サンレス水郷から迷い込んだ時の狭間。
そこでの小休止を終え、一行は再び歴史の旅へと身を投じる。
そうして次に辿りついた場所を見上げ、あたしは目を見開いた。
「ここは…」
今まで歩いてきたところは、時代は違えど…以前の旅で訪れたところだったり、聞いたことのある地名だったり…なんとなく、そう言ったところが大半だった。
だけど今回辿りついたこの場所は、長い歳月のあとに築かれた…見知らぬ未来の都市。
「こんな街、どうやって造ったんだ?」
「長い時間をかけて、造ったんだろうね。たくさんの人たちが、力を合わせて何十年か…もしかしたら、何百年もかけて」
街を見て目を見開いたノエルの言葉にセラが答える。
それを聞いたノエルは再び都市をよく眺めた。
そこは…大きな大きな、今まで見たこともないくらい…凄く大きな都市だった。
「未来を夢見て、積み重ねたのか。なあ、セラ、ナマエ。未来を創るには、何かを変えるしかないって思ってた。でも、何かを続けることで実現するやり方もあるんだな。自分が生きてるうちに完成しなくても、次の時代の誰かが…理想を受け継いでくれると信じて希望を捨てなかった」
「ホープくんのやり方だね。ね、ナマエ」
「うん、そうだね」
セラに話を振られ、あたしはその景色を眺めながら頷いた。
新都アカデミア。
広く、大きな都市。
雨粒で少し滲むけれど、綺麗な夜景が輝いている。
ホープは、過去に後悔を抱いている。
お母さん…ノラさんのことや、消えてしまった仲間たちのこと。
悲劇の再来を科学の力で防ごうと、必死になって勉学に励んでいたあの背中をあたしは知っている。
夜食を作ってあげたり、ペンを持ったまま机に突っ伏して寝てしまって、タオルケットを掛けてあげたことも一度や二度じゃない。
そして…時を超えたあたしたちと話し、破滅の運命を変えようと決意を固めてくれた。
…この景色は、そんなホープの想いが形となれた光景なのだろうか。
「一緒に見たかった…」
その時、ノエルがそう小さく呟いた。
それを聞いたあたしやセラは顔を見合わせて彼に尋ねる。
「一緒にって?」
「ユールと?」
ノエルは頷く。
ユール…。
銀色の髪と、緑の瞳の小柄な少女。
ノエルにとって、共に過ごしたユールとはどんな存在だったんだろう?
「大事にしてるんだ」
「ノエルの特別なんだね」
「…なのに、守れなかった」
あたしたちの言葉を聞いたノエルの頬に、一滴…涙が伝った。
それは雨粒に紛れ、静かに消えていく。
掛ける言葉を探して、いや、そっとしておいてあげるべきかと言葉を飲み込む。
だけど…そんな時、穏やかだった夜の街に、突然の異変が起こった。
「え…!?」
突然に…どこからかカッと光が放たれた。
その光は人々に照射され、それを浴びた人々はみるみると姿を変えていく。
息つく間もなかった。
異形の姿…。
以前の旅で…嫌というほど見せつけられた、悲しい存在…。
「シ、骸…!?」
久しく口にしていなかった単語。
それは、ルシが絶望した先に待つ…成れの果て。
今、あたしたちの目の間で起きたこと。
街の人々が、一瞬にしてシ骸にへと変えられた…!?
