にそんな大層なものでもないと思いますよ?』

『いやいや、ご謙遜を。と言っても…まあ、あんたが自分をどう評価してるのかわからないが、俺にとっては十分大層なものなんだな、これが』

『…えっと、ごめんなさい。仮にそうだとして、リグティさんがあたしに何を求めてるのか…よくわからないんですけど』

『よし、じゃあ本題にいこう』





リグティさんはそういって指を鳴らした。





『こちらの要求はひとつ、あんたの世界の話を、何でもいいから聞かせて欲しい。流通、政治…まあ、そういう世界を回しているものの話だな』

『え…!あたしそんなの全然詳しくないですよ!?成績とかも…普通も良いとこだし』

『はは!まあ、それでも多少はわかるだろ?それと、あとはモノの感じ方とか…コクーン市民じゃ到底気付けない、そういうモノの見方もあんたなら出来るだろうからな』

『…そう、でしょうかね…』

『それに、勿論タダと言うわけじゃない。その代わりに、こちらからはあんたの身分を保証する』

『…え?』

『元の世界だなんだって考えもあるのかも知れないが、帰れないから旅をしてたんだろ?でも旅は終わった。これからは、この世界で生きる事も視野に入れなきゃならない。そうしたとき、身分が無いのはキツイぜ?』

『…つまり、戸籍とか…ということですか?』

『ご名答。なに、今は色々とごたついてる。その辺に関しては、今が狙い時なのさ』





正直、悪い話ではなかった。
というか…向き合わなければならない問題ではあった。

もし、この世界で生きる道を視野に入れるのならば。

そして、その話を飲むのなら…エデンの変わりに商業都市から首都へと成り代わるパルムポルムにいた方が事が運びやすい。

それならば…じゃあ、その辺りの事情が落ち着くまではエストハイム邸にお世話になろうか。

そうして過ごして、そのまま時は過ぎ…。
いつのまにか経った3年間が、現在だった。





「ナマエさん?」

「ん?なに?」

「いえ、なんかボーっとしてるなって。何か考え事ですか?」





当時より、少し声も変わったのかな。
そんな声に我を気付かされる。

あたしは小さく笑い、首を振った。





「んー…まあ、ちょっと、あの日からのこと…少し思い出してた」

「あの日、ですか…」





そう言うと、少しホープの表情が変わった。

あの日…。
オーファンを倒して、コクーンが壊れて…。

大切な仲間を3人…失ったあの日。





「…ナマエさんは、ライトさんが生きて戻ってきたの…覚えてるんですよね?」

「…うん。覚えてる」





あの日、クリスタルとなってコクーンを支えたファングとヴァニラ。
ふたりを救う奇跡をいつか起こせると信じ、コクーンを見上げたのは…残りの全員。

…だったはずだった。





「あたしは…覚えてるよ。だって、あたしたちがクリスタルになる直前、あたしはホープと…それにライトの手を掴んだから。それで、クリスタルから目覚めて、セラとドッジくんを迎えた」

「……確かに、それでしっくり来る部分も多いんですよね」

「しっくり来るっていうか、それしかしっくり来ないんだけどね。あたしや、セラはさ…」





3年前のあの時、ライトは確かに帰ってきた。
あたしたちと一緒に、あの場に立っていたはずだった。

…なのに気がついたらいつの間にか、ライトだけ…その場にいなかった事になっていた。





『あの…これ、柱の下で、見つけました…』





あの日…ホープはセラに、そう言ってナイフを手渡した。

あの、セラがライトの誕生日に渡したと言う…お守りのナイフ。

それを受け取ったセラは、スノウに目を向けた。
スノウはその視線から、少し…目を背けた。





『義姉さんは…あの柱の中だ。クリスタルになって、コクーンを支えてる』





辛そうにコクーンを見つめ、そうセラに説明したスノウ。

でもその時セラは、信じなかった。
信じないで、スノウに詰め寄った。





『スノウ、どうしたの!?お姉ちゃんはここにいたじゃない!会って…話して…結婚を許してもらって…』





セラの語った、その記憶。
でもその場にいたスノウ、ホープ、サッズは…その言葉に違和感を感じていた。

ただひとり、あたしだけを除いて。





『…ライトは、おめでとうって…微笑んだ。スノウは、結婚を許してくれ、絶対幸せにするって言って…。ホープとサッズは、気が早いな、結婚は勢いってかって…そう、笑ってた』





あたしが呟くと、皆の視線が集まった。
そして取り分け…その視線を強く感じたのは、涙をいっぱいに目に溜めた…セラの瞳だった。





『…貴女は、覚えてるの?』





尋ねられる。
あたしはゆっくりと泣き崩れてしまっていたセラに歩み寄り、彼女の肩に触れて頷いた。





『覚えてるよ』





あたしとセラ。
ふたりの記憶を残し、他の皆の記憶から…世界から、ライトは無いものとされてしまった。







「ホープはさ、今も記憶、あたしたちと違うの?」

「…残念ながら」

「じゃあ、やっぱ信じられない?」

「いえ、確かに…僕の記憶では、そうなんですけど…でも僕は、ナマエさんがそんな嘘つかない事を知ってますから。だから、信じてます」

「…さらっと言われると、なんか凄く照れるけど」

「ふふ、じゃあもっと言いましょうか?」

「いやいや、十分です!」





なんか、クスクス笑われた。
…こいつめ、なんか楽しんでるな。

最近、なんか上手でたまに軽く遊ばれる。
まったくもう…。

むーっとすれば、更に笑うから、とことん思う壺なんだけど…。






「あはは!でも、僕達のほうが…きっと変ですよね。だって、ルシじゃなくなった僕達は今も…魔法を使う事が出来る。いや、僕達だけじゃなくて…色んな人たちが。なのに誰も、そこまで驚く事は無かった。ルシになった時はあんなに驚いたのに。その違和感に気がついたのも、ナマエさんとセラさんだけですからね」

「だって、それはそうでしょ。普通は驚くって」

「ですね。違和感が、沢山ある。だからライトさんの事も…きっと、何かあるような気がします」





そう言ってくれたホープの顔は真剣だった。
だからきっと…本当に信じてくれてるって、ちゃんとわかった。

…そんな、真面目な話をしていた時…だった。





「あ!」

「?、どうしました?」

「ごめん!買い忘れ!」





ハッと気がついたのは、急ぎで必要なものの買い忘れだった。

…なんか色々ぶち壊した感が凄い。
それに…純粋に買い忘れという事実に気が重くなった。





「うーん…急いで買ってくるか。ホープ、先に帰ってて」

「僕も行きますよ?」

「いいよ。荷物あるし、野菜とか冷蔵庫入れておいて」

「そうですか?じゃあ、気をつけて」






駆け出したあたしに、ホープが手を振る。

そこにはキラッ…と、ひとつの輝きが見えた。
それは、左手の薬指…。

シンプルだけど、鮮やかな石が埋め込まれてる…綺麗な指輪。





「うん!行ってくる!」





あたしも振り返せば、同じように左手に指輪が光った。

あれから3年…。

まだ、なのか、もう、なのか…。
そのあたりは正直難しいところだけど。

でもその時間の中で、確かに変わったものもあった。

そして…この何気ないやりとりが、また新たな運命の分岐点だった事など…知るよしも無く。



To be continued

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