暗黒の召喚獣 飛空艇のサーチ装置で探知したひとつの古びた寺院。 人の気配はまったくなく、水に囲まれ日も当たらないからだろうか。息が白くなりそうな程のひやりとした空気が漂っている。 「俺、スピラに来て最初に放り出された場所がここだったんだよな」 「へ?」 この場所を見渡すと、どこか不満げに唇を尖らせそう呟いたティーダ。 思わずきょとんと反応すれば、彼はぐわっとあたしに不満を蹴散らした。 「アーロンッスよ、アーロン!」 「え、アーロン?」 「そう!あのおっさんに突然放り出されてさあ、気が付いたらここでひとりぼっち!」 その時のことを思い出したのだろうか。 口を開くごとにヒートアップしていくティーダ。 ぶっちゃけ「お、おう…」ってこっちは圧倒され気味だ。 まあ結果としてリュック含むアルベド族に保護されて事なきを得たって話らしいんだけど。 「って、愚痴られたんですけど」 「…知らん」 そしてティーダがスッキリするまでそれを聞かされ、解放された後、その愚痴の原因であるおじさんにそれを言ってみた。 あんたのせいで愚痴を聞く羽目になったじゃないのさ、なんて。 言ったところでアーロンは素っ気なくそう言うだけだったけど。むしろちょっと呆れ気味だった。 「アーロンが崩壊していくザナルカンドで避難しないで突っ込んでって挙句放り出されたって言ってたけど」 「ジェクトの意思だ」 「ん〜、まあそりゃそうかもだけど。でも確かに突然ここにひとりで迷い込んだら愚痴は言いたくなるかも…夢も希望もありません!だったってさ」 突然シンに放り込まれて、気が付いたらこんな古びた寒い寺院。 しかも少なからず魔物もうろついてる。 あたしも突然スピラに放り込まれたのは同じだけど、1度目も2度目も両方とも人のいる場所だった。 そう思うと運は良かったのかもな。まあ2度目は祈り子が呼んでくれたわけだから少し配慮はしてくれたのかもしれない。いや聞いてないからわかんないけどさ。 そんな風に話しながら寺院の壁に触れたり、色々見ているとトットッ…と静かな足音がこちらに近づいてきた。 「ナマエ、アーロンさん」 「あ、ユウナ」 袴を揺らし、駆け寄ってきたのはユウナだった。 やっほー、みたいな感じで軽く手を振って迎えれば、彼女はくすりと笑いながらあたしたちの傍で止まった。 「どうかしたのか」 「はい。あっちに何かの封印みたいなものがあって」 「わかった。行こう」 「はい」 アーロンが聞けば、ユウナは気になる封印を見つけたことを教えてくれた。 アーロンは頷き、寄り掛かっていた背を壁から離してゆっくりとユウナが示した方へと歩き出す。 あたしもそれに続こうとした。 でもその時、服の端がかさりと壁に飾ってあった枯れてしまっている花に触れた。 すると、それを見たユウナが呟いた。 「…お花、誰が供えたんだと思う?」 「え?」 あたしはくるっと振り返った。 そうして見たユウナはじっとその壁にある花を見ていた。 枯れた花…。 ティーダが寒さを凌ぐ為に燃やして暖を取ったとか言ってたっけ。 「もう枯れちゃってるけど、そんなに長い年月が経ってるようには見えないの」 「え、ああ、確かに、言われてみればそうかも」 あたしも花をよく見てみた。 もう枯れて、茶色く生気を失ってしまっている。 だけどその形を保っていたり…。 何年も放置されていたりとか、そういう風には見えなかった。 そして、ユウナはふと考え事をするように指先を顎の辺りに添えた。 「…ねえ、ナマエ。シーモア老師って確か…」 「シーモア?」 「もしかしたら、ここは…」 ユウナは顔を上げ、寺院を見渡す。 あたしもつられて同じように。 なんでここでシーモアの名前…。 ちょっとそう思ったけど、そう言われて少し彼の生い立ちを思い出した。 そしてこの寺院の至る所には、人の生活が伺えるようなものもあった。 「私たちも、行こっか。ティーダとかも待ってるけど、アーロンさんだけ先に行かせたら悪いよね」 「べっつにアーロンにそんな気遣わなくたっていいよー。けど、うん、行こ」 そうして、あたしたちもその封印が施されていると言う部屋に向かった。 