傍にいられる時間に


「すみません、わざわざ時間作ってもらって」

「いえいえ。ぜーんぜん。ていうかむしろ、こちらこそ」





遺跡の静かな場所。
ふたりで移動して、言葉を交わす。

ホープはずっと、どことなく申し訳なさそうな顔をしてた。





「でも、ナマエさんにとっては二度手間でしょ?」

「だから、同じでもいいんだって。あたし、ホープと話したいもん。って、あんまり何度も恥ずかしいこと言わせないでくれません?」

「…あはは、じゃあ、僕もナマエさんと話したいです。これでおあいこですね」

「…なーんか、甘ったるいなあ…」





呟いてしまうほど、思う。
本当…なんなんだってくらい甘ったるい。

じっと、顔を合わせて沈黙。
そのままふっと、糸が切れたみたいにふたりで笑った。





「あははっ、確かになんでしょうね、これ」

「あはっ、本当だよー。なんなのこれ!」

「ふふ、よし。じゃあ、時間も惜しいです。ちょっとでも沢山色んなこと話しましょうか」

「了解です!」





時間は惜しい。
でも、少しでも多くを望む。

そこからは、本当に出来るだけ色んな話をした。
歴史が変わる前に話したことも、そうじゃないことも。





「それにしても、あたしの時間の事とか調べてくれてたんだね」

「変わる前の歴史の僕は、その話しませんでしたか?」

「うん。してないね。パラドクス調べるので手一杯だったのかな」
 
「どうでしょう。もしくは、目ぼしい結果に辿りつかなかったか。多分、調べなかったっていうのは無いと思うんですよね」

「え、断言?」

「はい。歴史が違えど、僕のことですからね。それは絶対です」

「…ふーん」





なんか、凄くまっすぐ言ってくれるのだな…と。
自分に向けられた優しい笑みに、胸の奥がぎゅっとした。

ああ、自分はやっぱりこの人が好きだと思った。

ホープとの話は、再会をやり直したことのように前の世界と同じ内容のものもやっぱりあった。
でも、決してそれを時間の無駄だと思うことはない。

だって、だからこそ知れたこともあった。





「なーんか、いつの歴史でもホープはホープって感じ?」

「あはは、なんですか、それ。でもそうなると、僕は、どう歴史が動いてもナマエさんの味方という事ですね」

「…さらーっと言ってくれるね」

「ふふ、でも、パラドクスの時代の僕も、気持ちは変わってなかったんでしょう?」

「…うん、同じだった」





時代がどう動いて、変わろうとも…ホープは、あたしの事を考え、思ってくれていた。

身を案じ、再会を望み、意志を尊重してくれる。
こんなちっぽけな存在を、全力で信じていてくれる。





「さっきも言いましたけど、時を隔てても、目的は一緒だ。同じものを見て、目指している。それがわかっていれば、僕は…前を見て進んでいける気がします」

「…うん。ありがと、ホープ」





たとえ傍にいることが出来なかったとしても。

大好きな人と同じものを目指している。
それを信じて、わかっていられれば…きっと、心から進んでいくことが出来る。

だから、ホープとこうして言葉を交え、気持ちを確認できる事は、あたしにとってとても意味のあることだった。





「僕は、ナマエさんの選択の背を押します。貴女選んだ道を尊重したい」

「…うん。ホープがそう言ってくれたから、旅に出る決心が固まったんだ」






あたしは笑った。
その笑みを見て、ホープも頷いた。





「…はい」





だけど、その一瞬。
なぜかふと、あたしは小さな違和感を感じた。





「ホープ…?」





その違和感に、思わず彼に声を掛ける。
だけど、ホープは笑った。





「ん?なんですか?」





それを見て、わからなくなった。

あれ、あたしの気のせいだったかな?
そう思ってしまうくらいに。

だからあたしはすぐに首を横に振った。





「…ううん、なんでもないや。あ、そうだ。ちょっと絶対に聞いておきたいことがあるんだけど…」

「はい、なんですか?」

「あの…あたしはこの世界と違う時の流れを持ってるけど、それが少しずつこの世界に合ってきてるって言ってたよね?」

「はい」





ホープと話したいことは山ほどある。

だけど、残念ながら好きなだけ…とはいかない。
厳選して絶対に話しておかねばならないこともあるわけで。

あたしが今尋ねたのは、そうした聞いておきたい話だった。





「その流れが完全にこの世界と一致したら、あたしはライトのこと忘れちゃうんでしょ?それって…あとどれくらい猶予があるのかな」

「…ああ。それは、そんなに気にすることはないと思いますよ。少なくとも、そうすぐに訪れるようなものでは無いですから。正確な時間はわかりませんが、まだまだ先…、ナマエさんがこの世界で数年を過ごしたらっていう話ですから」

「え…っ、あ、そ、そうなの?」





数年先のこと…。

正直、この旅がどれくらいの時間を要するものなのか…それはわからない。

だけど、そうすぐにライトのことを忘れてしまうわけではない。
それは十分にあたしにとって安心の材料に変わった。





「そっか、よかった…。ちょっとホッとした」

「…忘れたくないですよね、やっぱり」

「うん。それに…セラのこともあるから。変な話さ、あたし…もしセラまでライトの事忘れちゃったらって思うと、不安になるんだ」

「つまり…ライトさんのことを覚えているのが自分だけになると言うことですか?」

「そう…。多分それって、セラも同じだと思うの。誰かひとりでもいるってさ、結構…違うものだと思うんだよね」

「…そうですね」





ホープはその話を真剣に聞いてくれた。
そして、よく考えてくれた。

ホープの記憶はあたしたちとは違うから、実感は沸き辛いだろうに。

それでも彼は、少しでも理解しようとしてくれる。





「…ナマエさんの時間については、もう少し調べてみようと思ってます。だから、情報がまとまる都度、機会さえあればお教えしていこうとは思ってます。…アリサも、あの通り凄く興味を抱いてるので。僕を置いてひとりで調べる勢いですから」

