未来の世界に行く。
彼は今、そう言った。
AF400年の…未来?
正直、意味が…よくわからなかった。
だってそこは、この時代に生きている人はまず…見ることなど叶わない未来。
そして、あたしたちのようにという意味を考えても…ホープはゲートをくぐれないはずだから。
「えっと、ごめん…。未来って…どういうこと?」
「…アカデミーの研究で、タイムカプセルという機械があるんです。それは強力な磁場を発生させて、中にいる物質の時間を遅くさせることが出来るんですが…簡単に言えば、眠っている間に未来にいける機械です。デミ・ファルシの計画を中止した今、僕たちは古いコクーンの再建を諦め、人工コクーンの建設をすることに決めたんです」
「人工コクーン?」
「はい。でも…問題はどう空に浮かばせるかで…。その方法が、AF400年に現れるアークにあるようなんです」
「アークって、パルスのファルシが兵器を納めたって…アレ?」
「そうです」
コクーンはヴァニラとファングが守ってくれた世界だ。
そんな世界だからこそ、なんとか再建できないかと試みたものの、あれはファルシがいないと維持できない設計なのだという。
だからホープは人工コクーンを作ることにした。
コクーンの計画は、どう足掻いてもこの時代に終わることは不可能だ。
その実現の為…ヴァニラやファングを救うため…。
ホープは未来で…その実現を目指したいのだという。
だけどそこにあるリスクは、あまりに大きい気がする。
「ねえ、でもそれって過去に帰れないよね?」
「ええ…そうなりますね。時間を移動する機械では無いので、過去には帰れません」
「この時代に二度と戻ってこられないんだよ?…バルトロメイさんとか、なんて?」
「…父さんは、大丈夫なんですよ」
「え、許可してくれてるの?」
「…いえ」
ホープのお父さん、バルトロメイさん。
居候させてもらって…あたしも、随分お世話になってる。
バルトロメイさんの事を聞けば、ホープは小さく首を横に振った。
そして、少し悲しそうな目で…教えてくれた。
「…父さんは、もう…亡くなりましたから」
「え…」
ホープのその小さな声に、一瞬頭が真っ白になった。
…バルトロメイさんが…もう、亡くなった?
嘘、と…言いかけた。
でも…飲み込んだ。
だってホープが、そんな嘘をつくわけがなかった。
…嘘を言ってる…目でもなかった。
「…ホープ」
「だからもう、僕には残すものはない。ただひとつ…貴女の存在を除いて」
「…え」
じっと、見据えられた。
バルトロメイさんが亡くなった今…ホープにとっての心残り…。
それが…あたし…?
「だから…ナマエさん…。もし、僕が…一緒に時を超えて欲しいと言ったら…貴女はどうしますか…?」
「…時を、一緒に…?」
「突拍子無いのは…わかってるんですが…。教えて欲しいんです。貴女にとって…僕は、どんな存在なのか」
「…どんな、って…」
言葉に詰まった。
いや、なんでそんなことを聞かれているか…。
なんて答えればいいのか…。
あたしにとって、ホープがどんな存在か…?
「あの…ホープ、」
「…ごめんなさい、突然。でもね…本当はずっと、考えてたんです」
「え…?」
「だって…ナマエさんには、元の世界が…あるでしょう?帰りたいって…思ったりしませんか?」
「………。」
元の世界…。
それは、生まれてからずっと生きてきた世界。
親がいる。友達がいる。
ファルシもルシも無い、平穏な日々がずっと続いていた…あたしの日常。
帰る方法…手がかり、ずっと探してた。
前にホープとアリサが時間の流れが違うことを教えてくれた時も、心の奥で…ドキリとした。
「…一遍に色んな事…ごめんなさい。でも…ずっと気になって、貴女に触れる度…ずっと、怯えてた」
「………。」
「だから、ナマエさんが旅を決めた時だって…どうしても、貴女に待ってるって言えなかった」
「え?」
「元の世界に帰りたいって思ってたら…ナマエさんにとって、帰る場所はそっちで…。だからせめて…こちらも帰ってきて良い場所なんですよ…なんて、逃げて」
「あ…」
そう言われ、あの時くれた言葉を思い出した。
ふたつの歴史のヤシャス山…。
すると、確かに…気づく。
《…旅が終わったとき、貴女にはちゃんと…無事を願い、帰ってこられる場所がある事を…覚えておいてください》
《…貴女にはちゃんと…無事を願い、帰ってこられる場所がありますから…》