着けば皆も集まっていてワッカやリュックに「遅い」って言われた。 ごめんごめんと軽く謝って、そして皆でその封印とやらを確認していった。 確かに、そこにはスフィアによる封印が成されていた。 どうやら奥にある部屋の封印みたい。 スフィアに触れれば封印は解けた。 此処まで来たなら確かめない選択肢はない。 あたしたちは全員で奥の部屋に進んだ。 暗い部屋。そこの雰囲気はなんとなく、祈り子の間に似ているように感じた。 …いや、実際、祈り子の間だった。 だからユウナは祈りを捧げた。 するとそこに現れたひとりの女性…。 「シーモア老師の母君ですね」 女性の顔を見て、ユウナはそう尋ねた。 女性の顔には見覚えがあった。 見た場所は、そう、ザナルカンド遺跡。 幻光虫の満ちたあの場所で、かつてそこを訪れた人々の記憶を目にした。 女性は、幼い日のシーモアと共にいた…彼の、母親だった。 「知っていて私の力を求めるのですか?息子を…憎んでいたのでしょう?」 綺麗な声だった。 でも、そう聞かれて否定は出来なかった。 シーモアのしたこと、それは到底許せるものじゃない。 あたしたちはきっと…この先また顔を合わせることがあったら、彼とぶつかるのだろう。 ただ、それをわざわざ彼の母親にぶつける意味はあるのだろうか。 するとゆっくりシーモアの母は首を横に振った。 「…よいのです。憎しみの始まりはあの子。あの子のせいなのですから」 シーモアの母はどこか悲しげだった。 それは、彼を歪めてしまったのは自分の過ちだと憂いているから。 シーモアは、グアドとヒトの間に生まれた。 その為、彼はずっとひとりだった。 だから母は、そんな息子に力を与えたかった。 ひとりでも生きていける力。だから彼女は祈り子になった。 けれど、そんな願いとは裏腹にシーモアは力を得たあまり逆に力に憑りつかれた。 「私の力では満足できず、より大きな力を求めて…」 「それでシンかよ」 「ええ…」 察したティーダがシンと口にすれば、彼女はこくりと頷いた。 ただ、純粋に息子を想っていた。 そこにあるのは、そんな母親の想いだった。 だけど息子は、どんどんどんどん…恐ろしいまでに歪んでいく。 それを嘆く母は、召喚士たるユウナを見つめた。 そしてそっと、ユウナを自らの膝元に招いた。 「おいでなさい、召喚士。わが力を授けましょう。暗黒の召喚獣…アニマ。呪われた闇の力で、あの子が目指したシンを消して下さい。それが、あの子へのせめてもの償いです…」 暗黒の召喚獣…アニマ。 こうしてユウナは新たな力を手にした。 何だか少し、やりきれない気持ちになった。 「…花、シーモアが供えてたのかなあ」 「さあな」 飛空挺に戻る道すがら、アーロンと何気なく話した。 振り返って、さっきユウナが言っていた事を思い出す。 恐らくここはグアドとヒトのハーフという存在が一族に受け入れられなかったシーモアと母が島流しにされ過ごしていた場所なのだろう。 枯れた花。シーモアは今も此処を訪れたりしているのだろうか。 「…だとしたら、お母さんのこと想ってるってことだよね。お母さんだって息子を。それなのに、上手く噛み合わない…か」 「同情しているのか」 「うーん…。まあ生まれは選べないし、何も思わないとは言わないけど…。でも、あたしはシーモアのこと…嫌い。辛くても、だからって何していいわけじゃないし…考えにも、共感なんて出来ないよ」 「それでいいだろう」 「…うん」 シーモアは死を救済を謳う。 死ねば何もかも無くなり、癒える。 だからすべての破壊を望む。 ゆえに、シンを目指す。 そんな姿は、死人たるアーロンにはどう映るのかな。 でもそれは救済じゃないよね…。 シンのいないスピラ。 目指すのはそこだ。 スピラの民の願い。 …そして、個人的にも。 ブラスカさんが目指した未来。 …アーロンの、未練の断ち切り。 「シン、消そうね」 あたしはそっと呟く。 また、ひとつ決意が強くなった出来事だった。 END ×
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