あなたという証を



「アーロン。あたしに剣、教えてください」





使い慣れない口調。
深々と下げた頭。

そんな礼儀正しい態度で頼んだ願い。





「……。」

「………。」





なのに返事は返ってこない。
どころか、ちらっと頭を上げてみたら、奴は何とも言えない無表情をしていた。





「…あの、せめて何かリアクションくれません?」

「…いきなり何だ」

「いやだからね、剣を教わりたいなって。ほら、ずーっと前にも教えてねって頼んだの覚えてない?」

「それは魔法が使い物にならなかったら、という話では無かったか」





そう。あれは、初めて出会った日だ。

ブラスカさんのガードになることを決めたあの日。
旅に必要な装備を揃えるために買い物をアーロンに付き合って貰った。

その時、ブラスカさんから魔法を教わってみて、使い物にならなかったら剣を教えてくれ…なんていう約束をした。

…結局、魔法は使えたから流れてしまったけど。

でも、今はなんとかして剣術にも手をつけてみたかった。





「……いつもファイガしか取り柄が無いって言うじゃないのさ」





だからいつも言われる嫌味を逆手に取ってやった。

ポーションよりは役に立つとか言ってくるし。
それって何なのさって話でしょ?

だけど、今回は強みだ。

まあ…悪あがきなのは、わかってるけど。
現にアーロンは呆れる様に溜め息をついてきた。





「それはそれで形になっているだろう。誰しも得意不得意はあるものだ。剣術はお前に必要ない」

「じゃあファイガしか取り柄が無いとか言わないで欲しいですね」

「剣術は、だ。お前は並はずれた魔力を宿しているのだろう。ならば炎以外の属性の上級魔法も使える様に努力することが先だと言っているんだ」

「そ、それは、練習してるよ…!ルールーにちょくちょく聞いてるし…。中級ももう完璧だし…!」

「こういうものを宝の持ち腐れ、と言うのだろうな」

「う、うるさいやい!!」





本当にこのおじさんは…!
意地が悪すぎる!性格ひん曲がってるよ!本当にもう!

でもアーロンの方が一枚上なのは確か。
勝てないあたしにはムスッ…といじけるという最終手段しか残されていなかった。

最後の抵抗…と言うか、ここまで来ると諦めるしかないのかもしれないけど…。

ぷい、っと顔を背けてみる。
すると頭にポスン…と大きな手が落ちてきた。





「…突然どうした。なぜ剣術に興味を持った?」

「………。」

「魔法を優先させるべきなのは、俺が言わずともお前が一番わかっているだろう」

「それは…」

「なに、理由くらいは聞いてやるさ」

「…言ったら教えてくれるの?」

「理由次第だな。聞いてみないことには何も変わらん」

「………。」

「理由なしに、お前はそんなことは言わんだろう」

「………わかったよ…」





あたしは折れたように両手を上げた。

剣術を教えてほしいと思った理由。
…確かに理由はある。

だからあたしはゆっくり口を開いた。
でも、なんとなく言うとなると気恥ずかしかった。





「…残ってる時間、もう少ないから…。どういう風に過ごすのがいいか、あたしなりに考えたのね?」

「……ああ」





そう言うと、アーロンは少しだけ目を細めた。

もう…この人と一緒にいられる時間は、残り少ないのだ。
それはもう決めたこと。覚悟、してる。

だけど、だからこそ…こうしていられる時間を、有意義なものにする方法を考えていた。





「それが剣を使えるようになることなのか?」

「…なんていうのかな。別にすぐ実戦で使える様になりたいってわけじゃないんだ。勿論、使えたらいいなとは思うけど…。でも、使えたらって言うよりかは…アーロンに教わりたい、かな」

「俺に?」

「うん」





ただ使えるようになるだけじゃ意味がない。

他の誰かに教えて貰うのじゃ駄目。
アーロンに教えて貰うからこそ、意味があるのだ。





「…あのさ、アーロンがあたしに何かを教えてくれたら、それはあたしの中に残るでしょ?アーロンがここにいたっていう形って言うか…」

「形?」

「あー…その、アーロンは伝説のガードだし、歴史に残る様な形でスピラ中に名前知れ渡っちゃってるけど…そうじゃなくって」

「…………。」

「うう…説明難しい…」





全然綺麗に説明出来なくて、頭を押さえた。
上手い言葉が見つからなくて、なんともむず痒い。

でも、アーロンは…ちゃんと耳を向けてくれたから。





「…ゆっくりでいい。聞くと言ったんだ」

「……うん」





だから、落ち着いて言葉を探した。
それでも上手く話せたかは、別だけど…。





「小さくてもいいんだ。ただ…自分の中にアーロンが持ってるもの、持ってたいって言うか…。物とかじゃなくて、こう…ちっちゃくても、同じようなこと出来たらいいなって…」

「……。」

「…ごめん。やっぱり上手く説明できない…」





少し俯いた。
でも、アーロンはそんなあたしの頭を撫でてくれた。





「…基礎すら満足に教え切ることは出来んと思うぞ」

「え?」

「それでもいいか」





ぱっ、と顔を上げた。
映ったアーロンの顔は、少し微笑んでいるようにも見えた。

えっと…、これってつまり…?





「お、教えて…くれるの!?」

「教える、と表現出来るところまでいけるかわからんがな」

「い、いい!それでも!」





全然上手く説明できなかったのに、アーロンは許してくれた。

正直なところ、魔法の練習に専念した方がいいはずなのに。
それでも許してくれた…。





「なんとなく…言いたいことはわかったからな」

「…そう?」

「俺としても…悪い気はせん」

「……ありがと」





アーロンが使うのは、重たい刀。
到底あたしが操るのは無理だから、教えてもらうのはティーダくらいの剣。





「わ…、やっぱ刃物はちょっと怖いね」

「やめておくか?」

「ううん。自分で言い出したんだし、頑張るよ」

「…そうか」





アーロンの声は、優しかったと思う。

きっと、実践で使えるところまで教わるのは無理なんだろう。

残ってる時間はあまりにも少ない。
すべてを終わらせるために…まだやらなきゃならないことだって沢山ある。





「じゃあ、お願いしますね、アーロン先生?」





だけど最後まで、後悔しないようにいきたいから。

思いついたこと、したいと思ったこと。
アーロンと過ごせる時間をひとつでも無駄にしないように。

…ひとつでも多くの幸せを作れるように。

あたしは冗談交じりに笑ってみせた。



END


なんかちゃんと話の内容が伝わったかちょっと心配な…。
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