日蝕の歴史も、正せた歴史も…。
確かにホープは、そう言っていた。
全然…考えてなかったけど、言われてみれば…控え目な言葉なのかもしれない。
「ナマエさんの世界のこと調べるのも…知れば知るたび、どうしたらいいのか…悩んで…。だけど、僕の中にも知りたい気持ちはあって…。…ジレンマってやつ…ですね」
「………。」
「…本当に、ごめんなさい…。いきなりこんなこと言われてもって感じですよね…。でも、貴女が望むようにしてあげたいとも思うんです。だから…ナマエさんが元の世界に帰りたいと望むなら…僕は、懸命に貴女の世界について調べます。ほら、未来なら色々と研究も進んでるでしょうし。それで、」
「ホープ」
あたしは、彼の言葉を遮った。
ホープはビクッと言葉を止める。
…そんな、怯えるみたいに…。
あたしはふっと息をつき、そして…自分の素直な気持ちを、ちゃんと答えようと思った。
「ホープ。元の世界のこと、確かにあたし…ずっと気にしてる。正直、気になる気持ちが無くなる日は来ないと思う」
「……はい」
そう、それはきっと…永遠に来ない。
ずっと…頭や心の片隅に、その記憶や思い出は残り続けるだろう。
だけど…。
「でも…帰りたいのかって言われると、多分…そうでもない気がするんだ」
「え…?」
「あー、いや勿論、可能性があったりしたら聞きたいとかは思うんだけど…でも、自由に行き来出来るとかじゃない限り、試したいとは思わない」
「……。」
「…ごめんね、ホープ」
「…どうして、謝るんですか…?」
今まで、あまり口にしなかった。
あたしもホープも…あまり、この話題を口にする事は無かった。
多分、どちらとも避けていた。
突然消えないという保証もない。
同時に、帰れるという保証も。
リグティさんに協力してもらって、この世界の住人であるという証を作ったりしても…結局、どうなるかわからなかったから。
…あたしも、気にしない日が来ないことを知っていた。
自分がどうしたいのか、わからなかったから…口にすることを避けてる部分があった。
…いつか向き合わなければならないと知りつつ、あえて触れるようなことをしなかった。
「あたしがはっきりしないから、悩ませちゃったと思って」
「そんな…っ」
「だって、曖昧な状態に甘えてたのは事実だもん。答えはそのうち出せばって…どっかでそんなこと考えてた」
「………。」
「でもね、今はもう、なんとなく気持ち…はっきりしてるから。だから、ちゃんと答えるよ。ホープ、聞いて欲しい」
…そう。多分、もう…本当はとっくに答えは出ていたんだろう。
面と向かって、向き合う勇気がなかっただけ。
ホープが気持ちを伝えてくれた時には、もう…。
だって、あの時…すんなりホープの言葉を受け入れてた。
なにより嬉しいという気持ちが、一番に来ていた。
それを…この旅を始めてから、色々と気が付いた。
まず、アリサに元の世界に帰れるかもしれないと言われた時…そんなに食いついていない自分に気が付いた。
興味はあるけど…、結構あっさりしてた気がする。
そして…アガスティアタワー。
そこであたしは…パラドクスとはいえ、ホープの死を見た…。
「凄く、怖かった」
「え…?」
「ホープが死ぬ瞬間、パラドクスとは言え…それを見たらさ、物凄く怖くなったの。ホープがいなくなる。会えなくなる。そんなこと考えたら、もう本当、頭真っ白になって」
恐くて怖くて…叫ばずにはいられなかった。
今まで生きてきて…こんなに怖いことがあっただろうかと、それくらい…自分の中で苦しくなった。
「…それに、とってもずるいんだよ。ホープを置いて旅に出て、もし他に好きな人が出来ちゃったらどうしようかな、手を放さなきゃかなって思いながら、結局そんなこと言えないの」
「え…」
「…離せないの。離したくないんだよ、あたし」
だからきっと…あたしは。
そう自分の気持ちを確かめて、きちっとあたしは顔を上げた。
「…好きだよ、ホープ」
「…っ、」
「だから…あたし、ホープについていく。ホープが時を超えるなら、あたしはそこに帰るよ。ホープのいる世界、時間、その場所に」
「ナマエさ…」
「ホープの傍が、あたしの一番居たい場所だから」
今まで、どうして言えなかったんだろう。
そう思えるくらい、凄くしっくり…心の声を口に出せた気がした。
「だから…傍に、置いてくれますか?」
するとその直後、あたしは体を強く引き寄せられた。