「ノエル!ナマエ!」
「くっ…!この数じゃ…!」
「一旦退こう!あっち!」
わけがわからなかった。
でもその場に留まるのが危険であることくらいわかる。
あたしは逃れるための隙を探し、その方向を指差して走り出した。
そして走りながら、人々をシ骸へと変えた光が放たれた方を見る。
そこに見つけたのは…いつか見たような、記憶の中にあるひとつの存在によく似たもの。
「…ファルシ…?」
忘れない。忘れるはずもない。
そこにあったものは…あたしたちをルシに選んだパルスのファルシ…ファルシ=アニマにそっくりだった。
確かに…ルシを選ぶのはファルシだ。
だからシ骸を生んだのもファルシ…。辻褄は合う。
だけど…。
ファルシにシ骸…。
嫌な感じがする。不穏が心に渦巻いていた。
『コンデション・シグマ発令。アカデミア全域への脅威が発生しました』
逃げている途中、アカデミアの街中に響く様に音声が流れてくる。
それを聞いて、皆は難しい顔をしていた。
「脅威って…まさか俺たちのことか?」
「機械に敵だと思われたのかも」
「まずいな…。突破口を探さないと」
「…ただの機械、なのかな」
「…ナマエ?」
ノエルとセラが事態の改善を考える中、あたしは嫌な予感がずっと消えなかった。
そんなあたしの様子を見たセラが、顔を覗き込んで心配をくれる。
だけど、そう長く考え事をしている時間もなかった。
シ骸は待ってくれない。
どんどん迫って、あたしたちを追いかけてくる。
そして遂には、逃げた先からもゲートのようなものを通じて先回りされてしまう。
前と後ろ、完全に囲まれてしまった状態だ。
「ダメか」
「こっちも!やっぱり罠だよ!」
「こうなったら、戦うしかないね…」
気づけば、ぐるっとシ骸に取り囲まれた状態になっていた。
もう逃げ場はない。
あたしたちは背中を取られないように、3人で背中を合わせてシ骸に向かった。
シ骸…。
辛く、重く…苦しい、絶望に追われたルシの果て。
自分がルシだったことも重なって、やっぱり…シ骸を目の前にして良い思い出などひとつとしてなかった。
「降参だ。無駄な抵抗はやめるから、顔くらい見せてくれ」
一通りの片が付いたころ、ノエルが何かの気配を感じたようで、その相手に語りかけるように両手を上げた。
あたしとセラもそれに倣い、一緒に両手を上げる。
すると、背後から雨音に混じりひとつの足音が聞こえてきた。
「カイアス…」
現れたその人物。
振り返りその顔を見たノエルは彼の名を呟く。
そこに現れたのは、この旅を初めて幾度か対面をしているカイアスだった。
「降伏と見せかけて時間稼ぎか。安易な策だな」
「始末する価値もないだろ」
「否。君たちは敵。時の矛盾そのものだ。消えてもらわなければならない。200年前、君たちは封印された歴史を知り、あの塔で葬られた。だが再び、私の目の前に姿を現した。これがパラドクスでなくて何だというのだ?」
カイアスとノエルのやりとり。
200年間に、あたしたちが葬られた?
身に覚えのないことを言われて、思わず顔をしかめる。
「…意味不明だね」
「塔とか、封印された歴史とか、なんのこと?もしかして、これから起きる事なの?」
「ありうる。俺たちはこれから200年前に行って、カイアスに会うのかも。殺されるつもりは無いけどな」
簡単に話を整理して考えてみると、つまりあたしたちはこれから200年前のある塔に辿りつき、そこで葬られる。
このカイアスはそんな歴史を知っている、と言う事らしい。
…なんて物騒な。
「間違いなく同一個体。歪みが生んだ逆説か」
「あんたらしくないな。俺たちが邪魔なら、どうして自分で手を下さない?」
「犠牲が大きければ、罪の重さを実感できる。だから、あれの力を借りた」
そう言ってカイアスが示したのは、さっき気になったファルシだった。
犠牲が大きければ…。
そんな理由で街の人たちをシ骸にしたっていうのか。
あたしたちに罪の重さを感じさせるためだって?
