「乙女のキッス…かあ」
調合に使う道具の整理をしている途中、何気なく目に留まったひとつのアイテム。
その名も、乙女のキッス。
手にとってぼんやりと眺めていると、傍でマテリアの整理をしていたクラウドが不思議そうにあたしを見てきた。
「なんだ?乙女のキッスがどうかしたか」
「あ、ううん。これって童話が元になってるんだよなあ…って思って」
「ああ…」
乙女のキッス。
その由来はカエルにされてしまった王子様の呪いがお姫様のキスで解けると言うおとぎ話にある。
そんな事を考えていると、ふと、思ったのだ。
「トードって、女の子のキスで本当に解けたりしてね」
「は?」
ぽつ、と浮かんだ考えを口にする。
するとクラウドはちょっと間の抜けた声を零した。
そしてその手には、偶然にも変身のマテリアが握られていたのだった。
「…何言ってるんだ」
「ふふふ、でも、一度は考えない?」
人差し指を立てて、クスッと笑う。
たぶん、元の世界でゲームしてる時も考えたことはある気がする。
男性キャラクターがトードに掛かった時とかね。
「…試してみるか?」
「え?」
するとその時、突然クラウドがそんな事を言って、あたしはきょとんと聞き返した。
見れば彼の手にはまだ変身のマテリアが握られたまま。
試す…って。
よくわからなくて首を傾げる。
「う、ん…?」
「……。」
「もしかして…クラウド、自分にトード掛けるの?」
「…まあ、そういうこと…だな」
「え、クラウドってカエルになるの大っ嫌いじゃなかったっけ。まあ好きな人もいないだろうけど」
「ああ、嫌いだ。でも…」
「でも?」
「…ナマエがキスしてくれるなら、なってもいいかもと思った」
「……。」
真面目な顔で何言ってるんだろう。
冗談じゃなくて本音で言ってるみたいだったから、あたしは思わずふっと笑ってしまった。
「ふふふ…っ、何言ってるの」
「……。」
「うーん、いくらクラウドでもカエルにキスはなぁ…」
「…そ、そうか…」
「…あははっ、そんなの、別にいつだってしてあげるのに」
「え」
笑いながらそう言えば、彼は目を丸くする。
ああ、もう…。
「大好きだよ、クラウド」
そう囁いて、そっと唇を押し当てて重ねる。
ほんの数秒。
優しく触れて、ゆっくりと離れた。
魔晄色の瞳と目が合って、ほんのり微笑む。
するとその直後、今度はクラウドから口付けられた。
今度は、ちょっと長め。
ああ…なんだか甘い。
瞼を静かに閉じながら、お互いに、ふたりの時間に浸っていた。
END