そして、ぎゅっと…あたたかく、優しいぬくもりに包まれる。
「…僕で、いいんですか?」
すぐ傍で、耳元に届く声。
確かめるように、問うてくる。
あたしは頷いて、応えるように彼の背に手を回した。
「ホープじゃなきゃ、嫌です」
「…ナマエさん…」
「あははっ、どーしよ。もう、ホープがいなきゃ、ダメみたい」
背に回した手で、きゅっとしがみつく。
胸に頬を押し当てて、その体温を目一杯に感じる。
まるで、ひとりじめでもするみたいに。
「ねえ、ホープ。ホープが気持ちを伝えてくれたのは…あたしに、此処にいてもいいよって言ってくれる為でしょ?」
「え…」
「だって、帰れる保証もないんだもん。だから、そう言ってくれた。本当はそうでしょ?違う?」
「……。」
「あれ、自惚れだった?」
エストハイム邸に居候させてもらって、しばらく経って落ち着いた頃。
頃合いを見て、ホープは、自分の気持ちを伝えてくれた。
旅をしてた時から、元の世界のことは気にしてた。
あの時は…ルシだった事、まだまだ幼すぎたっていうのもあったけど…元の世界っていう壁のことも、ちゃんと理解はしていた。
だから気持ちを曖昧にしたまま、そのまま一緒に歩いてた。
だけどじゃあ…どうして気持ちを伝えてくれたのか。
多少は旅をしてた頃より問題が片付いたっていうのも…勿論あっただろう。
でも彼はいつだって…あたしの気持ちを、考えてくれた。
だから…好意の中に、居場所をくれた。
ここにいてもいい。自分は傍にいるって…。
そう、教えてくれたんだ。
…と思ったんだけど、自惚れだったら凄い恥ずかしいね。
でも…多分、外れじゃないと思うんだよな…。
根拠は何だと言われれば、それは勘としか言えないんだけど。
「…ホープは、あたしなんかを…凄く大切にしてくれた。ああ、想ってくれてるんだな…って。それは伝わってたよ」
「……。」
「旅することを決めて、傍にいられなくなってからは…その次元にいない奴を想えなんて無茶苦茶だなって思ったし、あたしも…ホープがどんな時間を過ごしたか知らないから、不安になったりしたけど…。でも、一緒に過ごした時間の中では…ちゃんと、知ってた」
ゆっくりその時感じた気持ちを確かめて、思う。
やっぱり…間違いじゃない。
現にホープは、ゆっくりとその本音を話してくれた。
「ナマエさん…僕の家にいる事、遠慮してたでしょ?それに…元の世界にの手掛かりも、あの頃は何一つとして無かったし…。だから…僕の気持ちをナマエさんの安心に使えるならって…確かにそう思うところもありました」
「…うん」
「だけど…伝えてしばらくしてから、不安になりました。ナマエさんは…元の世界にかえりたいんじゃないか…。僕は、その邪魔をしてしまったんじゃないか、しているんじゃないか。実際には…頼りにされたいとか、貴女に触れたいって言う、下心もあったと思うし…。形があればより実感できるかもって…指輪まで渡してしまって…。この手は…放した方が貴女のためなんじゃないかって」
「…甘えちゃって、ごめんね」
「いいえ。…でも、ねえ…ナマエさん」
抱きしめられていた体が、すっと一度離れる。
そして、まっすぐも見つめられた。
緑の瞳に自分の姿が確かに映る。
そして彼は恐る恐る尋ねてきた。
「傍にいてほしいと…、僕は…貴女を引き留めてもいいんですか?」
…違う世界。ゲームの世界。
突然落ちた世界。
勘弁してよって思うことも…今までに何度も、たくさんあった。
でも…決してそれだけじゃない。
むしろ…あたしは出会い、知ってしまった。
こんなにも…大切に思う人。
…このぬくもりや想いは、決して…ゲームじゃない。
リアルな、確かな本物だもの。
あたしはコク、と頷いた。
「うん…引き留めてくれる?」
「……ナマエさん」
「大丈夫。ホープと一緒。この時代の、今までの全てを失っても…ホープがいれば、あたしは大丈夫だから。大好きだよ、ホープ」
「…っ、」
笑って伝えれば、ホープはなんだか泣きそうな顔をしてた。
そうして彼はあたしの手を掬い上げた。
それは、今まで何度も繋いできた…手のひら。
《あたしも放さないから、ホープも放さないで…くれる?》
《…はい》
はじまりは、出会ったあの日。
互いの頼りなさを補い、寄り添うために繋いだ手。
その手を今、また…互いに確かに握り合う。
「…ナマエさん…。僕は、もう…これから先、二度と貴女のこの手を放しません」