まるで…以前の旅。
バルトアンデルスの所業を思い出す。
…吐き気がした。
「君たちの存在が時を歪め、犠牲を招く」
「どうしても、俺たちがパラドクスってことにしたいらしいな」
「そう。この惨劇を止めるには君たちが消える他ない」
ノエルの言葉にカイアスが念じれば、またシ骸が現れる。
逃げ場はない。選べるのは戦うという選択肢のみ。
あたしたちが戦いを選ぶと、カイアスは不敵な笑みを浮かべてその場から去って行った。
残ったのは、次から次へとやむことなく現れるシ骸たちだけ。
戦って、戦って、戦って…。
すると、そんな時…さらっと揺れる銀色の長い髪が見えた。
「っ!?ユール!?やめろ!」
真っ先に声を上げたのはノエルだった。
そう、現れたのはユールだった。
彼女はどうしてか、シ骸を向かいいれるようにゆっくりと近づいていく。
「危ないっ!!」
シ骸に見境はない。
そんなことしたら襲われてしまう。
そう思って声を上げれば、その瞬間、ユールにシ骸の翼が襲い掛かった。
「邪魔するな!!」
ユールに近づこうとするノエル。
立ちはだかるシ骸に、彼は声を荒げた。
ノエルは素早く剣を振り、シ骸を一掃する。
そして、いち早くユールの傍に駆け寄った。
「大丈夫か?」
翼に煽られ、座り込んでいたユールにそっと声を掛けるノエル。
彼はとても優しい顔をしていた。
手を取って立ち上がらせてくれた彼を、ユールは少し戸惑いながらも見つめていた。
…だけど、無情だ。
その瞬間…ユールの背中を、シ骸の触手が貫いた。
「あっ!」
「ユール!!」
その惨い光景に、あたしとセラも悲痛の声を上げる。
ユールの体は貫いた触手は、そのまま彼女の体を引き上げ、そして乱暴に地面にへと叩きつける。
…酷く、痛々しい光景…。
それを目の前にしたノエルは、呆然と立ち尽くしていた。
「ノエル!」
「ノエル、大丈夫!?」
叩きつけられたユールを前に、ノエルは何を思ったんだろう。
セラとあたしの声は、彼に聞こえたのだろうか。
それすらよく…わからない。
だけどその瞬間、彼は糸が切れたように絶叫し、目の前に降り立ったシ骸にへと突撃していった。
「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」
早くユールのもとへ。
彼の眼には今、そんな色しかなかった気がする。
ノエルの剣が、シ骸を貫く。
そして、走って行った。
守れなかったと涙を零した、彼女の名前を叫びながら。
「なんで…!」
ノエルは急いでぐったりする彼女の体を抱き起した。
確かに…どうして彼女は、自ら無防備にシ骸に向かっていたのだろう。
あたしとセラも彼女の傍に寄り顔を覗けば、彼女は掠れた声でその理由を話してくれた。
「死が、視えたの…。私が生きたら、時が矛盾する…」
「だからって…!」
ノエルが悲痛に首を振る。
すると、セラがガクッと膝をついた。
そのセラの声には、涙の音が滲んでいた。
「私たちのせいだ…。カイアスって人が…言った通りなんだ…っ、私たちがパラドクスを起こしたせいで…代わりにユールが…っ!」
「…カイアス…?」
セラの言葉を聞いたユールは、うっすらとその名を口にする。
そして、かすかに首を横に振った。
「彼は…ここにいない」
それを聞き、あたしたちは疑問を覚えた。
彼が…ここにいない?
そんなはずない…。
だって現に、あたしたちは彼に会った。
「この街に、いないって言うの…?」
セラが少し驚いたように尋ねる。
すると、ユールは何かを答えようとしてくれた。
だけど…その声は痛みによる呻きの中に消えてしまった。
「うっ…!!」
「あっ…駄目!無理しなくていいよ…!」
あんなに無防備に、強く傷つけられた体。
あたしは咄嗟に首を振って彼女の言葉を止める。
ノエルも、必死な顔で彼女の体を気遣った。
「ユール、しっかりしろ!」
「私は…貴方のユールじゃない…。でも…ありがとう…」
強く強く、自分を心配するノエル。
そんな彼にそっと微笑むと、彼女は…ふっと息を引き取った。
がくりと力が抜けた体に、さっ…と心に悲しみが募る。
目の前で…命がひとつ、消えてしまった…。
「…ありがとうなんて、言うなよ…」
ノエルは、ユールの体をきつく抱きしめた。
ユールは…自らの死を視ていた。
わかっていたのに、避けなかった。
己を守るために、時を変えてはならない。
それはよりたくさんの人に、より悪い運命をもたらす。
巫女には、そんな掟があると…そう後で、ノエルが教えてくれた。
ねえ…ホープ。
それって…なんて残酷な掟なんだろう。
誰かの犠牲の上にしか、幸せって成り立たないのかな。
《もう会えないのが運命でも…僕たちは、奇跡を起こせる》
旅の終わったあの日…。
あの時、ホープが言っていた言葉を思い出す。
そうだよね、と…。
犠牲が必然だなんて嘘だと。
そんな運命を変える奇跡だって起こせると…。
雨粒に打たれながら…あたしはホープの言葉を…心の中で繰り返していた。
To be continued
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