「ええ?アリサ、そんなに異世界に興味あるのかな?」

「…さあ。その辺のことは、なんとも言えず。僕もよくわからないんですよね」





アリサの事…。
初対面の印象からは、掴みどころのない…食えない感じの子だなあって印象が強かった。

あと、日蝕の時代でのホープへの絡みを見て…こう、なんとなく懐くのが上手いのかな、というか。
ちょっと言い方が悪いんだけど、媚びるのが上手な子…というか、世渡り上手な印象だ。

そして、それゆえに人を良く見ている。
自分が不利になる、ならないの計算をして、自分にとって益のある人物を見定める目を持っている感じ。

…て、その言い方をすると、あたしが大層なものに聞こえてくるけど。

でも、日蝕の時代はあまりあたしに関心がありそうな印象は受けなかったんだよな。
なのに、この時代ではそれが有り有りと伝わってくる。

日蝕とこの時代での大きな違いは…やっぱり、あたしのもとの世界の研究も捗ったってこと。

なんでアリサがあたしの世界の事知りたいのだろう。
単なる興味なのか、それとも…何か別の目的があるのか。

ホープにもわからないんだから、あたしが考えてわかるわけないだろうけど。





「…では、名残惜しいですが…そろそろ戻らなければならない時間ですね」

「うん、そーだね」

「さて…じゃあ、パラドクスの時代の僕もノエルくんにナマエさんのこと頼んだんですよね?だったらしつこいかもしれませんが、今の僕からもそのことはお願いしようと思ってます」

「ええっ…マジですか」

「マジですよ。だって、歴史が変わった今、ナマエさんたちが会った僕はパラドクスの歴史なので…つまり、無かったことになってしまった歴史…。その言葉も無かったことになっていそうで…。まあ、僕に記憶がないから、ちゃんと言いたいって気持ちが強いんでしょうけど。その辺りはしっかりとお願いしておきたいですからね」

「…そ、そうですか」





なんだか…かっちりしてるというか、なんというか。

ああ。またセラにからかわれそうだな…なんて、ちょっと思う。
おとなしい顔して、にこーっと楽しそうに笑ってくれるんだもんなあ、あの子。

だけど…。





「…ホープ」

「はい?」

「…あ、ありがと」





だけど、やっぱり嬉しい気持ちが強いのも事実で。
あたしはちょっと俯いて、視線を逸らしながら彼にそうお礼を呟いた。

すると、その瞬間…ふわっと、あたたかなぬくもりに包まれた。





「…、ホープ…」

「…すみません。また、会えなくなるから…少しだけ」

「……。」





とん…と、優しく背中に回された手。

やっぱり思う。
あたしのよく知るぬくもりより、ちょっと大きい…すっぽりとした感覚。

だけど、それは確かに同じもの。





「…あはは、今度は許可なしだったねー」

「え…?」

「…ふふっ、んーん。なんでもない」





あたしは小さく笑いながら、ホープの背に手を回した。
どうしようもなく、ほっとする…とてもあたたたかい場所。





「ナマエさん…どうか、無理はしないで。僕は…貴女が無事でいてくれれば…それで…」

「…ホープ…?」

「…貴女にはちゃんと…無事を願い、帰ってこられる場所がありますから…」

「うん。わかってる。どんな未来でも、そう言ってくれてありがとう」

「……はい」





待っていてくれると。
ちゃんと、あたしの居場所はあるのだと…彼は、いつだってそう言ってくれる。

でも、そう頷くホープの声に…あたしは、どこか悲しそうな音を聞いた気がした。





「…ホープ?どうかしたの?」

「え…?」





抱きしめられ、抱きしめながら、彼の耳にそっと囁く。

…だって、さっきもなんとなく違和感を感じた。
気のせいかもって思ったけど、やっぱりちょっと気になる。

だから、一度、言葉でちゃんと聞いてみた。





「どうかって…僕、なにか変ですか?」

「んー…わかんないけど、なんとなく。気のせいだったら全然いいけど。ふふふ、でも何かあるんだったら、お姉ちゃんに何でも言ってごらんなさいな」





体を離して、しっかりと顔を見ながらあたしは笑う。

気のせいならそれに越したことはない。
でも、何かあるなら遠慮せずにどーんと言ってみなさい。

そんな感じの笑みだ。

それを見たホープは少し目を丸くし、でもすぐにふっと笑った。





「ふふ…お姉さん、今は僕の方が年上なんですけどね」

「そこは気にしないの!」

「…あはは!ふふっ…やっぱり、ナマエさんといるのは楽しいな。多分、少し疲れただけですよ。最近研究詰めだったので。でも、今の会話でちょっと気分転換出来ました」

「そう?」





ホープの顔には笑みが戻っていた。
それは、あたしのよく知るいつもの笑み。

…やっぱり気のせいだったのか。
それとも本当に疲れてただけなのか。

まあ…ひとまず、ホープが良いというのなら…。
あたしは、彼にひとつだけ言葉を贈るに留めよう。





「ホープ」

「…はい?」

「頑張ってね。でもあまり無理はしないように」





目的は同じ。
でも、進むべき道は違う。

為すことが、あたしと彼は違うから…だから、あたしは、彼に応援を贈る。

するとホープはふっと笑い、あたしの腕を引き、再び自分の胸に引き寄せた。





「ありがとう…ナマエさん。ナマエさんも、頑張ってください。でも無茶はしないように」

「うん!頑張るよ!」





ただ、今は…。
この、すぐ傍にあるぬくもりを…噛みしめておこうと思った。



To be continued

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