「…うん」
「…ナマエさんも、放さないでくれますか?」
あの時の言葉を織り交ぜて。
…あの時は、まだ…小さな手だった。
でも、もう…すっぽり包まれてしまうほどだ。
だけど、変わらないね。
「うん。放さないよ、絶対に!」
あたしは微笑んで、しっかりとそう伝えた。
安心する。
何より、ほっとする。
そのぬくもりは、変わらない。
「…もう、後悔しても遅いですよ?」
「しないよ。ふふ、大丈夫!そんなちゃっちい覚悟じゃないんだよ!」
「ナマエさん…」
繋いでいた手が、彼の両手に包まれる。
ぎゅっと握られて、見つめられる。
「ありがとう…。僕…、僕の一生をかけて、貴女のことを守ります。必ず」
そのホープの目は、凄く真剣だった。
まるで何か決意してるみたいに。
そんなまっすぐさに少し照れて、あたしは小さく笑った。
「あは…ありがと。でもさ、まるでプロポーズみたいだね」
「…そう受け取ってもらっても、構いませんよ?」
「へっ」
「だって…13年間、ずっと変わらないんです。いや…日に日に、募るばかりだから」
「…ホープ」
そんなにきっぱり言われるとも思わなくて、ちょっとビックリ。
だけど…すぐ、満たされる。
幸せだなって…そんな気持ちで溢れてく。
でもその時のホープの顔は、「うーん…」と何か引っ掛かりのあるような、そんな表情を浮かべてた。
そして…。
「いや…こういうことは、きちんと言うべきですね。ちゃんと、言います。言わせてください」
「え?」
包まれた手に、力がこもる。
ちょっときょとんとして、ホープの顔を見上げた。
すると…彼の優しい顔が目の前で笑った。
「…ナマエさん。全部終わったら…」
とくん、とくん、と…音が鳴る。
その音の中…優しい声で、彼は囁いた。
「僕と、結婚してください」
その言葉を聞いたとき、一瞬…時が止まったような感覚に陥った。
それは…ドラマや漫画で、よく聞くセリフ。
…本当に、プロポーズ…。
自分が言ってもらえる日が来るなんて…。
ホープに…自分が、心から大切に思う人に。
でも、手にあるぬくもりが夢じゃないことを教えてくれる。
「…よろしくお願いします」
あたしはぺこっと頭を下げて、そう言葉を返した。
ちょっと…いやかなり口元が緩んでる気がする。
だけどその時…、ホープも本当に嬉しそうに顔を緩めていた。
「…やったっ!」
…こんなに嬉しそうにしてくれるんだ。
それを見て、こっちも何だか嬉しくなる。
そして、ホープの手がそっと…あたしの頬に優しく触れた。
「…本当は、時代の違うまま…しない方がいいかな、と思ったんですけど」
「…あははっ、別にいいんじゃない?だって、ホープはホープだし。あたしもあたしだもん」
「ふっ…、そうですね」
もう、それなりの時間はこの人と共に過ごしたのだ。
彼が何を求めているか…すぐに察する。
ゆっくりと近づいてくるホープの顔。
あたしは逸らすことなく、彼を待つ。
ぎりぎりまで来て、その距離で…彼はそっと囁いた。
「…愛してます、ナマエさん」
その言葉を最後に、彼はゆっくり瞼を閉じていく。
あたしも、そっと閉じる。
澄まされた世界に、唇に触れたぬくもりだけを感じる。
それは…何よりも何よりも、愛おしくてたまらなかった。
「へへへ…」
「…どしたの?」
ゆっくりと唇を離し、目の前に見えた顔。
そのホープの顔は、頬を緩ませふにゃっと笑ってた。
あたしが尋ねると、彼は素直に白状した。
「…キス、久しぶりだなあ…って」
締まりのない顔。
そんな顔で、そんなことを言ってくる。
そのちょっと間の抜けた言葉に、あたしもふっと笑った。
「何言ってんの」
「ふふ、すみません」
何をこっぱずかしいことを。
軽く胸を叩いても、ホープの頬は緩んだまま。
でも…こんなに幸せそうにされるとなあ、って。
「ホープ」
「はい」
「…あたしも、愛してます…」
ちょっと、小さめの声。
愛してる…。
ちょっと、重たい言葉。
でも、それが今は…すとんと落ち着く。
「…っはい」
ホープはまた、嬉しそうに笑った。
その顔にこっちも幸せな気持ちになる。
あたしはこの時、この世界で生きていくことを…。
ホープ・エストハイムの手を…二度と放さないと、固く誓った。
To be continued
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